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・生まれた子供は自閉症
・妻はパニック障害
・そして自分は突然の無職。。。
こうやって書き出してみると、あらためて悲惨だな〜とは思うのですが、
こう言うのも変だけど
なかなか「絵に描いたようなわっかりやすい不幸」だな(笑)、と。。。
それと比べると、僕なんかはかつては不登校のひきこもりだったわけですよ。
「不登校・ひきこもり」というのは、同情的に描かれる事は決してありません。
本人が死ぬほど思い詰めてても、誰も哀れむことなど皆無です。
確かに同じには考えられる事ではないですが、
人というのはこういう風に、不幸に対する見方ですら
世間や既存の価値観に大きく影響されている、と感じます。
不幸の捉え方について僕が不思議に思ったのは
子供が「自閉症」だとわかっても、全くショックを感じなかったことです。
これはほんとうに、周囲が思うほど全然ショックじゃなかった!
どうしてだろう?と思ったとき、
やはり、自分が不登校とかひきこもりとか、普通じゃない経験をしてきた人間だったからかな、と。
それぐらいしか理由がなかった。
もし順風な人生だったら、むしろ今よりもよっぽどショックを受けてただろう。
人と違った人生が、不幸な出来事への捉え方を変える力を与えている。
誰からも同情されないような人生ほど、その力は強くなるような気がする。
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とても共感しました。私自身離婚、三人の子どもの子育て、三女の大学中退、編入学した大学も退学、家を出て連絡が取れなくなって鬱になって帰ってきてさらに20以上の差の人とつきあい別れたかと思ったらでき紺、でも相手はDV気味な上に借金有りで働く気も薄く即離婚、子連れで戻ってきて,,,漫画のような人生ですが家族は明るく仲良しです。端から見られる物理的な幸福感ではない自分なりの大事なものがあればそれが幸せなんだと感じます。死んでいく時の持って行けるものって温かい思い出だけだと思うんです。
2011/8/21(日) 午前 8:55
メイメイさん:漫画のような人生なら僕も負けませんが(笑)人生に対して物語性(ストーリー)を感じられる人は強いと、何かで読んだ事があります。みんなオリジナルの筋書きを歩いてると感じます。そのストーリーをどれだけ面白がれるかがミソなような気がします。
2011/8/22(月) 午前 4:47 [ pori313 ]
不幸であるかどうかは自分自身が感じる事だ、って聞きますけど正にそうですね。
poriさんのいうとおり、今までの人生経験や周りの環境で考え方や捉え方は変わります。
悲観的になっても向き合っていく事、考え方で幸不幸であるか感じられるのはすごいです。
世間体は色々あるかも知れませんが、みんななにかしら気にしていると思いますよ。
むしろ、恥ずかしいのに気づいてない人がいっぱいいます(笑)
2011/8/22(月) 午後 3:34 [ りんご ]
バンビさん:悲観的になっても向き合っていく事、そのために必要なのがまさに「生命力」なんだなと、最近つくづく感じますね^^
2011/8/22(月) 午後 5:11 [ pori313 ]