|
『発達障害の子どもたち』杉山登志郎著、講談社現代新書
↑発達障害に関して最初のほうに読んだ一冊。
長年にわたって発達障害に取り組んできた著者ならではのわかりやすい内容なだけでなく、
僕らがこれまで普通に持っていた価値観を、根本的に変える必要性があることを
なによりも教えてくれます。
冒頭から提示される、先入観のひとつに
「障害のある生徒も、なるべく普通学級に入り学ぶほうが良い」
この考えに対して、2人の具体的な事例をあげて解説している。
ひとりは発達障害のうちのひとつである学習障害を診断されたA君。
知的障害はないが、授業が理解できない。
小学校のときに両親は特別支援学級への転級をすすめられるが拒否。
子供に「勉強しないと特殊学級だぞ」とハッパをかける。
中学もどうにか普通学級に入るが、そこで完全に授業から取り残される。
ここで両親はようやく特別支援学級の選択を考えるが、
こんどは子供のほうが「オレを馬鹿といっしょにするのか!」と猛烈に拒否。
そのまま不登校になり、高校もすぐに退学。
家庭内暴力からひきこもりになった。。。。
もうひとりは、自閉症と診断されたB君。障害の程度はA君より重い。
おなじく小学校で授業についていけなくなり、中学から特別支援学級へ進む。
養護学校の高等部へ進みそこで職業訓練を受けて、
現在では大企業に就職し、自分の車まで購入するほど独り立ちしている。。。
「普通」にこだわってこれだけの落差が生じる結果となっている。。。
重要なのは「その子にとって最も適切な教育を受ける」という
考えてみればあったりまえな話なのに、
なぜか「普通」にこだわってしまう僕たちの価値観というものは、
一度頭から叩き壊さないといけない、と強烈に思う。
著者によると、現在普通学級に通っていて、
著しいこだわりや対人関係の問題を持つ、即ち高機能広汎性発達障害が疑われる生徒が、
約1〜2%の割合で存在するという。
他の本で読んだ数字では、もっと多い割合(5〜6%)も表記されていた。
読んでいて思ったのが、これは発達障害が増えてるんじゃなくて、
世の中の「普通」の許容範囲のほうが狭くなってんじゃないか?
逆にそんな風にさえ思った。
そもそも発達障害の概念は自閉症スペクトラムという連続体であって
濃かったり薄かったり、微妙に色が違う虹(スペクトル)のように
これだといった定番がないものであって、
「普通」か「異常」かという単純な切り分けは完全なナンセンスだと著者も喝破している。
そういう人々に受け入れられない社会というのは、
なにかいろいろなものが疲弊しきっているんじゃないか?
父親として子供に接する中で、発達障害があろうがなかろうが考えるのは、
「お受験とかでいい学校入って、いい会社に入って、、、」なんてことは人生で一番重要なことじゃない。
そういうものに対する価値観だけは、僕自身はふつうの人より通り越している。
これからもっと、これまでの価値観の転換を迫られることになるでしょう。
でもそれは、多分僕だけではなく、社会全体が迫られる問題なのだと思います。
この本には他にも興味深いことが書かれており、それに関してはまたの機会に。
|
遅ればせながら…よく似た記事を書きましたので、トラバさせていただきました。
2010/7/23(金) 午後 6:51