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大判な水彩画に圧倒!

展示された水彩画、大型サイズだらけに驚かされる!?

水彩連盟展国立新美術館へ。

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ルーブル美術館展で賑わう当美術館。

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今回の鑑賞は水彩画。

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展示場は館の三階。

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ずらりと展示されている水彩画。

油彩ではよく見る大型サイズだが、

居並ぶ水彩画の大きいことに圧倒された。

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自分が描いている画はサイズも小さく、画彩も淡い。


最近ある画廊で見かけ知ったのだが、

濃い色彩の水彩画に対し、

薄い色彩で描かれている絵を淡彩画と称していた。

自分の描く水彩画とのイメージが違う感もあったが、構成やコントラスト、細やかさなどについては参考になることが多かった。

これから特に大きなサイズで描こうとの思いへの、更なる契機につながった。


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鑑賞後、国立新美術館に近いミッドタウンへ立寄る。


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その一角にある日本庭園、小休止しながら水彩画の鑑賞の余韻に浸った。

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赤レンガ倉庫で、見事な花のじゅうたんを観賞


フラワー・ガーデン2015へ。

花のカーペット イメージ 1



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先月(4/18 Sat.)万国橋より赤レンガ倉庫へと向かう。

赤レンガ倉庫まで、途中のヤードでの花園も、

色とりどりの春花たちが迎えてくれていた。


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横浜赤レンガ倉庫・イベント広場で開催中の「フラワー・ガーデン2015」(9回目)

見事な花のカーペットが魅了させてくれた。

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花は何と、4万7500株と多種・多様な春花たち,

見事に彩ってくれている。

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宇都宮をはじめ、全国のギョーザ祭も同時に開催されていた。

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昼頃より馬車道に戻り、コンサート会場を向かう。



イメージ 15 開港記念館


鑑賞は関内ホールで、

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テレサ・テン没20年となる今年、

'「”テレサ・テン”メモリアルコンサート 〜"時の流れ"協奏曲〜」記念コンサート

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東洋の歌姫のテレサ・テンの

代表的な楽曲「空港」、「つぐない」、

それに名曲「時の流れに身をまかせ」

そして人気の中国の歌「夜来香」、「アンコール〜ジェルソーミナの歩いた道」など

テレサテン楽曲歌唱コンクールでグランプリを受賞したユウ燕(ユウエン)さん

テレサの特長とそれに芸大で磨いたクラッシック力で、澄み切ったソプラノ歌唱の魅了を聴かせてくれた。

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秘境・十津川の谷瀬吊り橋渡りと開創1200年・高野山、奥之院参りで入定の弘法大師に!

奈良県十津川に架かる谷瀬の大吊り橋を渡る。

谷瀬<タニゼ>の吊り橋 イメージ 10


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本宮大社から高野山へ通ずる熊野古道・小辺路>;)を通り、

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熊野古道   
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主に以下の5つの道を指す。 紀伊路(渡辺津-田辺) 中辺路(田辺-熊野三山)     :熊野本宮大社 - 熊野那智大社 - 熊野速玉大社 小辺路(高野山-熊野三山、約70km):熊野本宮大社                            + 大峰奥駆道      :吉野 - 熊野本宮大社 大辺路(田辺-串本-熊野三山、約120km) :熊野那智大社                            + 大雲取越え・小雲取越え:田辺 - 熊野那智大社 伊勢路(伊勢神宮-熊野三山、約160km): - 新宮-熊野速玉大社 *(+)世界遺産に登録されたものが熊野古道の全てではないことにも留意。 熊野詣それ自体の盛衰もあって正確なルートが不明になっている区間があること、歴史的な変遷から生じた派生ルートがありそのすべてが対象となっていないこと等による。 なお、そうした「忘れられた」ルートを再発見しようとする地元の動きもある。  これらの多くは、2000年に「熊野参詣道」として国の史跡に指定され、2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコの世界遺産(文化遺産における「遺跡および文化的景観」)として登録された。 なお、その登録対象には紀伊路は含まれていない。 このような「道」が世界遺産として登録された他の例には、「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」(文化遺産、スペイン)がある。 道が世界遺産として登録されること自体はまれである。 熊野古道の遺構の特徴として、舗装に用いられた石畳が残っていることがある。石畳が用いられたのは、紀伊半島が日本でも有数の降雨量の多い地域だからである。 また、江戸時代に紀州藩により整備された一里塚が残っている個所もある。 参照→ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%8A%E9%87%8E%E5%8F%A4%E9%81%93

熊野の深い山間に位置する奈良県十津川村へ。

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秘境・十津川の峡谷に架けられた、谷瀬の大吊り橋、

高さ54メートル、長さ約300メートル。

長い橋、ユラユラと揺られながら、往復・・・、結構勇気のいる渡橋であった。


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奈良・五條経由で和歌山・高野山へ向かう。

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弘法大師さんが高野山を開いて、

今年で(開創・)1200年の記念すべき年の再訪となった。

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奥之院へのお参りを終え、

車窓からだが、

金剛峯寺門前を通り、根本中堂は林越しに眺めて、

消失していた中門がこの開創期に合わせて再建されたが、

お披露目となったばかりのものの横を通ったが窓越しに観賞することができた。、

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再び、南大門を眺めて帰路に着いた。

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熊野三山の三つ目:熊野本宮大社ヘの参りと旧社・大斎原に詣で、秘湯・川湯温泉で身体を癒す!

熊野三山の三つ目となる、熊野本宮大社>;)へ参り、

日本一大きな石の鳥居のある、元の大社・大斎原>;)へ。

熊野本宮大社・鳥居 イメージ 1

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熊野本宮大社


イメージ 3 大鳥居のある大斎原





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ウォーター・ジェット船での瀞峡巡りの後、再び熊野川沿いに上流へ。

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熊野三山三つ目、熊野本宮大社ヘ。

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熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)

 和歌山県田辺市本宮町本宮にある神社。熊野三山の一つ。
家都美御子大神(けつみみこのおおかみ、熊野坐大神〈くまぬにますおおかみ〉、熊野加武呂乃命〈くまぬかむろのみこと〉とも)を主祭神とする。 
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イメージ 8 参照 → http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%8A%E9%87%8E%E6%9C%AC%E5%AE%AE%E5%A4%A7%E7%A4%BE 紀伊半島を縦断する果無山脈は熊野連山の三千六百峰を形成し、この間(奈良、三重、和歌山の三県)を縫うが如く流れる熊野川は太平洋に流出る熊野の大動脈です。 この熊野川の中枢に古代より熊野巫大神の鎮座されるお宮が熊野本宮大社がある。 第十代崇神天皇六十五年に社殿が創建されたと(皇年代略記)(神社縁起)に記載されています。 奈良朝の頃より仏教を取り入れ、平安朝以後は仏化して、熊野権現と称し、仏名を配する様になり、 倹校の下に熊野別当職を置き、その権勢のあったのは本宮別当湛増でした。 源平二氏の争乱に関し、熊野の加担に依り勝敗が決したと云われています。 熊野御幸は宇多法皇より亀山上皇迄歴代に上皇女院、百余度の多きに及び他社にその例をみません。  神代の時代、この熊野の地を治めた天孫系神別諸氏の日神信仰によって創立したのがこの本宮で、 それは熊野の大神の神遣が太陽の化身「八咫烏」であることも本宮祭神の始元が日神であったことを物語って います。 熊野信仰とは一言で云えば太陽の黄泉返りを願う祭礼です。 参照 → http://www.hongutaisha.jp/history.html イメージ 9 イメージ 10





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本宮大社参拝の後、大社が元あった
熊野川など三つの川が合流する中洲にあった熊野三山で古道出発の地・大斎原(おおゆのはら)へと向かう。

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日本一の石の大鳥居に向って一本路の参道を進む。

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大斎原(おおゆのはら)

 熊野本宮大社がもともとあった場所。 イメージ 22 
本宮大社前より500mほど離れ近年旧社地近くに日本一の大鳥居(高さ33.9m、横42m)が建てられました。
明治22年(1889年)8月の水害時まで熊野本宮大社は熊野川・音無川・岩田川の3つの川の合流点にある「大斎原(おおゆのはら)」と呼ばれる中洲にありました。
かつての本宮大社は、およそ1万1千坪の境内に五棟十二社の社殿が立ち並び、幾棟もの摂末社もあり、楼門がそびえ、神楽殿や能舞台、文庫、宝蔵、社務所、神馬舎などもあり、現在の8倍もの規模を誇っていた。
熊野川と音無川に挟まれ、さながら大河に浮かぶ小島のようであったといわれるかつての本宮大社。熊野川は別名、尼連禅河といい、音無川は別名、密河といい、2つの川の間の中洲は新島ともいったそうです。

それが、明治22年の水害により流出してしまった。明治に入ってからの急激な森林伐採が上流の十津川で大水害を呼び、濁流となった熊野川が中洲にあった本宮大社の社殿をも呑み込んだのです。ほとんどの社殿が流出、境内372坪が決壊してしまいました。

 現在の大斎原の森は水害後に植えられた杉が多くを占めていますが、人がそこを聖地として祭るようになった当初は、おそらくはこんもりとした照葉樹林の森
現在は2基の石祠が祀られているのみ。

参照 → http://www.mikumano.net/meguri/oyunohara.html 

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本宮参拝と大斎原礼拝兼散策後、

二泊目となる秘湯で知られる川湯温泉へ。

熊野川の支流・大塔川、川原を掘れば湯が湧き出ることで有名、

学生時代にも掘って浸かったことを思い出す、

イメージ 30 ホテル窓より、熊野川の支流・大塔川を眺む




ホテルより、川原に出れば露天風呂。女性は浴衣を着て入るが混浴である。

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清流に棲むカジカの声を聞きながら湯に浸かる、開放感はタップリ!

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奥熊野の清流・瀞峡めぐりと熊野三山・二つ目の熊野速玉大社へ参る!


ウォータージェット船で瀞峡めぐりへ。

瀞八丁・ウォータージェット船に乗って イメージ 1



その後、熊野三山参り二つ目・熊野速玉大社

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熊野川の上流へ。


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大河・熊野川


瀞峡めぐりの里・古志で昼食。

イメージ 3 瀞峡めぐりの里・志古乗船場


ここからもウォータージェット船の乗船もできるが、




更に上流、熊野川の支流北山川の下瀞にある、小川口まで行き乗船。

イメージ 4 ウォータージェット船








エメラルドグリーンに写る自然の峡谷・瀞峡めぐり案内
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イメージ 6 下瀞・小川口乗船場




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下瀞・小川口乗船場より
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まずは下瀞へ。

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イメージ 10 ウォータージェット船



名勝の瀞八丁に。

瀞八丁の景勝地で、船の屋根が開く<亀石付近>
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イメージ 13 屏風岩




寒泉窟
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イメージ 15 とさか岩




イメージ 16 寒玉潭










途中、田戸で下船し、休憩する。

田戸
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さすが瀞八丁景観は見事、見晴らしが良い。

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小休止の後、乗船し

上瀞へと向かう。

イメージ 22 山彦橋を越え上瀞へ










獅子岩
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いろいろな形をした岩・・・、

小さいながら岩の中央部に松茸の形をした岩を発見!?

イメージ 24 松茸岩





Uターンして休憩した、田戸を通り、

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イメージ 27 行き交うウォータージェット船




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そして乗船した小川口へと戻る。

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瀞峡巡りを終え、新宮市へ。

二つ目となる、熊野三山の一つ、熊野速玉大社>;)へ。

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熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ) イメージ 32


和歌山県新宮市新宮1にある神社。熊野三山の一つ。熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)を主祭神とする。 イメージ 33
 
境内地は国の史跡「熊野三山」の一部。
2002年(平成14年)12月19日、熊野三山が史跡「熊野参詣道」から分離・名称変更された際に、御船島を含む熊野速玉大社境内が追加指定された。
2004年(平成16年)7月に登録されたユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の構成資産・大峯奥駈道の一部。

参照→ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%8A%E9%87%8E%E9%80%9F%E7%8E%89%E5%A4%A7%E7%A4%BE 

もともとは近隣の神倉山の磐座に祀られていた神で、いつ頃からか現在地に祀られるようになったといわれる。
神倉山にあった元宮に対して現在の社殿を新宮とも呼ぶ。 イメージ 34新宮市絵図


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ナギの巨木
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