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初代のMR2は、とてもコントロールが難しい車で度々大通りの交差点で簡単に
スピンしてしまう。その分あやつる楽しみがワクワク感をもたらしてくれた。
丸みを帯びた新型は、1.6リッターから2.0リッターとなりエンジンも3SGEに
なった。3年乗ったMR2を下取りに出してまたもや36回払いローンで即決購入。
ターボなしのAT車でした。印象はスポーツカーの顔をした普通の車になっていた。
全然面白くもなんともない!なのでこの時期はもっぱらオンナを乗せては変態活動に
精を出していました。
スポーツカー時代にも翳りが見え始め、世間はバブルと共によりハイソな車を
求める時期だった。
次回の愛車:ハイソカーの時代GX61クレスタを現金で購入の巻。
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俺の愛車変歴(車編)
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国産初の本格ミッドシップエンジン、スーパーチャージャー!2人乗り
どれもが心躍る車だった。新車で買ったばかりのビスタを半年で売却して
MR2SCを購入したのだ。
リトラクタブルヘッドライト、低い車体、標準装備のエアロ、サイドエアダクト リアスポイラー、アルミと完璧な武装。
後部に配置された4AGエンジンには、インタークーラーこのために ボンネットフードが一段盛り上がっているのだ。
鋭角なデザインは、短命と言われるがとてもカッコ良かった。 ターボはすでにあったが、スーパーチャージャー付きはたぶん初めてだった。
この装置ひとつでノーマルから30PSの格上げ。その差は歴然だった。
不思議なものでこの車に変えてからは、良くモテた。色んな女が助手席に乗った
そんな夢を良く見るようになった。
どこへ行っても熱い視線を感じた。ローンも熱かったけど・・・
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2代目 ビスタ4Dr ハードトップ1800。
車のデザインは、角と丸が交互に流行するもので、カクカクしてた初代ビスタから 一転角の取れたスマートな2代目。ツートンカラーやサンルーフが登場してくる。
セダンとハードトップ。そもそもハードトップと言うと固い屋根!と言うイメージですが、ドアの窓枠が無い奴のことです。ただしこのビスタのようなセンターピラーが あるタイプに対して全くガラスのみのタイプをピラーレス・ハードトップと呼んでました。当時だとカリーナEDとかです。
内装もかなりゴージャス感があります。日本車の転換期だったように思います。 インパネまわりも随分とまとまってきました。エアコンパネルもレバー式から ボタン式へ、デジタルメーターが大流行りしたものです。シフトノブに付いてる
OD(オーバドライブ)ボタンが懐かしいですね。
1986年ー1990年生産。
この頃は奈良で新築マンションを購入し中流を満喫してました。
過激な車が好きな僕には、あまりに平凡な中流車でしたが・・。
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ようやく3年のローンが終わり、世の中はATブームが到来していた。
そこで新型(3代目)にモデルチェンジしたトヨタターセルに乗り換えた
もちろん36回フルローンで
5ドアのハッチバックタイプは、当時は珍しかったのだ。 確か1500のアベニューと言うグレードだった。
(写真はMT) 購入したのはAT、といっても3速しかないので加速はかったるい まだエアバッグも付いてない。空調のレバー類もめっさダサいのだ。
灰皿&シガーライターは、健在だ!
運転してて非常につまらん一台だった。カタチも個性がなくて夢がない
当然この車では異性にもてるハズもなく月日は流れた。
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社会人になると、オンボロレビンじゃカッコ悪くてすぐに新車を買う俺
もちろんフルローンで36回払い。
トヨタターセル(二代目)1500VE
VSというスポーツグレードもあったが、このデジタルメーターに惹かれて 上級グレードのVEを購入。まだまだATには馴染み薄くミッションでした。
こちらは3兄弟(ターセル・コルサ・カローラⅡ)で一番売れたカローラⅡのリア この車は当時バカ売れしていたマツダのファミリア打倒!を目指して送り出され
CMにはマッケンローを起用した。
今では伝説の悪童マッケンローも当時は、大人気プレイヤーだった。 ちなみにこの2代目ターセルの前、初代のCMにも今や伝説のこの人が
百恵の赤い靴。いいキャッチフレーズでしたね〜 二代目から登場したカローラⅡで一気にファミリアの牙城を崩したのは間違いない。
地味なターセル・コルサも貢献したのだ。 昭和58年頃の俺でした。
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