雑感

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愛子さまのこと

毎日更新とか言いながら、
またすご〜く久しぶりになってしまった。。。。
ただ、最近のニュースを見て、これだけは言いたいことがあったので
炎上覚悟でいきなり記事にします。(以下はあくまでも僕の思うことです)

おそらく直接危害を加えられるようないじめではなかったと、僕も思います。
多分、がさつな男子が校内で騒ぎ立てるのに怖くなったのかと。
男子のほうは、自分達のせいで来れなくなったなんて夢にも思ってないはずです。
犯人探しなど絶対にやめるべきです。

そして、愛子様についても「このぐらいで不登校になるようでは」という意見が
ちらほら見られますが、僕は全くそうは思いません。

そういう人は、不登校のことが全くわかっていない人です。


おそらく愛子さまは、ニュースや報道でこれまで見た限りですが、
ものすごく聡明で、繊細な子だろうなと、ずっと思ってました。


自分の周りで、何が起こっているのか、すべてわかってます。

自分の周りの大人たちのことを、ずっと見ています。


お母さんがなぜずっと具合が悪いのかも、きっとわかってるのではないでしょうか?

自分をとりまく周りの世界や、大人たちの矛盾を、見すぎてるのではないでしょうか?

今回の宮内庁の対応も、はっきりいって何か勘繰ってしまいたくなるような対応です。


僕はいわゆる「学校にいけない」という状態について、
自分を取り巻く世界に対して矛盾と不安を見出し、心の中に抱えるようになった子が
ほんの些細なきっかけで起こす行動だと思っています。

きっかけは何でもないことのほうが多いのです。

むしろ、そういった矛盾と不安を心の中に抱えていることのほうが重要なのです。


最後に、僕は不登校になった愛子様を弱いなどと全く思いません。

それどころか、まだ幼いのに、なんだかいろんなものと戦ってるような気さえするのです。


僕達大人は、猛省すべきだと思います。
例え幼くても、全て見抜かれてると肝に銘じるべきだと痛感します。

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こぽりが生まれたおかげで身近になったのが、誰でも知ってる「アンパンマン」。
僕は幼稚園の頃に、初代の絵本を読んだクチですが、
いやはや、今さらながらすごいです。アンパンマン。
こぽり、見ている時は微動だにしません!
我が家のテレビは完全にアンパンマンプロジェクターと化しています(笑)

アンパンマンが身近になって、少し調べてみたのですが
最初のアンパンマンの絵本は、意外な事に評価はさんざんだったそうです。
顔を食べさせるのが残酷とか、出版社からも「もうこれっきりで」と言われたとか。

ところが、そんなさんざんな評価のアンパンマンを受け入れたのは、
他でもない2〜3歳の幼児たち。
そして面白いのは、そのことに一番驚いたのは作者のやなせたかし氏本人だったこと。
アンパンマンは、もともともっと高学年向けに描いたつもりで、
やなせ氏本人は幼児のための絵本なんて難しくてとても描けない、と思っていたそうです。


アンパンマンのキャラクターからは、やなせ氏の人生観をはっきりと感じとれます。
戦争を体験し、敗戦で一夜にして崩れ去った正義の価値観。
やなせ氏は考えます。「絶対に崩れない正義とは何か?」
それは、目の前で飢え死にしそうな人がいたら、食べ物を与えるという
もっともシンプルな献身と愛ではないか。
そして、そんなシンプルな行為でさえ、行おうとすれば傷つかずにはいられない、と。
アンパンマンのキャラクターは、そんなやなせ氏の哲学を見事に現した
デザインだと言う他はありません。

僕もこういう、人生が透けて見えるような仕事がしたい。

アンパンマンに改めて触れて、僕の中でやなせたかしという存在が
ものすごく尊敬するクリエイターになってます^^


あと、テレビでかかってるアンパンマンの歌は、
あれって2番の歌詞なんですね。
僕は1番の歌詞を今ごろ知って、その歌い出しに愕然としました。



そうだ うれしいんだ いきるよろこび

たとえ むねのきずが いたんでも



これ、すごいです。
何がすごいって、この歌の主人公は、間違いなく幸せじゃない。
それなのに、生きる喜びをうれしいと歌い上げる。
この歌は、今まさにつらくて苦しんでいる人に対するメッセージだと確信しました。


「つらいこともあるけれど、それでも人生は素晴らしい。」


そう訴えるようなアンパンマンの優しさに、うちのめされたような気がしたのです。

手塚治虫の描いた「ブッダ」という漫画をご存じでしょうか?
仏教を広めた仏陀の生涯を描いた、手塚治虫の長編意欲作です。

この手塚の「ブッダ」は、単なるお釈迦様の説話を漫画化したものではなく、
手塚によるフィクションもふんだんに盛り込まれた、
一人の苦悩する青年が、人生と命の意味を死ぬまで追求する非常に劇的な
歴史大河ドラマに仕上がっています。
10代のころ、ちょうど高校を辞めた頃に全巻を読破したのですが、
このなかで今でも心に残っているエピソードがあります。

「ヤタラの物語」と呼ばれる章で、ブッダが悟りを開く重要なエピソードです。

ヤタラというのは、登場人物の名前です。
かいつまんで説明すると、このヤタラという男は
赤ん坊の頃に両親を戦争で殺された奴隷の大男です。
敵の国に兵隊として雇われていましたが、そこである女性に出会います。
女性はその国の王子の母親なのですが、身分が奴隷な為、実の子である王子によって
牢に入れられていたのです。
ヤタラはその女を不憫に思い、実の母親のように慕います。
しかしあるとき、牢に疫病がはやり、王子は牢を奴隷もろとも焼いてしまえと命令します。
ヤタラは命令に背き、その女を連れて逃げますが、
すでに疫病に冒された女はヤタラの手の中で死んでしまいます。
実の母親も、もうひとりの母親も失ったヤタラは、絶望にうちひしがれて森を彷徨います。
そのとき森の中で、修行僧シッダルタ(後のブッダ)と出会い、問いかけます。
以下はその問答です。
_______________________________________

(※樹の下で禅定をするシッダルタ)

シッダルタ
 「おまえはだれだ?………」
 「悪魔か神か?………神なら返事をしてほしい 悪魔ならいくがいい」
ヤタラ
 「おれ 神でも悪魔でもない……人間だ!!」
 「この世でいちばんふしあわせな人間だ!!」
 「おまえ坊主だな!?」
 「坊主 答えろ なぜ世の中ふしあわせな人間としあわせな人間いるのか 
  なぜそうなのか さあ答えろ!!」「答えろ!! 答えない 殺すぞ」
シッダルタ
 「わけを話すがいい………」
ヤタラ
 「おれ おっかさんふたりいた ひとり疫病で死んだ ひとりゾウにふみつぶされた!!」
シッダルタ
 「おまえは自分がいちばん不幸な人間だといったが」
 「そのふたりのおかあさんのほうがもっと不幸な人なのではないか?」
ヤタラ
 「ウッ…」
 「じゃ じゃあおっかさん こ 殺した王子だ!! それなのに王子罰うけない!!」「なぜだ!!」
シッダルタ
 「おまえの話では、その王子はほんとうはじつの息子なのだな。その女奴隷の?」
 「それが本当なら、その王子は奴隷の母親から生まれていままで育つ間にどんなに苦しんだろう」 
 「そして、奴隷として母親をわざと追放し焼き殺す命令を出したとき、
  心の中はどんなに苦しかったろう」
 「それを顔にも態度にも出さずに、王子としてがまんしなければならない立場だったのだろう」
 「その母親を憎む気持ちと慕う心とがぶつかりあったとき、その王子はどんなにもだえ苦しんだろう」
 「その王子こそ不幸な人間だ…そう思わないか?」
 「そして苦しんでいる王子を見るにつけ、まちがって女奴隷と結婚して王子を生んだ父親の王は
  もっと苦しんだろう。もっと不幸な人間ではないのか?」 
 「おまえに見守られて死んだおかあさんはまだしも、何も知らずに焼き殺された女奴隷たちは
  もっと不幸ではないのか?」
 「ずっとたどっていくがよい。だれもかれもひとり残らず、みんな不幸なのだ」
 「この世に幸福な人間なぞ、ありはしない!」

(※ヤタラはしばし号泣した後、問いを発する。)

ヤタラ
 「みんな不幸 そんならなんで人間はこの世にあるんだ………」
シッダルタ
 「木や草や山や川がそこにあるように」
 「人間もこの自然の中にあるからには、ちゃんと意味があって生きてるのだ」
 「あらゆるものとつながりを持って……」
 「そのつながりの中で、おまえは大事な役目をしているのだよ」
ヤタラ
 「この お、おれがか………」「このオレに役目があるって? この役にも立たんオレが?」
シッダルタ
 「そうだ。もしおまえがこの世にいないならば、何かが狂ってしまうだろう」
ヤタラ
 「おまえ ふしぎなこという…」「おれ……そんなふうに思ってもみなかった……」
 「じゃあ…おれ これからどうやって生きていけばいい?」
シッダルタ
 「その川を見なさい」
 「川は偉大だ。自然の流れのままにまかせて、何万年もずっと流れてる」
 「流れを早めようという欲もなければ、流れを変える力も出さない。すべて自然のままなのだ!」
 「しかも大きく美しい……よろこばれ、そしてめぐみをあたえている…」
 「おまえも巨人だ。おまえの生きかたしだいで川のように偉大にもなれるだろうよ」

(※シッダルタの弟子になる決意をし、生きる望みを教えてくれた礼を述べて立ち去るヤタラ)

シッダルタ
 「なんということだ…………」「私がひとにものを教えるなんて………」
 「あの男は私をたたえてくれた」
 「あの男は……」
 「もしかしたら 私をためす神だったのかも…」
 「そうかもしれない」
 「なぜ なぜ私は……」
 「なぜさっきあんなことをいったのだろう? 思わず口から出てしまった!
  考えもしなかったことばが!」
 「『木や草や山や川がそこにあるように、
   人間もこの自然の中にあるからにはちゃんと意味があって生きている』」
 「『あらゆるものと…」「つながりを持って!』」
 「『もし、おまえがいないならば何かが狂うだろう。おまえは大事な役目をしているのだ』」

 「私があの男にしゃべったことばは」「私が自分自身に教えたんだ!」 
 「おお………私の心のとびらが いま 開いたぞ!!」
 「光よ」
 「光よ」
 「光よ!私の前を照らしてください」
 「私は命のかぎり果たします この宇宙の中の私の役目を!」
_______________________________________


僕はこのブッダが悟りを開くエピソードを10代当時読んで、涙が止まらなかったのを今でも憶えている。
「なぜ世の中ふしあわせな人間としあわせな人間いるのか」という意味について、
これほど明解な答は一度も聞いた事はなかった。
「何の役にも立たない」と思っていた当時の僕に、
「おまえがこの世にいないならば、何かが狂ってしまうだろう」の台詞は、深く胸に突き刺さった。

今思うと、僕は、これを読んでいたから自殺しなかったのだと思う。
最後の所で、人生を投げようとしなかったのだと思う。

ここ何か月かテレビで報道されるニュースを見るにつけ、
「こういうものを読んでいたりすれば、
 ナイフを向けたり、ホームから突き落としたりしなかったのではないか」と
僕はどうしても考えてしまう。
別に手塚の「ブッダ」が万人に同じように影響するものとは思わないが、
今の漫画・アニメ・ゲームといったものに
ここまで骨太なメッセージが込められたものが、どれだけあるだろう?

孤独な時に触れるコンテンツには、時に自殺を止める程の力を持っていることが確かにある。
それは文章でも漫画でも何でも構わない。
問題は、どんな真摯なメッセージが込められた作品かということだ。
コンテンツの作り手側は、事件のたびにやり玉に挙げられることに反発するよりも、
どれだけ人の心に訴えるものを作れるか、猛省するべきだと思う。

無償の愛

「おかあさん」

おかあさんは
どこでもふわふわ

ほっぺは ぷにょぷにょ
ふくらはぎは ぽよぽよ
ふとももは ぼよん
うでは もちもち
おなかは 小人さんが
トランポリンをしたら
とおくへとんでいくくらい
はずんでいる

おかあさんは
とってもやわらかい
ぼくがさわったら
あたたかい 気もちいい
ベッドになってくれる
_________________________________

母親に殺されたという9才の少年の書いたこの詩を読んで、
痛烈に思ったことを誤解や批判を恐れずにここに記す。


この子はきっと、自分を手にかけた母親の事を決して恨んでなどいない。


きっと今でも、ひとりぼっちになった母親のことを、

気づかい、心配してるに違いない。


もし今僕達がこの母親のことを

「人でなしだ」とか「死刑にするべきだ」などと

善人ぶって責めたならば、

きっとこの子はこう言うだろう。



「おかあさんをいじめるな!」



僕は子供が親に向ける愛情こそが、この世にただひとつの無償の愛だと信じてる。

この母親や、我々大人の愛情は、
世間の厳しさや心の不安定さの前に、もろくも崩れ去った。

だがこの子の母に向ける愛情は、死してなお何にも撃ち破られてはいない。


この子は天国で、神様に胸をはってこう語り続けるだろう。



「僕はおかあさんのことが、とってもだいすきです」



どうかそれを信じて、悔い改めて生きて欲しい。

江頭2:50の名言

ネットで偶然見つけたある芸能人の言葉です。
____________________________________

「目の前で悲しんでいる人を見つけたら何とかして笑わせたい。
 そのためなら警察につかまってもいいし、寿命が縮まってもいい。」

「俺のライブに来てるやつらの顔を見てると、
 結婚はおろか、恋愛もまともにできないんじゃないかって言うような奴らばっかり。
 だけど、俺はそういう奴らのためにこそお笑いをやりたい。」

「生まれたときから目が見えない人に、空の青さを伝えるとき何て言えばいいんだ?
 こんな簡単なことさえ言葉に出来ない。だから俺、もっと頑張るよ。」


「これをやったら次回出られなくなるんじゃないかなんて考えないようにしている。
 人間、いつ死ぬか分からないからその時のすべてを出し切りたいんだ。
 俺はいつ死ぬか分からないし、見てくれてる人だっていつ死ぬか分からない。
 視聴者が最後に見た江頭が手抜きの江頭だったら申し訳ないだろ?」

____________________________________

これはテレビでおなじみのキレ芸人、

江頭2:50氏が言った言葉だそうです。

江頭の名言集としてかなり有名らしいです。

僕は全く知らず、偶然ネットで見つけたのですが、





も の す ご く し び れ ま し た。



こんな台詞、言おうと思って言えるもんじゃない。


特に感動したのが、『生まれた時から目が見えない人に。。。』の一言。


すさまじい真剣さと誠実さです。本物の芸人です。


前からテレビを見ていて、


「この人は素はものすごくクソ真面目な人なんだろうなぁ」とはうすうす思っていましたが、



ここまでとは思いませんでした。


これにくらべたら、そこらのひな壇芸人がどれだけ視聴者をナメてるかがはっきりと解ります。






彼に励まされてたら、オレ、学校行ってたかも(笑)

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