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源氏物語おぼえがき(2009年)

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久しぶりの「源氏」記事更新。

以前、
林真理子が源氏を!http://blogs.yahoo.co.jp/ponpon9jo/60142625.html
で、取り上げた「誰も教えてくれなかった『源氏物語』本当の面白さ」で、
林真理子の対談相手になっていた山本淳子さんの代表作。

病院近くの本屋で偶然見つけて、購入してきました。

以前の記事で紹介したように、山本さんは源氏成立の時代の資料をかなり
読み込んでいて、さらに自分の中でそれを消化・吸収して、彼女なりの
一条天皇時代(清少納言と紫式部が活躍した時代)の世界を作り上げていて、
それは、対談集である「誰も教えてくれなかった〜」で垣間見えていました。

本書は、清少納言と彼女の主だった皇后定子、その夫一条天皇、
そしてもう一人の后である中宮彰子と彼女に遣えた紫式部の間に起こった
事件と彼女たちの心情について、当時の貴族たちの日記や「栄花物語」、
「枕草子」などから推察し、そこから一つのドラマを生み出していきます。

これが非常に面白かった!!本書は「朝日選書」という、いわゆる新書類の
棚にあったのですが、お勉強の本というより、後宮を舞台にした人間ドラマ
という色合いが強かったです。「ものがたり」とサブタイトルにあるように、
小説的な面白さに溢れた一冊です。

中級貴族を母にもち、気どりなく、かつ教養と美貌にあふれ、明るい空気で
一条天皇に熱愛された后、定子。

もちろん、彼女を語る上で、清少納言は欠かせないし、むしろ、清少納言の方が、
現代では一般によく知られていますが、どんなに素晴らしい女性だったか、
希代の才女、清少納言が心底熱愛するに値する女性像が、描かれます。

定子の素晴らしさ、二人のエピソード自体は、田辺聖子の「むかし・あけぼの」
(角川文庫)で知っていたのですが、本書は、各エピソードの出所を細かく表示
しているので、定子の言動が、田辺さんのフィクションではなく、かなり史料から
起して書かれてたんだというのが改めて確認できました。

また、エピソードの出所からそれを書いた人の心境や見方まで推測していたりして
一種の歴史ミステリーみたいな色合いもありました。

そして、定子を生前も、死後も一途に愛し続ける一条天皇を、
静かに、しかし強く、誠実に愛するもうひとりの后、彰子。

こちらについてが、むしろ、本書の「キモ」かもしれません。
幼くして父の言うなりに、定子という后が既にいる後宮に入り、父のごり押しで、
本来、一人であるべき后の地位に強引に押し込められた彰子。
定子と違い、母親も名家のお姫さまで、自分も周囲も、教養よりもむしろ
身分の高さがウリだった…
そして、夫になった一条は、政治的な事情から自分の入内を拒むことはできなかった
けれど、あくまで愛しているのは定子一人。
そして、定子は、死によって永遠に美しいまま、一条天皇の心をとらえて逝ってしまった…

栄花物語からは、幼い彰子に対し、やさしく接する一条天皇の姿が残されています。

一条天皇という人は、人柄的にはバランスがとれた方で、定子を愛しながらも、
他の妃たちへの言動も温かいものだったようです。
さらに、重大事には、天皇としての決断も私情を挟まずに行える、
情と知性とを備えた、器の大きい人柄の天皇だったようで、女性として理想的な定子
とは好一対の夫婦だったようです。

兄の失脚で後ろ盾をなくして、宮中から追い出されざるを得ない状態になった定子を、
周囲の反対を押し切って愛し続ける情熱を持ちながら、それでいて、押しつけられた
妻である彰子に対し、冷たくあたるというわけでもなかったようです。

10歳近い年齢差があったとはいえ、この一条天皇の彰子への優しさ、また、人間的な
温かさを彰子は自然に愛するようになっていったようです。

ただ、高貴な姫として育てられた彰子は、一条天皇が求める「定子」にはなりえなかった…
それでも、一条天皇が政治の理想像として学ぶ漢文を紫式部に頼んで数年間をかけて
こっそりコツコツ勉強したり、定子の遺した子供を育て、守ろうとする。
地味なんだけど、妻として最大限夫を支えようとする…そんな姿が、描かれています。

私は御承知のように、定子ほどの若さではないのですが、(そしてそこまで素晴らしい
女性では、全く無いのですが)、小さい子供を遺し、まだ若い夫を遺して逝かなくては
ならないという身上から、定子に対しては、かなりの思い入れがあります。

彼女が死を覚悟し、寝台にのこしていった辞世の歌、

よもすがら契りしことをわすれずは 恋ひん涙の色ぞゆかしき
 (夜通し誓った愛をお忘れにならないのなら、私を恋しく思い流すだろう涙、その色をみたい)

知る人もなき別れ路に今はとて 心細くも急ぎたつかな
 (知る人もいない死出の路。今、その路へ心細いけれども急ぎゆかなくてはいけません)

煙とも雲ともならぬ身なりとも 草葉の露をそれとながめよ
 (火葬でなく土へ還るゆえ、煙にならない我が身ですが、草葉の露を私と思って眺めてください)

などは胸にぐっと迫ります。

政略結婚として、一条天皇妃になった定子だけど、その結婚生活は、愛と栄光に満ちた
陰りがない幸福な時代と、また、悲惨な逆境の中に生きねばならない時代と波乱に
満ちていました。
しかし、そんな中で、最初から最後まで一条天皇への愛を貫きました。
政治的な立場を超えた愛情を、山本さんは数々の資料からあぶりだしていきます。

しかし、本書を読むと、その後、妻を亡くして、しかし、自分は天皇としての責務を
全うしようと懸命に生きた一条天皇を理解し、愛そうとしたもう一人の妻、彰子の
人生もまた、素晴らしい生き方だったのでは、と思わせられます。

アマゾンの書評を見ると、彰子に対して美化しすぎてる、栄花物語を高く評価しすぎてる、
との批判もあるみたいですが、ドラマとして、ここまで人間をハッキリ描き、さらに、この
二人の后の愛から、源氏物語が生まれるという流れは「みごと!」というしかありません。

ある意味で、歴史的な考察を述べた本ではなく、どちらかというと小説的な性格も強い
本書ではあると思いますが、資料の引用も読みやすく、現代語訳を丁寧に掲載しており、
さらに、文章がすっきりしていて、この手の本の中ではやはり出色の名作だと思います。

最後に、物語のキーマン、一条天皇が亡くなるときに遺した辞世の歌ー
「あなたを残して逝けない」という歌を、側近、藤原行成は、
産褥死ゆえ、極楽往生できずこの世をさまよっている亡き定子への歌ととらえ、
その死の床で一条天皇の側にいた彰子は生き残る自分への歌だと思ったのではないか?
という推測には膝を打ちました。

一条天皇の死後も、一条天皇が理想とした政治を実現すべく、政治の表舞台に立つように
なる彰子の心には、一条天皇もまた自分を愛してくれたはずだという信念があったのでは?
と山本さんは推測します。
しかし、一条天皇は死に際して、やはり、最愛の妻、定子を思ったように、当時の
側近が推測しているようだ。

一条天皇の、真意はいったいどちらだったのか…

…これは永遠に答えの出ないミステリーですが、この心のすれ違い、
やはり源氏を産むべき土壌にふさわしいドラマであるように私は思います。


本書を読んで、改めて、京都に行きたくなりました。

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家庭内で色々あった今週でしたが、合間をぬって、
「源氏」を読んでいました。ここまで行くとなんというか、
六条さんなみの執念だなあと感じます。

本屋で前から気になっていた大塚ひかりの全訳源氏物語を購入。
今回は、特に紫の上について追いかけようと思っての「源氏読み」
なので、彼女の心境がクローズアップされる若菜上以降の巻を
買ってみました。

「源氏物語が好き」の方で、大塚さんの源氏関係の本や大塚さんの
スタンスについて触れることがあったように思いますが、
あらためて、ここで簡単に書くと、源氏物語の登場人物について
数々のエッセイを書いてきた作家で「源氏の男はみんなサイテー」
「カラダで感じる源氏物語」などでその見解を書かれています。

源氏物語は多数の男女の恋愛が絡む物語なんですが、それにも
関わらず、直接的な描写が書かれていないところが大きな特徴です。

これは、時代的なものではなく、(同時代の物語等々にはわりに
体の部位について直接的な表現もあったりする)、源氏の特徴みたい
なんですが、それについて大塚さんの一貫したスタンスは

和歌の中で直接的な表現をやっている

つまり、登場人物たちがオニのよーに交わす和歌類にエロの隠喩が
ある、というものらしいんですね。

「源氏物語への招待」の今井先生は
「紫式部自身が下ネタを嫌ったんではないか」
との意見を述べていたんですが、私もどうもこっちのほうがしっくりきます。

直接的なものを書かない、というのは彼女なりの美意識だっただろうし、
宮中の局で中宮や女房達の集う中で読み語られる物語としての品位、という
ものも紫式部は意識していたんではないかなーと思うんです。

「紫式部日記」の中で紫式部の女主人、彰子のサロンは宮中でも
お堅いイメージでちょっと敬遠されぎみみたい、なんてことが書かれて
いるので…

ともあれ、この全訳版の面白いところは逐語訳(原文を省略なく必要最低限の
補足のみで訳していく)、その部分への大塚さんの解釈や見解(本の中では
ひかりナビ、と称しています)、次の部分の逐語訳…というように進んでいく
構成。

源氏は原典で読むのが一番いいんだけれども、それは多くの読者には難しいから
原典に近い形の逐語訳を試みた、という見解にもうなづけるし、大塚さんの
コメントであるひかりナビは一般の読者に読みやすいくだけたコメントになって
いるので、非常に面白く楽しい本になっています。

大塚さんの源氏への愛がいっぱいつまった力作、と思います。

登場人物への突っ込みも面白いし、(その解釈に賛否はあるかもしれないけれど)
各巻の巻末で年表やテーマごとの考察をやっていたりして、とことん、読者への
サービスにあふれた構成。

もしかすると、大塚さん、もともと編集者だったので、ここら辺の構成アイディア
は得意なのかもしれないですね。

逐語訳の文章では「即レス」など現代の流行語が用いられていて、私は
無理にそういう言葉を使わない方がよかったんではないかなーと思いました。

これだけの力作であれば、10年後でも十分読むに値する本だろうし、だとすると、
言葉の選定にはなるべく時代の変化の影響を受けにくい語を選定したほうが
よかったんでは…とは思います。

帝を一律にカタカナで「ミカド」と表記するのもなんとなく違和感が。
主上と書いてうえ、と読ませる田辺源氏やあさきゆめみしの方が、あの世界には
なんかしっくりくる気がするんですがね。

ともあれ、源氏の全訳版としては最新の本書、源氏ファンなら手にとってみる
ことをぜひお勧めしたいです。

2 紫の上への道

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体調がなかなか思わしくなく、図書館に行けない日々が
続いていたのですが、ようやく「源氏読み」を始めました。

借りようと思っていた原典がすべて借りられていたので、
あまりきちんと読んだことがなかった「与謝野晶子訳」
(中巻)を借りてきました。

あと、研究者の今井源衛さんの「源氏物語への招待」
(小学館ライブラリー)、これは時間がなくて適当に
選んだんだけど、膝を叩きなるような指摘が諸所にあって
意外な儲けものでした。
紫式部の生涯についての研究、時代背景、藤壺、女三宮、
宇治十帖の大君についての考察など広範なテーマにわたって
学会・作家の意見を分かりやすく交えながら論じていて
面白かったです。

与謝野版源氏物語の中巻は玉鬘から雲隠まで、
六条院を舞台に、源氏の運命が栄光の頂点から、
女三宮降嫁を気に暗転していく様子が描かれているところですな。

「与謝野源氏」は登場人物の呼称が面白かったですね。紫の上は
「紫の女王」(宮家の姫君だから)で統一されていて、それが独特の
空気を醸していて、よかったです。
男性の登場人物たちは役職が変わるたびに呼び方が変わる原典そのまま
なのも、源氏が一通り頭に入ってる読者には、より「平安っぽい」
空気が味わえていいかもなあと思いました。
ただ、田辺聖子さんも何かの本で指摘していたけれど、歌の註が
ないのは、現代の読者には厳しいかも。歌人だった与謝野さんならでは
の(歌はそのままが一番いい)という視点は強く感じるのですが…


前に「源氏物語が大好き」で書いたのですが、私の「源氏物語」
のベースは田辺聖子の「新源氏物語」「源氏がたり」や
漫画「あさきゆめみし」であって、長くこれらが私の「源氏」だったの
ですが、ブログをきっかけに原典に接してみて、改めて
「オリジナルの偉大さと面白さ」
に目覚めた部分があります。

しかし、逆に、オリジナルが偉大であるため、それぞれの現代語訳や、
解釈がそれぞれに面白い、という逆説的な発見も致しました。

田辺聖子の「新源氏物語」は原文をかなり大胆に削って、
また、描かれなかったシーンを部分部分挿入していたりしていて、
「現代語訳」というより「現代小説版源氏物語」という位置づけにある、
というのも田辺さん自身が「源氏紙風船」で書いていたのですが、
改めて実感したりもしました。

特に、紫の上の死に至るまでの心境について、「源氏紙風船」で
一章を割いて語られているのですが、子供を産まなかったゆえに、
源氏への純粋な愛情のみをもって死に至った、そして義理の娘へ
愛情は、産みの母である明石の君の直接的な愛より尊いものだと
いう視点に貫かれているように思います。

紫の上は、源氏物語の、特に後半部分のヒロインであり、
女三宮の降嫁によって、「正妻」(というより第一の妻、というべきか)の
地位を追われて以降、死に至るまでの心境をどう解釈するかで、
この物語の見方自体がまるっきり変わってしまう、という位置づけにあります。

私は長く、田辺さんの解釈そのままに紫の上をとらえていたのですが、
娘を出産したことで、同じく一女の母だった紫式部が、「母なるもの」
に対して田辺さんの解釈のような冷たい視点を持っていたとは思えなく
なりました。

そこで、「明石の君」に焦点を当てて原典を追ったところの考察を
「源氏物語が好き」で展開したのですが、その時点では、一番のキモとも
いうべき紫の上は私にはまだはっきりと捕えられない、おぼろげな
存在でした。

それが数年たち、紫の上が死病を発病した37歳に近い年齢で、
わたしもまた自分の死を意識せざるをえない病気になったことで、
急に彼女の存在が近くなったのです。

病気以後、源氏について全編を通読してみると、紫の上に限らず
死にゆく登場人物の心理描写が非常にリアルであるように感じています。

健康だった時には、どうしてこうみんな気が弱くなってしまうのか、
気持の持ちようによってはもっと長く生きれたんじゃないのか、なんて
思っていたんですが、じわじわと体と心が死に向かう過程は、物語的な
誇張ではなく、リアルな描写だったんだなあと感じています。

源氏のヒロインたち、紫の上、大君、浮舟が死を見つめる視線、
そして同時に自分の生の苦しさにもがく気持ち、そこから救われたいと
願う気持ちに、私は今、大きく共感しています。

浮舟は死なず、出家という形をとらせて物語は終わっていますが、
女としての人生に絶望する、そして死を望むという部分では、
この三人のヒロインはなにか、見えない糸でつながっているようにも
私には感じられます。

ということで、この「おぼえがき」ではぜひ紫の上についての考察を
してみたいと思うのですが、読むのに相当時間もかかりそうなので、
「源氏物語が大好き」でやったような、(私的には)楽しいテーマを
見つけて、ちょいちょいと書くことができたらいいなあと思います。

そうそう、アマゾンで源氏物語を検索していたら、「あさきゆめみし」
の塗り絵を見つけました。中学時代だったら間違いなく買って、夢中に
なって色、塗っていたような気がします…

ということで、源氏物語について、4年ぶりに書きます。

書庫のタイトルについては迷ったのだけど、
自由にあれこれ書くだろうなあと思ったので「おぼえがき」に。
我ながらセンスないなあ。

2008年が源氏千年紀だとかで、アニメ化されたり、京都で
フォーラムがあったりしたみたいですね。

私的に「!」だったのが、林真理子が雑誌で源氏物語の連載を
始めたこと。

彼女の作家としての力量はともかく、

「源氏について連載するほど古典文学に通じてるの?なんか
はやりもの(で文化的そうなもの)にのっかったんじゃないの?」

というような感が。書いてるものを読まずにどうこういうのは
アレなんだけど、かなり違和感を感じました。

たしか「あさきゆめみし」の文庫版に解説を載せてた記憶
はあるんです。

ただ、その解説も、取り立てて彼女の源氏に対してのこだわり
とか感じられるものではなかったし。


で、先日図書館に行ったら、

  誰も教えてくれなかった『源氏物語』本当の面白さ 
  林真理子×山本淳子
  (小学館新書)

というなんとも興味を惹かれる本が!!

で、読んでみました。

まず、タイトルがすごいですね。
「誰もおしえてくれなかった」って、林さんお勧めの「あさきゆめみし」
はじめ、大作家の現代語訳がいろいろ出ていて、多分、源氏物語は面白い
と思っている人口数って結構いると思うんだけど…

それに、そこまで言えるほどの斬新な、面白さを本当に教えてくれるの!?

と色々つっこみたくなりますね。

内容的には、かなり「優等生」な感じの本でした。
確かに、連載をもったためにいろいろ現代語訳も読んで、もちろん原文に
もあたって、学者の解説も読んだんだな、ということはわかりました。

ただ、正直言って、源氏を消化して、いい現代語訳や現代小説に練り直す
ためには、源氏について知ってる、調べた、というのでは足りないのでは
ないかなあと感じました。

源氏のバックにある万葉の時代からの和歌の素養、今昔物語や栄華物語、
大鏡などの平安社会の空気を感じさせる古典文学の知識、
さらに江戸に至るまで源氏の流れの影響を受けてる日本古典文学、
これらを愛して、血肉にしている、そんな田辺聖子の源氏物語に長く
親しんでいると、林さんの「源氏を書こう」というのは知識の付け焼刃で
勝負してるなあという印象が強かったです。

現代的で面白い解釈、という点では、かえって大塚ひかりの源氏物語エッセイ
の方が面白かったように思います。

また、源氏物語中の、身分の高い人に対して「セレブ」という言葉を多用
しているのですが、これには違和感がありました。

現代の「セレブ」はどちらかというと芸能人だったり
「金持ちで有名人」
であれば「セレブ」になれるけれど、
平安社会ではごく限られた血脈にある、人数的にもものすごく限られた人々のみが
「高貴」とされていたので、

「身分がちょっと低い(でも一般の庶民から見たら雲の上の人)だけど金持ち」

な受領階級こそ、今でいう「セレブ」と近い気がします。


ただ、巻末の部分で源氏ファンでも原文を読んでいる人がほとんどいない、
源氏を好きならば原文を読むべき、とおっしゃっていて、
これは私も大きく賛同したいところです。
文章の調べの美しさはやっぱり原文が一番。

漫画や現代語訳を何度も読んでいると、割に細部まで記憶に残っているので、
意外と原文に当たってみると、内容がすいーっと頭に浮かんできたり、します。
古典文法はなかなか難しいのですが、大学受験くらいの基礎知識があれば、
解釈を読みながら、わりに読みすすめられるのではないかなーと思います。

そして本書は、対談という形をとっているので、読みやすい、というのは
確かです。

対談相手は、源氏の研究者としては今、非常に注目されてる山本淳子さん。
「源氏物語の時代」はサントリー学芸賞を受けているんですが、紫式部と
中宮定子の時代を結びつけた学説はすごく新鮮でしかも説得力があります。

山本さんは、いやみなく専門的な知識を述べられています。
源氏物語を書きはじめた時の紫式部の様子を
「コミケで内輪受けするような作品を書いてるような感じ」
と斬新かつ的確な感覚で説明したり。

また、宇治十帖で浮舟が薫と匂宮との間で悩む部分を
林さんが
「瀬戸内寂聴さんが『心は薫に体は匂宮に』これぞ現代小説って
おっしゃっていて…どう思われますか?」
と言うのに対して
「かつてはそうみられてたけど、今はそう簡単に分割できない、
薫も浮舟を宇治に放置して京都に帰ったりしてるし、誠実という
仮面を被った優柔不断な人物」
と断じているのが気持ちよかったです。

というか、そういう解釈こそ、作家である林さんがする必要性が
あるのでは…それに対して「そうなんですか」なんて聞き手にまわってる
場合じゃないんではないか…と思うんだけど。

ということで、源氏に対してのスタンスや知識において、
ちょっとバランスが悪い対談だなあという感はぬぐえないです。

もしかしたら、林さんも愛読してる「あさきゆめみし」に絞ってあれこれ
意見を言い合ったほうが、自由で楽しい対談になったんじゃないかなーと
思います。「あさきゆめみし」は源氏物語と繋がりつつ独立して面白い
作品だし、十分語りあうだけのモノがある、と思うんですが。

ということで、久々の源氏物語記事ですが、
初回からまた私の意地の悪さ全開の記事になってしまいました。

意地の悪さって病気と関係ない部分なんですかね(笑)

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