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こんにちは。
今日は、韓国歌謡の歴史シリーズの最終回です。
1990年代から現在までの韓国音楽の歴史を追いながら、このシリーズを締めくくりたいと思います。
○1990年代
韓国の大衆音楽は日本と同様,演歌(トゥロットゥ)とポップス系に大別されますが,特に1992年以降,この傾向が顕著になりました。
この年,ソテジ ワ アイドゥル(ソテジと子供たち)とDEUXという,その後の韓国ポップスの流れを大きく変えるグループが登場し,ポップス系はダンス一色となり,ロック系はすっかりアングラに移行しました。
ソテジ ワ アイドゥルはファッションの大胆さ、ルックスの良さと踊り、作曲のセンスと全てが上手く合致させました。稀な存在として世界的に評価が高いそうです。
さらに、第2期として1996年にH.O.T.、1997年にSECHS KIESがデビュー、ダンスミュージックの主流は20代から10代に移りました。
また、1997年デビューのS.E.S.、1998年デビューのFin.K.Lの大ヒットにより,女性グループによるhip-hop、R&Bも定着しました。1999年後半からはテクノが大流行しました。
○2000年以降
最近の韓国歌謡曲は、hip-hop、R&B、テクノ系が主流ですが、それと対極をなすように正当派バラードも人気が高いです。
日本ではいささかキワモノ扱いされがちなラップも、韓国では当然の要素として用いられています。また、テレビでは生歌を用いずにリップシンク(口パク)でやるのも常識です。なぜなら、ダンスが激しいからです。また、人気のある歌手が世代によりはっきり分かれてしまっているのも特徴的です。
慣習的な部分での日本との大きな差異は、韓国には基本的にシングルに相当するものがないということです。アルバムを年に1〜2枚リリースし、その中からシングルカット的に「タイトル曲」が選ばれ歌われるというシステムになっています。
また、90年代以降の日本では「○○○プロデュース」と銘打つような,プロデューサーに重きが置かれている面がありますが、韓国ではそういったことはあまりありません。
また、韓国では一般的に,アルバムを出してその収録された曲から何曲かを歌い、その後いったん活動を終了して、次アルバムの準備に入るスタイルをとっています。
準備が整って,新しいアルバムで再び活動をすることを「カムバック」と言っています。また、そのアルバムが何枚目かで活動期間を「1集活動」「5集活動」などと言い、スペシャルアルバムなどは「4.5集」などと言うこともあります。
また、各歌手などにファンクラブがありますが、日本と違って第○期と区切って会員を集めることが多いのが特徴です。
一度入会したらずっと会員ではなく、第1期会員は第2期会員になるために再度入会しなくてはならないということです。
そして各期ごとにファンクラブのスタートイベントである「創団式」が開催されるというパターンが多いのも特徴です。
○終わりに
こうして韓国の音楽の歴史を見ていくと、韓国の音楽は実に様々なジャンルが存在していることが分かります。韓国が新しい音楽にはとても柔軟で、敏速に反応する様は、実に素晴らしいと思います。
現在アジアのポップミュージックが注目され、香港や中国の音楽が面白いと言われている現在、韓国も十分それに劣らない歴史と実力があるのではないかと思います。
実際、現在の韓国のポップスを何か聴いてみることによって、それはすぐに証明されるはずです。
このブログに訪れてくれている皆さんは、もう十分にご存じのことだと思いますが・・
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韓国の歴史歪曲が深刻化、国史を選択する受験生は1割だけ=韓国
2011/04/10(日)
韓国ではこのほど、実際に国史を勉強する学生が徐々に減少しつつあるということが明らかとなった。
ソウル市教育庁が発表した2011年高等学校3学年3月の学力評価結果に対する分析によると、受験生55万人のうち、国史を選択した学生は5万人で10%を占めた。
昨年同期の学力評価結果では16%の9万人が国史を選択しており、実際の大学修学能力試験においては、さらに少ないということが分かった。
一方、韓国では一部の国会議員による「国史を必修課目と指定する法案」も提起されているが、まだ否定的な視線が多い。
国史を必修科目に指定することは、学生たちの選択権と基本権を制限することで、同法案の通過も不可能だとの見方が示されている。
韓国の学生は韓国の歴史のねつ造を知っているようです。
アジアの正しい歴史認識が、アジアの平和と繁栄をもたらせます。
2011/4/11(月) 午後 9:47 [ 丸子実業高いじめ殺人判決は大誤審 ]