今日は珍しく、動物医療とは関係ない話を書かせていただきます。
4年ほど前から書きたい書きたいと思っていた話なのですが、
なかなか勇気を持てず、書く事ができませんでした。
今回、意を決して書かせていただきます。
批判、非難は甘んじて受けますのでよろしくお願いします。
関西では6月からタスポがすでに導入されていたようですが、
7/1からは全国で導入され、タスポが無くてはタバコを買えなくなったという事です。
僕自身はタバコを吸いませんし、どちらかと言うと、
近くで吸われるのは迷惑と感じる人間なのですが、
それにしてもおかしいと思うのは、
「大人になっていなければタバコを吸ってはいけません」
という言葉です。
タバコは、子どもに対しても大人に対しても害があるものです。
子どもにはより影響が大きいからと言っても、
未成年はダメで、成人すればokというのは、
どうにも腑に落ちない話だと思います。
そう言うと、
「じゃ、お前の子どもが吸いたいと言ったら許すのか」
という声が聞こえて来そうですが、
僕自身は、子どもであれ大人であれ体に害があるのだから、
たとえ成人したとしてもタバコは吸うな
と子どもには伝えたいと思っています。
倫理学者の中には、タバコを吸うという事は「愚行権」という、
"自分自身の意思で自ら愚かな事をする"権利の範疇だから自由なのだ、
という人もいますが、僕はそうは思いません。
タバコを吸うという事がもし本当にそこまで愚かな事であるのなら、
社会の側は、そんな愚かな事をする権利など許してはいけないと思いますし、
もし本人が本当に愚かでそんな事をするというのであれば、
そんな愚かな人間には、そもそも最初から自己決定権などないのだと思います。
したがって、
タバコを吸うという事に関しては愚行権などあり得ない
と思います。
タバコを吸うという事は、権利があるからしてもいいというようなものではなく、
そこにはただ単に、
自分の行動には、自分自身が責任を持たなければいけない
という単純な、当たり前の話があるだけなのだと思います。
だから、もしなぜタバコを吸う事が未成年にはまだ許されないかと言えば、
「愚行権がないから」、などということではなく、
自分の行動によって起こされる結果に対して、
自分自身が責任を取りきれるまでにはまだ成熟していないから
ということだと思います。
したがって、成人になってタバコを吸えるようになったとしても、
その結果起こる事に対しては、あくまで自分自身がその責任をとるのが当然だと思います。
他人と殴り合いをして怪我をしたとしても、
その怪我を保険で補償してもらう事はできません。
また、登山に行って遭難し、レスキューしてもらったとしても、
その救助にかかった費用は自分が持たなければいけません。
それは、リスクがある行為を自ら行ってもたらされた結果に対しては、
社会全体で補償するべきではなく、
行動を選択した本人が自分で責任を持つというのがスジからです。
タバコを吸うという事も、リスクがあると分かっている行為を、
自らの意思でとるものです。
リスクがあるという事を知りながらその行動をとった場合、
その結果もたらされたことを社会全体で負担するというのはおかしいと思います。
今は、タバコが原因で起こった病気であれ、
医療保険から普通に保険が下りています。
自分の選択によってもたらされた行動の結果は、
あくまで行動を選択した本人が引き受けなければいけません。
それは、社会全体で負担するべき様なことではないと思います。
したがって、タバコの裏に、今、
「喫煙をする事は肺気腫が〜」とか、「肺ガンが〜」
とかいろいろ書いてありますが、
僕は病名をごちゃごちゃ書くよりも、
「喫煙は、あなたに健康被害をもたらす可能性があります。
その結果起こった事は、あなたが責任をとらなければいけません。」
と書けばそれで良いと思います。
今、足りない税収を補うためにタバコの税金を増やそうと言う話があるようですが、
医療費が増える一方で、お金をとってまかなおうというのはどうもおかしいと思います。
むしろ、タバコの健康被害は医療保険の免責事項で自己責任とし、
その分医療費を払わない事にして、
そのかわり税金は安くしておけば、それで良いのではないかと思います。
お金を払うために、お金を払わせるという考え方には、
どうも違和感を感じます。
僕は分煙さえしてもらえれば、
タバコを吸いたい人がタバコを吸うことは本人の自由だと思っています
(ただ、公共の場所や分煙できない場所は原則禁煙とするべきだとは思っていますが)。
タバコを吸っている人に、タバコをやめろというつもりはありませんし、
吸いたい人は、本人の思慮の範囲内で自由に吸えば良いと思います。
ただ、その自由には、自分の行動に対する責任が伴って来ると思っています。
自由社会においては、「自由」という言葉には、
「責任」という言葉がワンセットで付いて来るのが当たり前の話です。
タバコを吸っている人が未成年に対して、
「君たちは未成年だからまだダメだけど、
僕たちは大人だから吸ってもいいんだよ」
と言いながらタバコを吸っているというのは、どうにも違和感を感じます。
僕は、喫煙というのは、社会人として与えられた権利などではなく、
責任を伴う行動の選択
だと思います。
そして、責任を取るのは、他の誰でもなく、
その行動をとった本人自身
です。
大人がタバコを吸うのを許される理由は、
「行動の結果に責任を取れるだけの人格」が備わっていると見なされるから、
それのみだと思います。
「タバコを吸う権利」などというものがあるからではないと思います。
喫煙している人には面白くない話だと思いますが、
前から文章にしたいと思っていましたので、
今回は覚悟して書かせていただきました。
※転載、リンクはご自由にどうぞ
|