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悲しいことがありました。
月曜日に高校時代の恩師が亡くなりました。
55才。
吹奏楽部の指導のために来てくださっていた方でした。
あまりの突然の訃報に呆然といたしました。まだまだご活躍して頂ける方だと思っておりました。
今日が告別式だったのですが、仕事の関係でどうしても式には間に合わないので
夕べのお通夜にお伺いしました。
式場では先生のお人柄かたくさんの方がお通夜にもかかわらず訪れておりました。
皆さん先生の早すぎる旅立ちに驚き悲しみを隠せませんでした。
会場の入り口には在りし日の先生の写真が飾られていました。
懐かしい笑顔の写真に懐かしさと寂しさを覚えました。
会場では花が溢れ棺の側には先生の愛用していたチューバが置かれていました。
主を失った楽器が花に埋もれるようにひっそりと佇んでいました。
今日は告別式に出た友人と後輩と待ち合わせしてお茶を飲んできました。
どうしてもしんみりしてしまうけど思い出すのは楽しかった思い出ばかりでした。
思えば私の学年はよく言えば個性的、悪く言えば我が強く協調性に欠ける集団でした。
仲はいいけど音楽となるとどうしても個性が際だってなかなか音になりませんでした。
そんな我が儘娘達を叱咤し激励しコンクールの舞台に引き上げ、僅か30人くらいの
弱小部を県内でも中堅クラスの安定した成績を残すバンドにしたのが先生でした。
どうしようもない我が儘娘達。
先生の厳しい言葉に反発し先生の見てないところで舌を出したり(笑)
それでも先生との思いでは楽しい思い出です。
一度先生のお宅にお邪魔してバーベキューをしたことがありました。
県内北部の女子高生達は電車を乗り継ぎ先生のお住まいがある閑静な住宅街へ。
道に迷って先生の家の周りをグルグル回ったり(笑)
お邪魔した先生のお宅はさすが音楽家のお宅でたくさんの楽器に楽譜。田舎の小娘が見たことない
ような外国の写真や絵が飾られていました。
棚にはたくさんの素敵なコーヒーカップが飾られていて、コーヒー党の先生は物珍しげな小娘達に
自慢のコーヒーを振る舞ってくれました。
しかし、物を知らない小娘達。
取ってこいと言われたコーヒーミルを知らず聞きに戻る有様(爆笑)呆れた顔を思い出します。
合宿での厳しい指導、合間合間に話してくださった私たちの知らない世界の話。
後打ちの伴奏楽器だと思っていたチューバがあんなにも柔らかく優しい音色を奏でる楽器だと
教えてくれたのも先生でした。
お仕着せのコンクール曲ではなく私たちの個性を引き出す曲を探し出してくれたのも先生でした。
音楽は楽しい物だと、人の前で演奏し拍手を貰うことがどれだけ大変で貴重で有意義なことかを
教えてくれたのも先生でした。
先生の人生は音楽に包まれていたことでしょう。
式の最初と最後には先生が以前所属されていた地元交響楽団の有志による音楽が送られていました。
「パッヘルベルのカノン」
これほど優しい音楽も聴いたことがありませんでした。
きっと優しい音楽とともに天国へ旅立った先生のことです、きっと今頃はあの頃の私たち
みたいな未熟者の天使達を立派な聖歌隊に仕込んでいることでしょう。
先生、ありがとうございました。
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