毎日が日曜日

思い出に残る夏が過ごせますように…

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全68ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

坂道を転がるように ケータイ投稿記事

月曜日、車椅子で幼稚園バスの送りに行ったあと、その日の夜から夜勤の夫と市役所に行き障害者手帳申請用紙をもらいに行ってきた。
サービスの中で特筆すべきは、保険医療費の全額助成だろう
うちの市は所得制限がないらしいので、等級さえ要件を満たせば、自費診療以外はすべて無料になるらしい
診察と検査を受けないとどうなるか解らないけど、何かとお金がかかるガン患者には、喉から手が出るほどのサービス
ただ、ガン患者の不調の多様性を考えると、肢体などに不治の障害があるか、変化する不調を抱えているかで、サービスに極端な差がつくのはどうだろう、と思う
とはいえ、まともに歩けない状態の今、せめてサービスが受けられる等級が認められたらというのが本音
まともに歩けなくなってしまった事は辛い ガンの勢いが強いみたいで、麻薬の量をかなり増やしても、動作時の痛みが抑えられない 肺の不調も進み、今朝は咳の勢いで胃液をはいてしまった 微熱が続き、体は本当に辛い

ただ、朝晩、子供達をベットに乗せて、一緒に絵を描いたり、本を読んだり、手遊び歌を歌ったり、その時間は、私には至福の時間である。

今、私はとても幸福だ

母は子供達の生活面の世話や家事、私の介護に全身全霊をかけている
夫は仕事と休日の家事育児に懸命に取り組んでくれている。八年前は電子レンジも使えなかったのに、ヒジキ煮や味噌汁、中華の炒めものが上手に作れるようになった。
父や弟も優しく、こまごまと助けてくれている
これらの助けがあってこその幸せだ。

介護される立場にて生きてることに切なくなることもあるけれど、日々、自分に出来る事を探して幸せにいきてる今の自分が、私は嫌いじゃない

これが私の人生だ、と思うから

私は特定の信仰がないけれど、病気との日々が続き死の気配を感じる中で、自分は神様の目に見守られて生きている、ように思う事が増えた

だから、私は、私に与えられた生をきちんと生ききりたい
3日、家族四人で娘の幼稚園に、息子(来年年少)の体験入園へ。
 
息子は幼稚園に隣接してる同じ経営者の保育園に通っている。
園にも慣れていて、先生にも可愛がってもらっているのだけど、
自宅や実家から距離があり、父の車で片道15分ほどを毎日
送ってもらっている。
だから、自宅近くまでバスで迎えに来てくれる点では幼稚園はラクだし、
時々泊っているうちの実家も幼稚園バスのコースになっていて、
実家泊まりにも対応してもらえる点でも、魅力的。
 
何より、保育料はほとんど変わらないものの、来年幼稚園に行くと、
小学校に行ってる娘との兼ね合いとと私立幼稚園助成金で市から
20万ほど支給されるので、この点で、金銭的にとても助かる。
 
保育園と比べて行事もあれこれあるし、集団生活のしつけもしっかり
してもらえるし…と娘が実際に通っていて、いいことが多いので、
とても迷う。通い始めてから、娘が本当に集団生活で悩んだり、
工夫したり、頑張ったりして成長している姿を見ているので、
出来れば息子もここに入れたいなあと希望しているんだけど…
 
自分の病気について、先生方も理解して頂いているし、すでに
色々対応して頂いている。
(その分、負担を引き続きかけてしまう事になるので、申し訳ないな…
とおもうところもあるけど)
 
とりあえず、園との相性とか、様子をみるか〜と
体験入園を申込。
今日は園のプールで遊ぶ、ということで、水遊び好きの息子、
よろこんでくれるかな?と思い、連れて行った。
 
こんな体では、なかなか家族でのお出かけやイベントも難しい。
体調の先が読めないので
「出来そうなときに、面白そうなものは何でもやってみよう」
が今年のキャッチフレーズだ。
 
息子は案の定、大喜びでパシャパシャ遊んでいた。私はガラス越しに
車いすで見ていたので、全貌は見えなかったけれど、中まで付き添ってた
夫によると、同じ年の子とボードに乗って遊んだりもしていたらしい。
付き添いの娘も、先生から体操ズボンを借りてズボン1枚でプールに飛び
込んでいて、これも楽しんだらしい。
 
で、その様子を見ているときに、娘が仲良くしてる女の子のお母さんから
声をかけられた。その子の弟も来年入園の年齢で、やはり体験入園に
やってきた、らしい。
 
感じのいい方だし、娘も仲良くしてるし、あと、私ももうあまり隠してるのも
アレかな〜と思ったので、
 
「実は乳がんで、今、ちょっと普通に立ったり歩いたりするのがきつくて」
 
といったところ、なんと、彼女も今年4月に再発転移したばかりの
同病の人だったことが判明。
 
今年初めて同じクラスになって、私は5月以降体調を崩してしまって、
ほとんど園に行かなかったので、一度くらいしか会ったことがなくて、
まさかお互いに同じ病気の同じステージの方とはつゆも考えず・・・
転移部分も全く同じ。骨の痛みも辛かった、とのこと。これは
私も体感していてよくわかる。使い始めたホルモン剤やハーセプチン、
放射線治療がうまくいって、現在小康状態らしいのだけど…
 
短い時間であまりたくさん話すことができず、連絡先を頂いて、自宅に帰って
からメールでいろいろとやりとり。痛みや子供たちに対しての精神的な辛さ
など、ホント、辛い部分が重なっていて、お互いに辛いね、でも頑張ろうね、
と言い合った。
そして、夏休みに子供たちと一緒に、ご自宅にご招待してくれた。
 
入園してからすぐのこの病気で、去年は幼稚園の同じクラスの友達のお母さん
とは距離を置いたお付き合いしかできなかった。
 
だから、幼稚園のクラスで仲のいい友達と母子でお家に行き来するということが
なかった。
我が家に近所のお友達を何回か呼ぶことがあったけれど、男の子たちばかりで、
遊びも微妙に重ならない。
彼らも家で遊ぶより、公園で走り回ることの方が多かった。
そして、私が寝込んでて幼稚園バスの送迎にも行けない日々も多く、我が家に
ママ友さんを呼ぶこともできず、よそのお家に遊びに行くこともなかった。
 
微妙な距離感もあったように、思う。
 
会えば子供や園のことなど病気なんか関係なく話すことはたくさんあったし、
病気でも、そういう話題になると「フツーのお母さんの感覚」で会話に参加
していたけれど、ママさん達もどう声をかけていいのか、病気についてどこまで
触れていいのか、とても気をつかってたと思う。そうこうしているうちに、幼稚園バスの
送迎は朝早く実家からきている母が担当することになり、顔を合わせる機会自体が
とても少なく、なっていた。
 
そんな中で、先日、素敵な花束を持ってお見舞いにきてくれたママさんもいたり、
体調を母に聞いて気遣ってくれてるママさん、久しぶりに会えて泣いてくれたママさん
がいて、少し距離があっても、もちろん思ってくれる気持ちはとても大きくて、
とても嬉しかった。
 
が、先日、Kさんと友達になったときに、同じ辛さを共有してて、頑張ろうと言い合える
友達の存在の大きさを感じた。
やっぱり、どんなに心配してもらってても、気にかけてもらっていても、
「自分だけ、みんなと違う」
ことに、私はずっと大きな孤独感を感じていたんだ、
ということに改めて気がついた。
 
その矢先に、また、身近に(やはり同じ駅の反対側)同じ病気を闘うお友達が
出来て、この立て続けの出会いに、神様ありがとう〜と言いたい。
 
一方、なかよしのお友達の、初めてのご招待に、娘、大喜びだ。
「楽しみだねえ。その次はさ、うちにもきてもらおうねえ、2階の子供部屋、見てもらおうね」
と張り切っていた。
娘はもてなし好きで、お客さんを呼ぶのが好きだ。
小さい時から私の友人や友人家族が頻繁に遊びに来ていたからかもしれないし、
お客さん好きの私にも似てるように思う。
 
思わぬ「出会い」があって、しみじみ出席してよかった、体験入園だった。
 
そして、幼稚園では、来園したところ、車いすからの移動がスムーズにいくように
駐車場のスペースをあけていてくれていた。
事情を知ってる去年の担任の先生が車の誘導をして、車いすの道を作ってくれたり、
とても親切に対応してくれた。
いつもながら、本当に、ありがたい。
まず最初に、ここのところの連続の不調に、応援のコメントを頂いたことに
改めてお礼させていただきます。
とても辛かった心の大きな支えになりました。
 
度々見に来てくれる方も、ありがとうございます。更新の度に、来て下さって
る方もずいぶんいらっしゃって、こうして見守って頂いてる事、
嬉しく思っています。
死に向かう過程を見続けることは、とてもお辛いだろうと思うのですが、
最後まで見守って頂けたら幸いです。
 
1日、隣の市にあるS病院の「腫瘍外来」を受診。
隣の市、といっても電車の駅で2個目、車で15分ぐらいの近場の病院。
がんの治療で通っているがんセンターと連携をとって治療にあたってくれる
病院ということで紹介をされた病院に、夫と二人で行ってきた。
 
先生は男性(この病院の院長先生)で、父と同い年。
紹介状を見ながら今までの病気の進行等を話し、即、病院の簡易なCT検査と
血液検査を受ける。紹介状にはレントゲン写真や骨シンチ、背骨のCT画像等は
なかったため、改めて、撮影。
 
月に2、3回レントゲンを撮り、3ヶ月おきぐらいにCTをとっていて、
ひばくがいつも気になるけれど、きっとこれらの被ばくの影響で発病するより、
もとのガンで亡くなってしまう可能性がほぼ100%なんやろな〜と思うけど、
ちょっと不安。
 
ただ、パッと検査をし、先生はすぐにその画僧の必要な部分を映しながら、
状態について話してくれて、検査の予約→検査結果の解析をする医師→主治医という
流れに一か月以上かかるのに慣れていたので、すぐに現在の状況を
説明してもらえるというのはありがたい。
 
先生も、もともと消化器系のがんの外科医で、がんについての専門家。
病院ではあくまでガンセンターの治療のサポートや緊急時の受診などを
やってもらえるとのことでとてもありがたい。ほぼ毎日病院にいるから、
体がしんどくなったらすぐにおいで、と言ってもらえてとても安心した。
人間味のある先生で、とてもほっとした。顔色から全体状態をしっかり見て
いるという感じ。こういう先生に生活面からフォローしてもらえるのはありがたいわー。
「腫瘍外来」のとなりは小児科なので、子供の病気や予防接種と自分の受診も
一緒に出来そうだし、何より、がんの人ばかりではないのにちょっとホッとするかも。
 
ガンセンターにいるときはいる時で、周りがみんながん(や関係者)で、気がねしないで
いい、という利点もあるんだけど。
 
骨転移で背中の骨がかなりボロボロで、痛みがひどくなると普通の布団に寝れず、
この一年のほとんどを今のソファーで眠っていた。最近では骨の痛みに加えて
肺の苦しさから、まっ平らな布団で横になるのはもう無理だった。
 
で、頭部の高さをリモコンで調整出来る介護用のベットをレンタルして、
リビングの一番いい位置に設置してもらった。
 
テレビと庭が一望できる位置で、インテリア的にはちょっと台無しになってしまうんだけど、
夫がここに置こう、と言ってくれてとても嬉しかった。
 
もともとついていたマットレスにジャスコで10000円ほどで買った低反発の
マットレスを敷いたら、病院で使っていた50万円並みの素晴らしい寝心地で、
ビックリするくらい、体が楽になった。
 
車いすも届いて、昨日久しぶりに娘の幼稚園バスの送り迎えに行った。
 
送りには保育園登園前の息子も一緒に行き、両親や子供達と通りの家の花や
木や風を感じながら歩く(押してもらってるんだけど)のはとても爽快だった。
 
久しぶりに会ったママ友さんの一人が、「やっと会えたね」と涙ぐみながら言ってくれて、
とても嬉しかった。つくづく、人の縁に恵まれているなーと思う。
入院中にお友達になったKさんとはしばしばメールで連絡して、お互いの
状況を報告。お互いに辛い状態にあるから、その辛さを共有できて、ほっとできる。
体調がもちょっとよくなったら絶対会おうね〜と約束。
友達の力ってとても大きいと改めて思った。
 
ところで、私は40歳以下なので、介護保険が適用されない(40歳以上であれば、
末期がんなので受けることができる)ので、まったく福祉サービスを受けられない状態で
困っていた。
 
けれど、歩行状態に問題があるということから、S病院の先生が、障害者手帳を
取られるよう、手続きをとってくれるらしい。
呼吸器のほうはもっと悪化した時点で、これも障害者手帳を申請することができ、
その際には、在宅で酸素療法をしたりする際のサポートを受けれるらしい。
 
歩行状態と併せて呼吸器の障害も一定の等級が(障害者には1〜3ほどの等級がある)
認められると、毎月助成金を受けることもできる。
 
自動車税や住民税、所得税の控除もあるし、電車や飛行機の割引、挌安の福祉タクシー
のチケットの配布等々、あるのとないのとは全然違ってくるので、コレはとてもありがたい。
両親が体調を崩した時には、安い料金でヘルパーさんを頼むこともできる。
 
ということで、また、なんか「いいほうに風が吹き始めた」ようで、嬉しい。
 
のみはじめた「ヒスロン」のおかげで、食欲が出てきたので、3食しっかり食べてると、
体も気持ちも上向きになっている。「食欲が出るのが副作用」とはなんともありがたい。
 
おかげで、昨日は幼稚園と保育園の夏休み中にあるお祭りに子供たちが着る
浴衣とじんべいを買ってきた。
 
幼稚園と保育園(姉妹園なんですが)の、夏の一大イベントで、お母さんたちが
出店を出したり、子供たちは太鼓をたたいたり、盆踊りを踊ったり、花火をしたりする。
 
去年は骨の痛み止めに使ってたオキシコンチンの副作用もひどく、
告知から間がなく、転移が見つかったばかりで、精神的にも追い詰められた状態だった。
 
「これが最後かもしれない・・・絶対何があっても出ねば」
 
という状態だったので、娘の衣装をチェックして整えてあげる余裕もなく、
2年前に買ってたサイズの小さい浴衣を着せて、なんとか出席した。
着付けの襟が反対だったり(現場で気づいて急いで着付けなおしした)、
意気込みはあったけど、どっか無理してたんだろうなー。
 
今年は、去年以上に厳しい状態だし、肺の症状もきつい。
もう、病気をかくして他の父兄と一緒にほぼ立って半日見学する、というのは無理だ。
 
あらかじめ車いすで参加できるようにお願いしておいて、体を楽にして楽しく
参加できたらいいなーと思っている。
 
息子のじんべい ビーチサンダル \2,000
娘の浴衣、帯、げた、髪飾り \11,060
と値段に差がついてしまった(ゴメン、息子〜)が、着せてみると二人ともとても可愛かった。
 
娘は黒地に薄紫や桃色などの大きな桜が前面に散っている大人っぽい柄に、薄紫の兵児帯、
ピンクの縮緬の鼻緒のげた、紫の縮緬でツバキの花をあしらい、2本のぴらぴらがついたかんざしを購入。
 
色白の息子は、白地に水色や紺色のトンボが飛んでいるじんべい。
お祭り用に買ったんだけど風通しもよく、着心地もいいみたいでそのままパジャマにおろして
しまった。
とても似合ってて可愛いので、パジャマ兼夏の服としてあと何着かじんべい、買ってみるつもり。
 
私の体調が不安定なので、お祭りに一緒に行けるかはわからないけれど、自分の手で
子供達の衣装を整えることが出来て、とても嬉しかった。
 
とても可愛いので、このページで、写真、UPします(親バカ・・・)お待ちください。
 
今日はこれから、娘の幼稚園に家族で「息子の体験入園」にお出かけ。
息子は来年、幼稚園の年少として入園することもできるので、様子を見て、保育園と
幼稚園、どちらに進ませるか決めてみるつもり。
 
病気のほかにあれこれ、やることがあって嬉しい。夏休みって子供にはいろんなことが
出来る時期だから、出来る限り、あれこれ楽しい事をやるつもりだ。
出れなかったら、家で。外に出れたら、外で。そこは知恵を使って、夫や両親の
手を借りたりもしながら、企画しようと思う。
 
いつか「あの夏…」と懐かしく子供たちが思い出してくれるように・・・
 
ヒスロンが効いてくれて、肺が落ち着くことを、祈る!!
 

最後のホルモン剤へ

29日、ストロンチウムの骨髄抑制の検査と緩和ケア科の受診のため、病院へ
 
ずっと体調不良で寝たきりのところ、自動車で一時間かけての通院だったのが
きつくて、緩和ケア科の先生を待っている間に気持が悪くなり、ロビーで嘔吐して
しまった。丁度、病棟から外来のロビーに出てきた緩和ケア科の担当医の先生が
駆け付けてくれて、吐いている間、ずっと背中をさすって吐瀉物の処理までして
くれた。
 
緩和ケア科の女医さん、A先生は、もう1年くらいのお付き合いで、主治医とは別に
痛みや苦しさにかかわる薬の処方を専門にお願いしているのだけど、
匙加減が難しい麻薬や副作用の薬をあれこれ細かく調整してくれたり、
愚痴や不安な気持ちを聞いてくれたり、時間をかけてじっくり診察してもらえる
ので、今までもとても助けてもらっている。いわゆる「先生」っぽい居丈高な
ところが全くない先生で、子供の年齢も同じこともあって、この先生が病院に
いてくれるというのは心強い。
 
受診の3日前から左腕内側の肘と手首の間に直径5センチほどの大きな
瘤が急に出来ていて、さらに体調も悪いというので、ぱっと主治医に連絡して
予約していなかった診察を入れてもらった。
 
主治医の先生は前回の主治医の先生以上に忙しく、基本、予約は1か月以上
あけてとることになるし、予約がないとなかなか診てもらえないのだけど
(それもおかしな話だと思うのだけど)、そこらへんのワタリをぱっとつけて
もらえてとても助かった。
 
で、あいている診察室のベットですこし休んだあと、診察。
腕の瘤については、がんじゃないと思うけれど、わからないし、細胞をとる検査
は痛いから、ちょっと様子をみよう、ということに。
 
体の不調の方は、レントゲンを撮ったところ、肺のがんの憎悪がみつかり、
胸水がまた少し増え、酸素濃度が少し減り、腫瘍マーカーは微妙に下がっている
ものの、肺のがんが進行しているため、現在のホルモン剤フェマーラ+リュープリン
は効かなくなったと判断し、中止。
 
骨転移の痛みの軽減のため打ったストロンチウムの骨髄抑制があるため、抗がん剤
は(絶対に打てないということはないけど)、打たない方がいいため、ホルモン剤を
変えて治療をすることに。
 
ホルモン剤はヒスロン。内分泌系に働くホルモン剤で、前に使っていたものほどの
効果は期待できないため、現在では閉経前の乳がんのホルモン剤としては、
第三選択薬として使われることが多い。
前の2つと違って長期間の効果も期待できない。
で、私のホルモン剤はこれがもう最後の一個。あとは抗がん剤だけ。
 
生理が止まったり、更年期症状がおこったりというそれなりに副作用がつらい
ホルモン剤だけど、抗がん剤に比べたら、副作用はずっと軽い。
抗がん剤を体験して、改めてそう感じた。
抗がん剤の辛さを体験する前には、ホルモン剤辛い、と思っていたけども。
出来るだけ長く使えれば…と願っていた。
でも、仕方がない。
前の薬と併せて半年間、がんの進行を抑えて原発部分の腫瘍を小さくして
くれたのだから、それだけでもラッキーだった、とは思う。
 
特に今回のフェマーラが効いてた期間は、誕生日に横浜に行けたり、息子の
入園式に参加出来たり、お花見にいったり、家族で庭づくりができたり、
近くのSCに外食に行けたり、娘を久しぶりに公園につれていったり、
一か月の時間をとても有効に使えた。3月に肺炎を起こして深刻だった状態から
半月ほどでものすごい回復をさせてくれたから…
 
おかげで4月から5月という一年で一番いい季節の一か月、とても幸福だった。
 
骨は、もう普通に生活を送れるレベルではない。
放射線の先生から、再度釘をさされた。ストロンチウムが効いても、もう
スタスタと普通に歩いちゃダメ、と。
室内でも、常時何かにつかまって気をつけて歩く習慣をつけないといけないらしい。
 
で、介護用のベットと車いすのレンタル(中古品なので介護保険が効かなくても
格安で借りれる物)をとうとう申し込んだ。
これで、近くを散歩したり、娘の幼稚園バスのバス停まで付き添う事が出来る。
娘はとてもよろこんでくれて私もそれがとても嬉しい。
もう私が病気であることが周りに解ることより(前はそれをとても嫌がっていた)、
少しでも一緒にいたいというのが娘の願い。
それを出来るだけ、叶えてあげたい。
 
少しずつ「そのとき」に向かって時間が進みはじめたけれど、それが少しでも
遠くなるように、全力で頑張らないと、と改めて思う。頑張って治る病気では
ないけれど、生きる意志を強く持つことは、闘病生活の中で一番大事な気がしている。
生きようとする心が、病気と闘う体の力を一番引き出してくれるのだから。
 
先日、娘の歯が初めて抜けた。
息子が「ママかわいい。ママ好き」と甘ーい言葉を毎日話してくれるようになった。
夫と庭の花の成長を日々発見して教え合ったり、土曜のテレビドラマを二人でみて、
あれこれ感想を言い合ったりして穏やかに楽しい日々を過ごしている。
両親や弟と、子供の頃のあれこれを思い出して話したり、懐かしく思い出したり・・・
サッカーのワールドカップを始めて家族4人で観戦したり(あっけなく負けたオランダ
戦だったけど、2歳の息子まで「いけー!」とアツくなってた)もした。
 
生きていることは、本当に素晴らしい。
 
胸水がたまり始めて、一週間。
息苦しいし、微熱〜38度くらいの熱を出しては、常用してる解熱鎮痛剤で
下げて、という生活。
 
主治医に電話したところ、次の診察の予約のある7月2日までは、手持ちの
解熱鎮痛剤で熱を下げて対応しろとのこと…
15日時点のレントゲンでは胸水も抜くほどの量ではなかったから、らしいけれど、
こうしてる間にも胸水は日々増えてるのに、おそらく服用してるフェマーラも
もう効かなくなってるのに、それを飲み続け、何もしないというのはちょっと不安。
 
ただ、解熱鎮痛剤を飲むタイミングでも熱の出方が違ってくるみたいなので、
薬を服用した時間と体温の変化を記録しながら、薬の服用を一番いいタイミング
にしようと奮闘中。
麻薬の吐き気止めのトラベルミンも服用すると眠くなるという副作用はあるものの、
きちっと一日3回飲んでないと、やはり吐いてしまうので、これもキッチリ服用を
続けてみている。
入院していたときにつけていた記録のフォーマットを、家でも真似してみた。
とりあえず、自分でもできることはやって、体調を少しでもよくしようと思う。
前向きに病気に取り組んでると思うだけで、気持ちも落ち着くみたいだしね。
 
ただ、胸水だけでなく、こうしてる間にもがん自体が進行して、肝臓や脳に転移して
しまうんじゃないかという不安もある。
進行している時、というのはいつもながら辛い。
 
熱と骨の痛みで通院と幼稚園の保育参観以外、ほぼ寝たきりで過ごした一週間
だったのだが、やっと今日起き上がれた。
 
で、熱烈に好きなマンガ家、佐藤史生が4月に乳がんで亡くなっていた、
ということをネットで知ってびっくりした。
 
数年前に発病して手術、昨年再発して骨と脳に転移して、亡くなったらしい。
59歳。ほぼ母と同い年である。
 
独特の世界観のある漫画家で、どこか古雅な美しさのあるセリフ回しや
精緻な政治・宗教・世界観のあるSF作品に、大学時代惚れこんで、絶版になっている
作品を古本屋やネットで集めた、思い入れのある漫画家だった。
 
それだけに、同病で亡くなったことに、不思議な縁を感じる。
近年は全く作品をのこしておらず、パソコンをめぐる作品をいくつも書いていたにも
関わらず、インターネットで何かを書く、ということもなかったらしい。
今のところ、病気に関しての記録等も公表されていないみたいだ。
 
だけど、体の中で日々増殖し、あらゆる攻撃への耐性をつけて生き抜くがん細胞を、
どんな思いで見つめていたか、とらえていたか、ぜひ聞いてみたかった…と心から思う。
生物が一途に自分の命を守ろうとする「エゴ」を肯定的に描いた作品を
多々書いていた彼女だから、この逞しい生命力をもったがん細胞についても、
病気としてだけではなく、ひとつの生きようとするすさまじき存在としてとらえていたような、
風に感じる。
 
その知性と想像力に今でも尊敬の念をもってやまない人がたどった道を歩いているんだと思うと、
私もしっかりと歩いていこうと改めて思う。
 
日曜日には、娘の保育参観に行ってきた。歩くだけで、息があがってしまうほど
体調がすぐれなかったけれど、オキノームを服用して、なんとかもった。
娘はそれぞれに好きな楽器を選択して行う、グループごとの音楽発表で
「みんなが出来るだけ違う楽器をもって演奏した方がきれいな音になるから」
とグループのみんなが楽器を選んだあと、最後にだれも選ばなかったタンバリンを
選択して演奏。
そんな風に周りの状況を見ながらあれこれ考えられるようになったんだ…
と成長に思わず感動してしまった。親バカ?でも、がんばって観に行ってよかった!!
息子は「イヤイヤ期」に突入。同じ年頃でも、娘はそんなに「イヤイヤ」いわなかったけど、
息子はかなり手ごわい。その合間に「ママ〜」と可愛く甘えてくるところがまた…
それでも二人とも、とても可愛い。息子は本好きなんだけど、同じ本を何度も読む
ところ、私と読み方が同じで、血のつながりを感じる。これから、沢山のいろんないい本を
一緒に読みたいとしみじみ思う。
 
頑張ってこの時期、なんとか乗り切りたい!!もーお願いだから、がん細胞、
あんまり暴れないでほしいわー。
 
夫ともクールダウンして仲直り。というか、私の方が喧嘩するだけの元気もなく、日々
グッタリしていたので、穏やかに日々が過ぎた。よかったのか、悪かったのか…
 

全68ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
ぽん
ぽん
女性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

過去の記事一覧

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事