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先のエントリ記事「不幸の捉えかた」とも重なるけれど、
畳み掛けるような災難に直面したときに、いちばん参ってしまうのは
「なんで自分だけこんな目に?」という思いに捉われたときだと感じる。
子供の頃なんて、しょっちゅう「なんで?なんで?」と一人で泣いてた記憶がある。
「なんでうちはお父さんがお酒飲んで暴れるんだろう?」
「なんで僕は友達や周りとうまくやれないんだろう?」
「なんで学校にいけなくなったんだろう?」
人というのは理由・原因が見いだせない現象には耐えられないものだから
どうしても「なんで?」と思いあぐねてしまうのだと思う。 ただ、かつて子供の頃に「なんで?なんで?」と思っていた自分と今の自分では
心境に明らかに違う点があります。
それはやはり、息子の障害に対する捉え方の違いです。
「なんでこんな人生だったんだろう。。。」
↓
「こういう子を育てるためだったのか!?」
まるで小説を読んでいて、
意味不明だった伏線の意味がわかったような気がした。
そして、この伏線を回収することができたとしたら、
ろくでもない筋書き(人生)でも、
美しく強いストーリーに仕上げる事ができるんじゃないか!???
自分の人生の物語を意識している人は、
紆余曲折も無駄な努力も糧と出来るので強いらしいと何かで読んだ事がある。
所詮、こじつけといえばそれまでですが、
まさにその「こじつけ力」というのは、
今の僕に、そしてこれからの人生に一番必要なもののような気がします。 きっと今、仕事がうまくいかないのも、今後の何かの伏線に違いない(笑)
自分を励ますつもりでこんなことを記しています。
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あああ、前記事を読んで同じこと感じてました。
poriさんが不登校っていう人と違う道を歩んだのはこぽりくんを育てるためだったんじゃないかって。
私には人生の物語を意識するって割と普通の事なのだけれど、それで少しは強くなれているんだろうか。
そろそろ伏線が回収されてほしいんだけどf^_^;)
2011/8/22(月) 午後 10:03
明日の風さん:だから風さんは強いんですね!^^伏線の回収は、お互いかなり大長編な気がしますんで(笑)のんびりがんばりましょう^^
2011/8/23(火) 午後 6:53 [ pori313 ]