|
収集業務に新しい試みが行われようとしている。サンドイッチの「パンの片方」が提案したものだ。
しかし「パン」と「具」の間にあるマーガリンが多かったのか、「具」のみが過剰反応し、うまくいかなかった。そしてさらに「具」の持つ水分が漏れ出したのだ。これに困った「パンの片方」が、激を飛ばし「もう片方のパン」の1人をkeymanに仕立て上げて気付くのを待った。
しかしこれも失敗。「具」はkeymanを生贄と勘違いし、「パンの片方」に情けを請いに行ったのだ…。
これには呆れ果て、ついに具体的な話に出た。keymanの意味にはわざと触れないようにして…。
さながら生徒指導室のような雰囲気で行われた臨時会議によって、「パンの片方」はkeymanの意味が解らない彼等に、彼等達もkeymanと同様の立場に立たせることで、言わんとすることを汲み取って欲しいと願い、会議室を後にした。
残った「具」は、自分達が降格同様の扱いを受けたと勘違いし、「もう片方のパン」の中の数人を自分達の身代わりにあてがった。あぁ…、空回り…。
そして「具」の去った後の会議室では「もう片方のパン」達が不満をぶちまける。しかしソレは「具」同様の不満ではなく、より高度なものであった。
彼らは理解していたのだ。「パン」とkeymanの秘密を。
「具」は最もアレンジしやすく自由である。そしてその味を「パン」へ滲みこませることができる。
「パンの片方」は「具」を吟味し、より美味しいサンドイッチに仕上がるよう調整する。
「もう片方のパン」は「具」が滲みこみやすく同調しやすい反面、崩れやすいものである。
どこかの有名なサンドイッチのチェーン店創設者が言った言葉に「サンドイッチとは、パンとパンの間に芸術的な料理があるのだ」とかなんとかいうのがある。うまいことを言ったもんだと、私もその言葉に影響されて解釈から少しずれてはいるが、サンドイッチは「具」が引き立ち、うまくするのだと思っていた。しかしそれは「パン」と「具」を分けて考えていたからであろう。あわせて1つの品であるのに。
「パン」に塗られているマーガリンの厚さが「具」の味をうまい具合にしみこませ、絶妙なバランスをとる。創設者の言わんとすることを、私もまた理解していなかったのである。
そう思いながら自分の職場について考えてみると、芸術的な料理と程遠い「具」に、「パン」達は必死で滲みこんでくる味を整えようと頑張っている構図が浮かぶ。
現在の状況では、「パン」がメインのサンドイッチである。そんな頑張りに挟まれた「具」は、いつ気付くのだろうか…。メインとなる日を陰ながら待っているのは私だけではないはずだ。
しっかりしろ! 中間管理職達よ!
|