ポッポの徒然「旅の途中」

人生という旅の途中です。徒然なるままに綴ってみたい。

カウンセリング

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久しぶりの投稿です

今読んでいる本がお気に入りです。
 
「ウィニコットがひらく豊かな心理臨床」(明石ライブラリー)です。
副題に”「ほどよい関係性」に基づく実践体験論”とあります。川上範夫先生の著書です。
 
「関係性」というのは人と人の関係性を言うのですが、人とモノや事象との関係性という意味もあります。
人は独りじゃ生きられないし、生きていくのも難しいものです。
 
生きていくうえで、人は色んな人と、あるいは事象に出会います。好むと好まざるとを問わず・・・
そんなときに、「関係性」というキーワードで、理解しようとしたり、考察することは有意義だなって
この本を読んで気づかされました。
 
川上先生にこの本にサインしていただきました。
そこに
「広く深く思索されるための 手助けとなりますように。」とあります。
 
ウィニッコト(1896〜1971)はイギリス人です。小児科のドクター(男性)でもあります。
子どもの病理は親子の「合作」である、そうして精神分析領域に彼は足を踏み入れ、メラニー・クラインに出会います。「ほどよい関係性」と体験するなら、一読してみてください。
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白鳥の湖の旋律に乗って繰り広げられるストーリーです。
これまでとは違った斬新な「白鳥の湖」を演出するというところから物語が始まります。

清純な白鳥、官能的な黒鳥、この二つの対照的な役回りを主役のバレリーナーが演舞するのだが、主役のナタリー・ポートマンが見事にバレーを踊るのは、やはり驚かされます。短期間にあれだけの演舞を修得するには相当な努力が必要だったでしょう。

正確な踊りを目指して頂点を目指している姿は、何かに取り付かれたような狂気性を感じさせます。バレーを極める、それだけでもすごいのですが、白鳥と黒鳥の二重人格性を演じる姿は、心理学的にみても興味深い構成になっています。幻覚と妄想、倒錯といった心理の変容がリアルな映像となって描写されます。

バレリーナだった母親の愛情を一手に受け止めて清純なバレリーナとして育ってきた主人公、幼いころから大人になった現在まで、母親からすべてに干渉されて生きてきた自分を否定しなければ、官能的な黒鳥を演じられない。

彼女は、たくさんのぬいぐるみを捨てさり、自分だけの空間を作るため母親にドアを開けられないようにカンヌキをかけるなど、必死で親離れしようとする描写が印象的です。

そのようにしなければ、清純なまま、異性を知らぬままの姿にとどまり、官能的な役割を演じられないと思い込むのです。なので、友達に誘われるまま、クスリを飲んで、夜の世界に入りこんだりするのです。その友達がライバルとなって主人公の主役の代役に選ばれ、いよいよ、幻覚、妄想が進行していきます。

官能的な黒鳥を登場させることが、今回の斬新的な「白鳥の湖」演出のポイントですが、主役が清純と官能の二面性を演じるプレッシャー、そして、そのプレッシャーそのものが産み出す幻覚、妄想、倒錯といった心理変容をリアルな映像として描写しているところが、またこの映画のポイントでもあります。

さすが、心理カウンセリング先進国アメリカの映画らしい心理描写でした。




困った顔

「ニュースサイトの転載」はサービス終了になりました。

Twitterを見ていたら、「苦しまず、ポックリ逝きたい」ツアーが人気だとか。
人様に迷惑をかけたくないという高齢者が多いのだろうか。
それとも、ただただ生きているだけで社会に役立っていない、生きながらえるのがつらいと感じるヒトが多いのだろうか。
いずれにしても高齢社会の一つの現象。

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カウンセリングとはなにか
 カウンセリングという言葉が方々で使われるようになったが、その本当の意味は分からないながら、何となく、悩みごとの相談や不平不満の解決、問題の処理に困っている人に対する助言・指導などといった意味に理解している人が多いように思います。
そして、その悩みごとや不平不満を取り除くのがカウンセラーであると思っていらっしゃる方が多いように思います。
 でも、このような考え方はカウンセリングの本質を見誤ったものと言えるでしょう。

では、カウンセリングとは何かということですが、ロジャーズ※理論によるカウンセリングは、カウンセラーが来談者(クライエントと呼んでいます)の悩みを取り去ったり、不平不満を解決したり、解決方法を助言したりするのではなく、クライエントが自分が直面している問題に自ら勇気を持って取り組み、みずからの力(成長力とか可能性をいい、ロジャーズは「成長への衝動」と呼んでいる)を発揮して、自分の力で立ち上がる(立ち向かう)のを援助することをいいます。

 カウンセリングとは何か、ということを一言で定義づけますと「カウンセリングとは人間関係を媒介として、カウンセラーと呼ばれる相談に応ずる人が、クライエント(来談者)と呼ばれる、カウンセラーのもとに来る人の問題解決や人格(パーソナリティ)の成長や発達をクライエントが自主的に実現するように援助するプロセス」であると言ってよいでしょう。

 そして、これは精神療法(心理療法、ガイダンス)、ケースワークなどと重なり合っており、いずれも人間の問題解決や、人格の成長発達を促進する作用として共通性を持っていると言えるでしょう。
(古今堂雪雄「新・あるカウンセラーのノート」関西カウンセリングセンターシリーズ、63ページ参照)

※カール・ロジャーズ(Carl Rogers 1902-1987)来談者中心療法を始めた人として知られる。カウンセラーは複雑な精神分析の理論に従ってクライエント(来談者)の語るところを解釈するよりも、クライエントの気持ちを受容し、共感的に理解することにより、クライエントが自ら立ち直っていくものであるというのがその主な考え方です。「人はだれでもみずからの内部に自己を成長させ、実現させる力(Growth-drive)をもっている。」という。

自己理解と人間理解

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ロールプレイ実習

今日は、カウンセラーとクライエントとオブザーバーの三者を体験するロールプレイ実習だった。
クライエント役の場合は、今自分が抱えている悩みや問題について
カウンセラーに話すだけでいいので、割とラクである。

カウンセラー役の場合は、クライエントが話しやすいように、
また、話の内容を理解するため、適宜、質問などをしながら、
傾聴と受容の態度で接することが大切である。、

そして、クライエントの抱える問題を整理し、
クライエント自身が問題の所在と解決の方途に気付くように導く。
これがカウンセラーの役目なのだが、これがなかなか難しい。

オブザーバー役はカウンセラーとクライエントとの話のプロセスを
客観的に観察し、その観察した結果を後でカウンセラーにコメントする役目。
観察中は、ただ、黙って、うなづいたりといった動作もしないで
ただただ観察する。これもラクではない。

他人の話を傾聴するというのは、実は難しい。
批判せず、同感もしないで、
共感的に理解するために傾聴するのです。

同感と共感は似て非なるものです。
クライエントが悲しいと訴える場合、
「私も同じように悲しいです。」というのが同感で、
「あなたは悲しいんですね。」というのが共感です。

心の問題と心理学、心理療法、精神分析、精神医学などの学習だけでなく
こうした、実践演習を通じて、カウンセリングを学んでいく。
まだまだ先が長いが、自己理解から人間理解に繋がれば幸いだ

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