「科学では解けない世界」が存在することの科学的な証明

「心」の存在を「科学的に実証しよう」という考えは「論理的に破綻」しています!

自律型ロボットが危険なワケ

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 人間によく似た自律型ロボットを作ってしまうと、そのロボットは人間なのかそうでないのか(人権があるのかないのか)、決定するための判断基盤は実はなにもないのです。 怖いですよ。

「科学で解けない世界の例」で、
 哲学者、ルネ・デカルト(Ren醇P Descartes, 1596年3月31日 - 1650年2月11日)が疑えない事実として「我思う、ゆえに我あり」と言った。
 この「我」(=「私」という存在の実感、感情、心、魂・・・)の存在については、「科学的に実証することが不可能」であることを示しました。したがって、

◎ 私たちは、概念を共有する手段としては「科学」的方法しか持ち合わせていない。

◎ 私は、『「私」という存在の実感、感情、心、魂・・・』を持っていることは疑いもない事実。しかし、これを科学的に実証することは不可能。

◎ したがって、(自分以外の)人類(および全ての物質、物体)が『「私」という存在の実感、感情、心、魂・・・』を持っているかどうか、科学的には扱えない。 つまり、あるか、ないかを議論すること自体が意味を持たない。
 「石ころ」にさえ『「私」という存在の実感、感情、心、魂・・・』があるかどうかは不明。
 それは、人類(他人)に『「私」という存在の実感、感情、心、魂・・・』があるかどうか不明であるのとまったく同等。

◎ 他人にも『「私」という存在の実感、感情、心、魂・・・』があると思っている(錯覚している)のは、
(1)「私」と類似のカラダを持ち、同じような動作をしていること。
(2)「私は「『「私」という存在の実感、感情、心、魂・・・』を持っている」と発言すること。
による。
→動物や全ての物質は、(1)も(2)もないので、(人間と同じ)『「私」という存在の実感、感情、心、魂・・・』は持っていないと思っている。── 事実は『「私」という存在の実感、感情、心、魂・・・』を持っていることがわかっているのは「私」だけであり、他人と物をこの点で区別する手段がないにもかかわらず。

◎ しかし、
(1)類似のカラダで、動作も人間とそっくり、で
(2))「私は「『「私」という存在の実感、感情、心、魂・・・』を持っている」と発言する、
ロボットを作ったらどうなるのでしょうか。
 人類は、人類とロボットを区別する手段をなくします。
 人類とロボットは違うのだという考え自体が無意味になります。

<警告>
 『「私」という存在の実感、感情、心、魂・・・』の有無で人類とそうでないものが区別できると思っている(錯覚している方々)へ
 「人間には感情があり、ロボットには感情は持てない」と思っている(錯覚している)方々へ

 ロボットは「私は「『「私」という存在の実感、感情、心、魂・・・』を持っている」という発言を禁止できる技術ができるまでは、人間にそっくりに作るのはやめるべきです。

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