|
寺伝では白鳳年間に天智天皇により大野島「御所が原」に創建されたと云われる大野寺、元は粟島の一部、大野島にあったのを洪水のため北岸へ移転。
ここで聞いたお話。
この近辺に2〜300世帯あるS家。
治承・寿永の乱、いわゆる源平合戦に平家方としても随行していた程の旧家。
「うちには天正頃の過去帳しか残ってないけど本家には源平合戦の時の過去帳もあるよ」などと平然と言い切るほど。
このS家の分家、岡山にある分家には、なんと壇ノ浦の戦いで失われたと云われる三種の神器の一つ「八咫鏡」が保存されているという。
壇ノ浦の戦いで敗れた平家に付いていたS家の一派は剣山へ、もう一派は海を渡って岡山方面に落ちて行ったという。
その岡山に落ちた一派は「八咫鏡」を持って逃げ、現在まで伝えているという。
数年前には、年代分析も行なったそうである。
その結果までは聞かなかったが「公表はしない」との結論が一族でまとまったそうだ。
信じるか信じないかは、あなた次第です(笑)
|
神社のお話
[ リスト | 詳細 ]
|
八万村史より七つ山近辺の地図を掲示いたします。
古(いにしえ)、徳島市八万町この近辺は「七つ山」と呼ばれ、その名の通り
眉山
桜山
中山
犬山(祇園山)
天神山
大崎山
梅山
七つの山を総称して言う。
口伝に寄れば往古、海中の孤島であったが漸次海面の低下に伴い埋もりて平野になると至れり。
上図にもあるようにそれぞれの山には古碑跡が残され、各山には一つの神社があったであろうと推測されるが、案ずる壱岐を越えない。
今回紹介する八坂神社は上記の「犬山(祇園山)」の座する神社である。
が
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
徳島南環状線の工事は着々と進む。
・
・
・
・
・
・
・ 大崎山はこう。
美しき川は流れたり
そのほとりに我はすみぬ
春は春、なつはなつの
花つける堤に坐りて
こまやけき本の情けと愛とを知りぬ
いまもその川のながれ
美しき微風ととも
蒼き波たたへたり
室生犀星「犀川」 (涙)。
|
|
今年今月今日今時
大宮内に神祇官宮主の
祝ひまつり敬ひまつる
千里の外四方の堺
東方陸奥
西方遠値嘉
南方土佐
北方佐渡より
おちの所をなむたち
疫鬼の住みかと定め賜ひ行け賜ひて
天地の諸御神たち
平けくおたひにいまさふへしと申す
事別けて詔りたまはく
穢く悪しき疫鬼の
所所村村に蔵り隠らふるをば
五色の宝物海山の種種味物を・・・
以下略
あー、今日は吉田神社に行きたかったなぁ。
|

- >
- 生活と文化
- >
- 祝日、記念日、年中行事
- >
- 正月
|
クリスマスプレゼントですよ〜(誰に言ってるんだ)
法花谷へ向かう潜水橋から
天満神社鳥居
|
|
こんなギリギリで書いてますが、来年の元旦は「四方拝」で迎えようではありませんか。
いやいや、天皇陛下のような揺るぎない儀式でなくてもいいじゃないですか。
思いっきり簡略化してでもやってみませんか。
時間もややこしい事は言いません。
元旦零時になった時でもいいですし、日の出の時間に合わせてもいいでしょう。
もちろん、朝、目が覚めて顔を洗ってからでもいいとおもいます。
家に神棚があればその前でいいし、なければ自分の部屋でもいいですよ。
やりかたは簡単、神社で拝むように東西南北に対して「二礼二拍一礼」をおこないます。
以上です。
できれば、部屋は掃除しておいて、窓は開け放しておいた方がいいでしょう。
では、もう少しきちんとという人は
日の出の時間に合わせて、東から、南西北の順に「二礼二拍一礼」をおこないます。
その後、若水を汲み(もちろん水道水で可)神棚に供え、新年の挨拶をします。
よし、もうちょっときちんとやるぞ、という人は
来年の星を確認します。
来年は卯年ですので「文曲星(もんごくしょう)」です。
ここからが、ちょっといろいろあるので書きにくいんですが、やはり四方に「二礼二拍一礼」。
その時にいちいち「文曲星(もんごくしょう)」と唱えます。
方角の順番なんですが先ほどの「東→南→西→北」の他に「北→東→南→西」とのやり方も
あるようですが、個人的には「北→東→南→西」かなと思います。
伊勢神宮では「太一」つまり北斗七星を拝む事から考えてなんですが....これは余談。
さらに凝ってみる方は、旧正月にも行ってください。
もっときちんと?
これ以上は、国の行事になっちゃいますよ。
|

- >
- 生活と文化
- >
- 祝日、記念日、年中行事
- >
- 正月




