「科学では解けない世界」が存在することの科学的な証明

「心」の存在を「科学的に実証しよう」という考えは「論理的に破綻」しています!

信仰は宗教ではない

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 その宗教でも、偶像を拝むな、と言う。
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 しかし、宗教、宗派自体が「偶像」。という矛盾。
 信仰における価値観は個人差があって、それでよい。それが本質。しかし頭のよい人間はそれがために迷う。
 宗教、宗派は --- 利害塗れの --- 後世の人間が、純粋な信仰の周辺を、「利害の粘土」でこてこてに固めて「可視化(=偶像化)」したもの。

 そろそろ、宗教とか、宗派とかにこだわることをやめたらどうか。
 そろそろ、信仰は人をすくうためのものではなく、「自分自身」をすくうためも(自分自身しか救えない)ものであることに、気付かないか・・・。

 明日は今日のご褒美?
 しかし、
 「明日が来なければいい」と思うこともシバシバだ。疲れてしまった。
   ---
 「明日は今日のご褒美」
 「明日は私を苦しめるために来る」
 どちらが本当? どちらが間違っている?

 本ブログは、科学で解き得ない世界があるのとの実証が主目的です。
 「科学で解けない世界の例」
 でそれを説明しています。
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 「科学で解けない世界がある」、ということすなわち、
  「科学的論理の通じないものがある」
ということ。

 つまり「ご褒美の明日」がくることを否定できる人はだれもいない。

28.神を信じない?

 再度、繰り返しですが、
 「神(得体の知れない、しかも自分を良い方向に導く力)の存在」などはおかしいと思っている人が大勢います。
 科学的な理屈では説明が付かないから、「そうだ」思っています。
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 ところが、実は、
 「神(得体の知れない、しかも自分を良い方向に導く力)は存在しない」のだ、ということも、科学的な理屈では実証できないのです。

 

27.神?の存在

 明日というご褒美を、だれがくれるのでしょうか。
 その何か(誰か)を感じることが信仰の原点。

 ゼウスでもあり、アラーでもあり、阿弥陀でもあり、また、どれでもない。
 そこに宗教、宗派という存在は意味がない。

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