羽ばたけコウノトリ!、日本の空に、そしてトキも !!

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大阪城眼下に、あべのハルカスは遠望、そして翌日にハルカスをそばから見上げる!!

先月末(6/28 Sun.)、大阪城公園に隣接するビジネスパーク(OBP)へ。

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小学校の同期会で、一年ぶりに大阪へ。

OBP内に建つツイン21、タワー内のフロワーから逆三角形の大きなガラス窓越しに大阪城が望める。

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会場はそのビル内のMIDタワー38Fにあるレストラン。壁面のガラス越しには眼下に大阪城が眺められるという眺望が見事な場所!!

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会の延長に6年2組のメンバー12名が集い同窓会ディナー。昼の会席と同フロワーで隣りにあるレストラン。

そこからは大阪城のほか、ビルタワー日本一となった話題あべのハルカスも遠望できる。


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夜に入り、ライトアップされた大阪城が浮かび上がり、魅力ある光景が続き幼い頃の思い出に、話が弾んだ。

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翌(6/29 Mon.)、昨日遠望していた、あのあべのハルカスが建つ阿倍野へ。

阿倍野・天王寺駅前の交差点を囲む歩道橋から天王寺公園方面
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イメージ 9 ハルカスの隣接する南海電鉄(阪堺線)ターミナル方面



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ハルカスから歩道橋を再び渡り天王寺駅上にあるMIOへ。

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MIOからは迎えにそびえて建つあべのハルカスが間近に眺められる。

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天王寺公園サイドを再び展望、通天閣も京セラドームも望められた。

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そして天王寺駅から先程歩いた歩道橋、

上から見るとアルファベットのになっていることも解る。




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ギボウシ2年ぶりに咲く!

待望のギボウシ、先月中旬頃より花柱6本も伸ばしていたが、やっと開花。

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広い白斑でくっきりした葉脈のグリーンが素敵だ。

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6月中旬には白馬のユリ山吹色で存在感を・・・、

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タマとガク咲き紫陽花も満開に。

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そのユリの手前やアジサイとヤマアジサイ横では、

得意な花形が可愛いネジバナも満開を迎えていた。

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少ないながらレンガ色のバラも・・・。

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石段下では高く花柱を伸ばしていたアガパンサス、その先端に多くの花を咲かせ、淡い青色で涼しさを演出してくれている。

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日本銀行(本店)の歴史と役目を再認識!、日本の近代美術の巨匠の風景画に魅了!!

(6/17 Wed. PM)フォーラムの特別開催で東京日本橋にある、日本銀行・本店>;)を見学する機会を得た。

明治建築らしさが残る・日本銀行本店 イメージ 1




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見学時の紹介冊子と配布の紙幣裁断片の入ったビニール袋

日本銀行 
本店・所在地 〒103-0021 東京都中央区日本橋本石町2-1-1

概要:
わが国唯一の中央銀行です。
日本銀行は、日本銀行法によりそのあり方が定められている認可法人

日本銀行の目的:
日本銀行法では、「我が国の中央銀行として、銀行券を発行するとともに、通貨及び金融の調節を行うこと」および
「銀行その他の金融機関の間で行われる資金決済の円滑の確保を図り、もって信用秩序の維持に資すること」と規定しています。
 
また、日本銀行が通貨及び金融の調節を行うに当たっての理念として、
「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」を掲げています。

参照 → http://www.boj.or.jp/about/outline/index.htm/ 


各種窓口・主な手続き:
 損傷したお金の引換え窓口
 外為法に関する手続き
 各種取引に関する金融機関向け窓口
 国庫金・国債の窓口・・・
など

沿革:
1871(明治 4)年 6月
「新貨条例」(1875年に「貨幣条例」と改称)および「造幣規則」布告 (「円、銭、厘」を単位とする)
 
1872(明治 5)年 4月
 政府が新紙幣(円建ての不換紙幣)の発行を開始
 
1873(明治 6)年 8月
 国立銀行が国立銀行紙幣(金兌換紙幣)の発行を開始 (1876年8月金兌換停止)
 
1882(明治15)年 6月
「日本銀行条例」公布 (10月施行、資本金 1,000万円、営業年限30年)
 
1882(明治15)年10月
 日本銀行開業 (預金取引、貸出等を開始) イメージ 7


開業当時の主な歴代総裁:
 1 吉原重俊(よしはらしげとし) 
明治15年10月 6日?明治20年12月19日 鹿児島県

 2 富田鐵之助(とみたてつのすけ) 
明治21年 2月21日?明治22年 9月 3日 宮城県
 
 3 川田小一郎(かわだこいちろう) 
明治22年 9月 3日?明治29年11月 7日 高知県
 
 4 岩崎彌之助(いわさきやのすけ) 
明治29年11月11日?明治31年10月20日 高知県
 ・
 ・
 ・ 
 7 高橋是清(たかはしこれきよ) 
明治44年 6月 1日?大正 2年 2月20日 東京都


イメージ 3 中庭







イメージ 4 西口(館入場玄関)方面






見学時の中央入口
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イメージ 6 入口より入った・ホール内部






トータル約90分の内、

ービデオでの紹介、

ー館内見学(重厚な金庫、紙幣の束と重さ体験、歴代で有名な総裁の絵画、構内の仕事風景など)、

ーそれに、日銀の仕事についての役目紹介と今後の施策への理解などのセミナーもあり、

日銀の重要な役目がひしひしと伝わり、再認識させられた見学となった。






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当日の午前、五島美術館が所蔵する日本・近代絵画の

「近代の日本画展」>;)を鑑賞した。

五島美術館
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横山大観、川合玉堂と行った日本の近代美術の先駆者・巨匠の

見事な日本画(風景)を目の当たりに鑑賞し、見惚れる。

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近代の日本画展 五島美術館 2015/5/16 ? 6/21

館蔵の近代日本画コレクションから、「風景表現」を中心に、

橋本雅邦、小川芋銭、横山大観、川合玉堂、冨田溪仙、小林古径、橋本関雪、安田靫彦、川端龍子など、

明治から昭和にかけての近代日本を代表する画家の作品約40点を選び展観。

宇野雪村コレクションの文房具も同時公開。

参照 → http://www.gotoh-museum.or.jp/exhibition/schedule.html 


 イメージ 12 横山大観筆_東海の浜


            橋本雅邦_秋山秋水 
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                      川合玉堂筆_春峽 イメージ 14

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巨匠が描いた風景を中心とした日本画の数々、

多くの所蔵されている素晴らしい絵画、久久にじっくり鑑賞することができた。

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城址公園内・植物苑で菖蒲まつり!

(6/13 Sat.)花菖蒲観賞、三つ目の訪問は城下町風情が残る千葉県佐倉

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北総エリアでの城下町である。

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城内の花苑で咲き誇るハナショウブを観賞することができた。

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その後、佐倉城址の本丸を目指す。

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二の門前には、

日本の開国を導いた、藩主(老中)堀田正睦の像や

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日本との通商条約をした アメリカ総領事・(タウンゼント)ハリスの像も。

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二の門、一の門跡を通り、本丸に、

そして天守跡へ。

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天守跡
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最近、読み終えた「胡蝶の夢」

その主人公・良順の出身地が正にこの佐倉藩。

江戸医療の舞台、特に順天堂も、この地から・・・、けっこう身近に感じられた。

それら関連についての碑も。

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城内には大阪万博公園にもある、

民博(民俗博物館) があり、そこへも立ち寄る。

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城下町らしさが残る佐倉、武家屋敷通りを地図より見出だし、足を伸ばす。

ひよどり坂から竹林の階段状の坂路を登ると、

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今なお保存されている、武家屋敷、

城下町らしい風情・・・、訪問のアクセントとになった。

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くらやみ坂を下って、帰路につく。

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「胡蝶の夢」読了!

「胡蝶の夢」幕末から明治にかけて西洋医学の礎に活躍!!

司馬遼太郎の歴史小説「胡蝶の夢」(一)〜(四)>;)を読み終えた。

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明治,日本医療の基礎を築いた、幕府・御典医(奥医師)を務めた 松本 良順

その生涯を描いた長編歴史小説。

長崎でオランダ人ポンペに西洋医学を学び、維新時には幕府側で漢方でなく蘭方で、

一橋慶喜の主治医医師を努め、戊辰戦争では会津で戦傷者の医療で活躍。

その後、朝廷軍に帰順、初代の陸軍軍医総監となった。


幕末維新志士たちの世直しとは観点が違った、

蘭方医療の視点からの歴史を紐解くという味わい深いものであった。

胡蝶の夢:
 司馬遼太郎 著 文庫

徳川政権の崩壊を、権力者ではなく、蘭学という時代を先取りした学問を学んだ若者たちの眼を通して重層的に映し出した歴史長編。

<第1巻>
 黒船来航で沸き立つ幕末。
それまでの漢方医学一辺倒から、にわかに蘭学が求められるようになった時代を背景に、江戸幕府という巨大組織の中で浮上していった奥御医師の蘭学者、松本良順。
悪魔のような記憶力とひきかえに、生まれついてのはみ出し者として短い一生を閉じるほかなかった彼の弟子、島倉伊之助。変革の時代に、蘭学という鋭いメスで身分社会の掟を覆していった男たち。

<第2巻> 
幕末海軍の教師団にポンペという軍医のいることを知った松本良順は、あらゆる圧力を断ち切って長崎に走る。
やがて佐渡から語学の天才である弟子の伊之助を呼びよせた良順は、ポンペを師に迎え、まったく独力で医学伝習所を開講し、あわせて付属病院を建てる。
ひろく庶民に門戸をひらいたこの病院は、身分で閉ざされた社会に、錐でもみ込むように西欧の平等思想を浸透させてゆく。


<第3巻>
ポンペの帰国とともに江戸の医学所の頭取となった松本良順は、緊張した時局の中で不眠に苦しんでいる一橋慶喜の主治医となり、阿片を用いてこれを治す。
一方、語学の天才・伊之助は「七新薬」という蘭方の医書を刊行するまでになったが、その特異な性格が周囲に容れられず、再び佐渡に逼塞する。
また、赤貧のなかでポンペ医学を修めた関寛斎は、請われて阿波蜂須賀家の侍医となる。

<第4巻>
瓦解する幕府の海陸軍軍医総裁となった松本良順は、官軍の来襲とともに江戸を脱出し会津に向かう。
他方、ともにポンペ医学を学んだ関寛斎も、官軍野戦病院長として会津に進軍し良順と対峙する。
そして、激動のなかで何らなすところなく死んでゆく伊之助。


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