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旅(国内外)

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見張り小屋からの見事な展望に感動!!

待望のマチピチュ遺跡の全容を展望できるほどに晴れ上がる。

マチピチュ山に架かる雲がとれ出し見通しバツグンに。

見学の最終行程、コンコルド神殿から、晴れるまで待ち続けた甲斐あり。

コンドルの神殿
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写真で見た待望のあの光景が眼前に、

イメージ 2 見張り小屋への急な石段を登り切ると・・・

イメージ 3 リャマが途中お出迎え、絵になる・・・


天空都市マチピチュ遺跡の全体展望に恵まれた。

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遂にマチピチュ遺跡の全ぼうを展望!


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遺跡マップ
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イメージ 10 段々畑アンデネス





有名なコンドルの神殿へ。

ここは神聖な儀式が行われた場所なのか、

地面にあるコンドルのくちばし、後ろの岩が羽を拡げたイメージ、

コンドルをかたどった実に美しい造りに想えた。


コンドルの神殿
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イメージ 12 コンドルの神殿上部


コンコルド神殿見学の後、いよいよ、見張り小屋を目指すことに。

残していたとはいえ、ルートの最後の行程は、段々畑を左に眺めながらの急勾配を登らねばならない。、


一気に登り、酸素が少ないため、ペースはゆっくり・・・、急な登りを開始・・・

イメージ 13 見上げるほどに見張り小屋は高い

途中の水平の道
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イメージ 15 水路に青い草花を発見

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イメージ 18 市街地入口


イメージ 19 ゲート越しの景色も絵になる

見張り小屋手前からも遺跡の期待通りの展望
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イメージ 21 見張り小屋の窓からの眺め



イメージ 22 見張り小屋の台の先端よりの眺望



この高台には儀式の石があった

儀式の石
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見張り小屋のある高台を180度の展望を求め少し進む。

手前の段々畑アンデネスの先に遺跡の眺望が開けて来る

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見張り小屋の高台の先端からはマチピチュ遺跡の見事な眺望が・・・、感激。

イメージ 25 マチピチュ遺跡の見事な眺望


思う存分眺望を楽しんだ後、高台左端へ進み下りを開始

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下る途中、あの写真で見た光景に近い眺めも観らた。

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急な坂路の途中、貯蔵庫が。と水路近辺

イメージ 28 坂路の途中貯蔵庫と水路のある近辺

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ほぼ3時間、名残惜しいも遺跡の見学を終える。


入口周辺はシャトルバスの長蛇の待ち。

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遺跡の風景写真がシャトルバスに。

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マチピチュ村で下車、列車の駅へ向かう。

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列車の乗車待ちの間、駅前に林立する土産物売り場を散策した。

インカ柄、アンデス土産で溢れる。

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展望列車に乗りオリャンタイタンボへ向かう。


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車窓からは発電所、マチピチュに似たミニの遺跡、

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高い山の裾野を流れる川沿いにはインカ道も続く。

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清流も。

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オリャンタイタンボ到着。

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イメージ 48 ブーゲンビレア咲く駅前


駅近くの山にも遺跡が見える。

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車窓から山間山肌に岩塩採掘場も眺められた。

イメージ 50 岩塩採掘場(左上)


インカ鉄道沿いの村では、出店で直径50センチほどもある大きなパンも売られていた



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大きなパンが売られているのが見える(左下)
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一昨日到着したクスコ、マチピチュの2400メートルとほぼ1000メートルも高い高地。

クスコのホテルへは日がすっかり暮れ、街の灯りも星座のよう。

夕食ではあの大きなパンも賞味できた。

それにの「クイ」クスコの名物で食用ねずみ(テンジクネズミ<モルモット大の種> が出されたのには驚き。

子豚の丸焼きみたいで地元の珍味、切って皿に盛る前に見せていただけたが、

少しは食すも、さすが食が進むものではなかった・・・。

イメージ 53 地元珍味のペルー名物「クイ」

日差しが・・・、完全晴れ上がるまでまず、遺跡中央部から奥を先に見学・・・

完全晴れ上がるまで、まず下から中央部と奥へと散策は続く。

遺跡マップ
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イメージ 2 ワイナピチュからも日差しが


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完全に晴れ上がり、絶景の見晴らし小屋からの眺望は後回しとし、

下部から逆無限∞の字を描くルートで進む。

石切り場から展望に最適な見張り小屋が見えるまでに晴れ上がる。

ただ、その奥にそびえるマチピチュ山はまだ雲が架かっていた。

イメージ 3 石切り場・見張り小屋が見える、マチピチュ山にはまだ雲が



次に、中央部の神官の館へ。

イメージ 4 神官の館

ワイナピチュ山方面から日差しが遺跡を照らし出した。

ワイナピチュ山方面から日差しが
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三つの入口の家へ。

イメージ 9 三つの入口の家の前



イメージ 10 三つの入口の家

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家外のテラス状の所からの眺めが素晴らしい。

イメージ 13 テラスから、神殿や宮殿なども眺められる

テラスから真下に太陽の神殿が見える。

その先ワイナピチュ山麓の川が遠望できる

テラス真下の太陽の神殿、その先のワイナピチュ山と麓の川を遠望
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小さいながら、ミニ植物園がある。

イメージ 16 ミニ植物園

ミニ植物園
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高地で育つ植物が花などを。

有名なコカの木、そして蝶の大きな幼虫を発見、石の上へ放し写す。

イメージ 18 コカの木


イメージ 19 大きな蝶の幼虫

ミニ植物園越し、メイン広場が広がる。

その先にはワイナピチュ山が。

ミニ植物園越しメイン広場、その先にワイナピチュ山
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イメージ 21 メイン広場とワイナピチュ山



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三つの窓の神殿の横を通り、

主神殿その奥の日時計<インティワタナ>のある高台が見える。

三つの窓の神殿横、その先に主神殿、そのにインティワタナのある高台
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三つの窓の神殿と主神殿前にある神聖な広場が広がる。

振り返って、後ろにある神官の館の向う、

見張り小屋が眺められ、その奥のマチピチュ山はまだ雲が覆っていた。

イメージ 24 三つの窓の神殿と主神殿前にある神聖な広場から、神官の館、その向うに見張り小屋、さらにその奥のマチピチュ山はまだ雲が覆う



正面の主神殿はこの遺跡でも最大級の巨石が使われている。

イメージ 25 最大級の巨石を使用されあた主神殿


左下の断崖を観ながら階段を登って、遺跡内で最も高い高台にあるへインティワタナ・日時計へ。

断崖を観ながら階段を登って遺跡内で最も高い高台にある(インティワタナ)日時計へ
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インティワタナ・日時計へ登る途中振り返ると中央からの見晴らしは綺麗だ。

インティワタナ・日時計へ登る途中から振り返る
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メイン広場方面もいかに天空の町だと感じられるいい眺めだ。

イメージ 30 メイン広場を見下ろす




手を当てて日時計のパワーを得る。


イメージ 31 インティワタナ・日時計




高台の先、断崖際に尖って立つワイナピチュの形を彫り出したワイナピチュの石がある。

中央の断崖際に尖って立つワイナピチュの形を彫り出したワイナピチュの石
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高台をワイナピチュ山のある方へ下る。

イメージ 34 高台を下る

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下る途中にあった芝fのテラス、ワイナピチュ山の眺めが素晴らしい。

イメージ 36 下る途中のテラスよりワイナピチュ山を望む

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ワイナピチュ山の左には少し低いウチュイワイナピチュ山も見える。

イメージ 38 右ワイナピチュ山・左の小山ウチュイワイナピチュ


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高台を下って、休憩小屋と聖なる岩のある方面へ。

イメージ 41 後ろを眺めるとマチピチュ山が雲の奥に覗く



イメージ 42 後ろを眺めるとマチピチュ山が雲の奥に覗く


逆無限大の先端、ワイナラという建築方法で建てられた休憩小屋

聖なる岩その中央奥にはワイナピチュ山が間近に望める地点に到達。

休憩小屋と聖なる岩、その中央奥にワイナピチュ山
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イメージ 44 聖なる岩



休憩小屋で小休止。

高原のさわやかな風と屋根で日差しが遮られ涼しい。


いよいよ、後半見学へ向け、ワイナピチュ山を背景に再び散策を開始

イメージ 45 ワイナピチュ背景に再び散策開始

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途中、マチピチュ遺跡のマップを取り出し、その形がコンドルの形になっていると紹介された。

イメージ 48 遺跡はコンドルの形

技術者の居住
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二階建ての家
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天空都市・マチュピチュ遺跡見学、立込めた朝もやも小一時間で晴れてクッキリと!!

(4/18 Fri.)マチュピチュ村のホテル、

昨夜降っていた雨上がるも天候が気になる夜明け、遺跡のある山頂付近にはまだ雲がかかる・・・。

ホテル前の道と並行にゴウゴウと流れるウルバンバ川
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イメージ 3 川の右、上流は遺跡のある山、頂上付近には雲がかかる


マチピチュ村(2,280m)から山頂へはシャトル・バスで。

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ウルバンバ川を渡り、標高2,400メートルに広がる遺跡へは120メートルの高低差を登る、

ハイ・ビンガム・ロードの山路はヘアピン・カーブが続き、大きく揺られて約25分かかる。

車窓から眺める山並み、峡谷を流れる川、所々雲が垂れ込み神秘・・・。

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遺跡への入口までは、バスのほか直線的につながるトレッキング・トレイルのルートもある。

イメージ 7 トレッキング・ルート

マチュピチュ(Machu Picchu)遺跡
 尖った絶壁の山々がそびえるウルバンバ渓谷の山間、標高2,280mの村から2,400m頂上にあるマチュピチュ遺跡。よく保存されたインカの遺跡である。
 この遺跡はマチュピチュ(老いた峰)とワイナピチュ(若い峰)という2つの峰 の間にあり、山裾からはその存在を確認できないことから「インカの失われた都市」或いは「空中の楼閣」(“空中都市”)とも呼ばれています。

 1911年に歴史学者ハイラム・ビンガムが発見しましたが、誰が何のために築いたのかは現在も不明なまま。
しかし、インカの人々がスペイン人から逃れるために、あるいは復讐の作戦を練るために作った秘密都市だともいわれています。

 マチュ・ピチュは現地語では「大いなる頂き」の意味で、「老いた峰(Old Peak)」を意味するケチュア語「machu pikchu」を地名化したものの転写である。

遺跡の背後に見える尖った山はワイナ・ピチュ (若い峰)で、標高2720m。
山頂には神官の住居跡とみられる遺跡があり、山腹にはマチュ・ピチュの太陽の神殿に対する月の神殿が存在する。イメージ 45

遺跡の面積は約13Km2で、
この遺跡斜面には3mづつ上がる段々畑が40段あり、3000段の階段で繋がっています。
石の建物の総数は約200戸あり、西の市街区は神殿や宮殿、居住区などに分かれ、周囲は城壁で固められています。

 未だに解明されていない多くの謎がある遺跡でもある。2007年7月、新・世界七不思議の1つに選ばれた。
 
参照→ http://www.weblio.jp/content/%E3%83%9E%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%94%E3%83%81%E3%83%A5%E9%81%BA%E8%B7%A1 
参照→ http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/world/map/q129_machupicchu.htm 
参照→ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BB%E3%83%94%E3%83%81%E3%83%A5
遺跡入口は多くの見学者で賑わう。

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遺跡の玄関口より入り、

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ガスが立ち込める中、見学開始。

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山野草が雨雫を花と葉に浮かばせている。ショウガの花らしい。

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イメージ 12 赤い花も出迎え


石組みが遺跡を感じさせてくれていた。

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遺跡入口から右にだんだん畑、

眼下に眺めながら、市街地入口へと進む。

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野鳥も迎えてくれた
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最初のポイントとなる、

陵墓(下側が)と太陽の神殿(上部)に。


イメージ 28 陵墓

下部・陵墓、上部・太陽の神殿
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イメージ 30 太陽の神殿





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太陽の神殿よこを登ると、王女の宮殿が。

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イメージ 33 王女の宮殿




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野鳥二羽石垣に止まった・・・、日差しが・・・。

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イメージ 38 水汲み場

水汲み場の水が輝く。


王の別荘に到達。

イメージ 39 王の別荘


パチャクティ皇帝が滞在していた場所とされている。

居間
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上には天体観測の石が出っ張る。

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隣の部屋が寝室、細い通路先には1畳ほどの部屋、

水路が外に通じており、どうも王の水洗トイレだったらしい。

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王の水洗トイレ
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イメージ 44 寝室のベッド跡





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インカ帝国の古都・高地のクスコ散策、午後にはマチュピチュ村へ

インカ帝国の首都・クスコ>;)

旧都の中心アルサス広場など、当時の建物を見学。

そこで、アンデスの高地で育つ、可愛いアルパカリャマに出逢えた。

サントドミンゴ教会
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イメージ 2 アルサス広場前に建つカテドラル


アルパカと出会う イメージ 3



イメージ 4 そしてリャマにも








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昨日同様、早朝(4/17 The.)に出発、

リマ空港より、

リマ空港
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アンデス山並み眺めながら、標高3400メートルと高地の街クスコ>;)へとフライトした。

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イメージ 9 氷河か、アンデス山脈を飛ぶ



イメージ 10 クスコ上空へ

アレハンドロ・ベラスコ・アステテ空港到着
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標高3400メートル、富士山の9合目ほどの高地、

酸素が薄い分、動作をソロリと、高山病にならない工夫に。

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クスコ (Cusco;Qusqu)
 
ペルーの南東クスコ県の県名および県都の地名。アンデス山脈中の標高3600mにある。
インカ帝国の首都であり、文化の中心だった。現在でもペルーで有数の都市のひとつである。

11〜12世紀頃、太陽神の子とされる皇帝が治めるインカ帝国は、15世紀後半から16世紀初頭に最盛期を迎え、インカ道で各地と結ばれたクスコ(ケチュア語で「ヘソ」の意味)は、まさに世界の中心として隆盛を極めました。太陽神を祭る神殿は、その象徴である黄金で飾られ、まばゆい輝きを放っていました。

参照→ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%82%B3 

イメージ 13 空港前広場

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1533年、スペイン人のピサロによって最後の皇帝が処刑されるとインカ帝国は滅亡。おびただしい金銀財宝が略奪され、破壊された神殿や宮殿の跡に教会やスペイン風の町が築かれていきました。

中心のアルマス広場に面したカテドラルは、インカのビラコチャ神殿跡に100年を費やして完成。祭壇には約300トンもの銀が使われています。

インカ時代の堅固な礎石の上に建つサント・ドミンゴ教会は、インカの最も聖なるコリカンチャ(太陽の神殿)があった場所。すき間なく積み上げられた石組みの技術は精巧で、カミソリの刃一枚さえ通さないといわれるほどです。とりわけ、アトゥンルミヨク通りのパズルのように組み合わされた「12角の石」は驚異的。
参照→ http://www.hankyu-travel.com/heritage/peru/cusco.php

クスコの町並みを通り、サントドミンゴ教会まず向かう。

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イメージ 18 サントドミンゴ教会



ゆっくりと、急な教会への坂を登る。

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教会の裏手でリャマにデイ。

現地装束の人との記念写真が撮れる。

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イメージ 24 リャマと一緒に記念写真



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インカ帝国時代の石組みが残る、クスコの街中を散策。

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路地ではアルパカにも出会う。

アルパカを連れる民俗衣装の人たちと出会う
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イメージ 34 可愛いアルパカやリャマなどの土産も多い



12角もある見事な石も。

12角の石
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イメージ 36 アルパカと記念写真に収まる観光客




12角の石のあるハトゥンルミヨク通りを進むと、

アルサス広場へと通ずる。

12角の石があるハトゥンルミヨク通り
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イメージ 38 路面の方角を指すピューマの絵柄

二つの鐘楼を持つラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会を左手奥に眺めてにぎやかなアルマス広場へ


イメージ 39 二つの鐘楼を持つラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会

ラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会の前に広がるアルマス広場
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広い中央アルマス広場、中央にはインカ帝国皇帝・パチャクティ像も立つ。

アルマス広場中央に立つ、皇帝パチャクティ像 イメージ 41



イメージ 42 広場を眺める場が大きなカテドラル





市庁舎で小休止。

市庁舎の中庭
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イメージ 44 回廊のウィンドウでインカ名産品が並ぶ








マチュピチュへ向け、クスコ市街をあとにする。

4000メートル級の山が続く。

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途中、谷と山が美しい景勝地で食事休憩する。

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高地での花は涼しいとはいえ、熱帯直下に近い花も色冴え渡る。

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インカ鉄道かペルー鉄道、二社の車両が走る イメージ 64


クスコからマチュピチュ村を結ぶ鉄路、

その中間地点、オリャンタイタンポ駅。

イメージ 51 オリャンタイタンポ駅

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イメージ 53 インカレイルウェイに乗る




車両は展望列車仕立てで、ウルバンバ川沿いに両側の峡谷を走る。

車両は良いが、路面のメインテナンスが悪いのか、左右に揺られて決して乗り心地は良いとは言えない。

ただ車窓からは、見上げる6000メートル級の山岳とそこの氷河、列車沿いの渓流、

そして小さなマチピチュに似た遺跡とインカの路が眺められ良い眺めの景色が続く。

車内ではチョコとかインカの豆類セットと、コカ茶のドリンクとそれぞれサービスなどがあり、

ビスタドームの列車の旅は飽きない。

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1時間半ほど乗車、夕刻になって目的地のマチュピチュ駅に到着。

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現地の昆虫や植物、それに野鳥の紹介を少し観賞
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ディナーでは現地で有名なピスコサワーをいただきながら、

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コンドルは飛んでゆくなどの民俗音楽(フォルクロール)のサンウンズを聴き、

明日のマチピチュ遺跡の晴天で見学ができることを祈った。

イメージ 62 「コンドルが飛んでゆく」などフォルクローレ(民俗音楽)演奏を楽しむ

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ナスカ上空から地上絵をハッキリと確認!!

セスナ機よりナスカの地上絵ハチドリコンドルなどを観賞。

遊覧観賞飛行は30分間、その間セスナ機が右や左に傾けて飛行機の主翼の下付近に、

有名な約12〜13個の地上絵を確認、ハッキリと眺められたときには感動させられた。

クジラとエビ
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イメージ 2 ハチドリ















コンドル
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イメージ 4 オウム













フラミンゴ?
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(4/16 Wed.)ナスカの地上絵>;)観賞には、

首都リマよりハイウェイにて片道250キロを走行して

まず空港のあるビスコへ、そこからセスナ機で30分飛行の計500キロと離れている。

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リマのホテルを未明に出発。

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ペルーで日系の大統領・フジモリさんが整備した高速道路を進む。

両脇はほとんどが乾燥した砂漠ながら、

所々、アンデスから流れ出る川の近くでは水路も整備され畑作も。

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250キロ、飛行場のあるビスコへ2時間半かけ到着した。

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空港ではセスナ機の重量制限から各自の体重測量、

4人に乗りのセスナ機が多い中、

12人乗りの予約機を待つ。

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セスナ機の一番先頭席左の指定席に。

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二人のパイロット操縦により、ビスコ空港を飛び立つ。

眼下のナスカへの土地は乾燥地が続く。

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いよいよナスカの地上絵>;)の見える上空へ。

ナスカの地上絵
所在地:リマから南へ約444kmにあるナスカ高原。

 ペルーのナスカ川とインヘニオ川に囲まれた乾燥した盆地状の高原の地表面に「描かれた」幾何学図形、動植物の絵。

 地上絵にはサル、リャマ、シャチ、魚、爬虫類、海鳥類が描かれ、ナスカ式土器の文様との類似点が指摘されてきた。 
1953年、コロンビア大学のストロング(W.Duncan Strong)は、パンパ=コロラダに描かれた直線のうち、土中に打ち込まれた木の棒で終わっているものがあるのに気づいた。こうした棒のうち一本をC14法で年代測定を行ったところ、西暦525年頃、誤差前後80年程度と判明した。

 1939年6月22日、動植物の地上絵は考古学者のポール・コソック博士により発見される。
その後ドイツの数学者、マリア・ライヒェが終生この地に住み着き、彼女を中心として、地上絵の解明作業と、保護が行われるようになった。
あまりにも巨大な絵が多く、空からでないとほとんどの地上絵の全体像の把握が難しい。
このような巨大な地上絵を何故描いたのかというのが大きな謎の一つとなっている。

 主な動物を描いた地上絵の規模としては、長さ46mのクモ、96mのハチドリ、55mのサル、65mのシャチ、180mのイグアナ、135mのコンドルが挙げられる。 イメージ 38 地上絵の絵地図

最大のものは、ペリカンかサギ、もしくはフラミンゴを描いたと推測される285mの鳥類の絵である。
花や木々、装身具や織物のような日常生活の道具を描いたものや「宇宙飛行士」などと呼ばれているもの、片手が4本指の「手」など不可思議な図柄もある。

参考→ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%81%AE%E5%9C%B0%E4%B8%8A%E7%B5%B5 
 

イメージ 39 クジラとエビ

Trapezoids
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イメージ 41 宇宙人



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イメージ 44 ハチドリ


イメージ 45 ハチドリ







コンドル
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イメージ 47 クモ


イメージ 48 木と手

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イメージ 51 フラミンゴ

オウム
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飛行機からほぼ30分の観賞を終え、

再びビスコに向け帰還飛行に入る。

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飛行場よりほど近い、南太平洋岸、海鳥がいっぱい飛ぶ様子が眺められるところで少し遅めのランチ。

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一杯のペルーのビールの味はまた格別だった!

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