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はじめての子供を流産で亡くし、お互いの気持ちを理解できず
すれ違ったままの僕達は、見た目には普通の生活をしながらも
心の中のわだかまりが少しずつ大きくなっていくのを感じていた。
僕は街中で小さな子供を見るのも嫌になった。
年賀状の子供の写真を見るのさえ不愉快だった。
妻も義母の看病に忙しい日々が続いており、
その甲斐あって義母の容体は徐々に快方に向かっていった。
生存率5割と言われた危篤状態から、ほとんど後遺症もなく退院を迎える事が出来た。
ある日、妻は知り合いの人から、長年看護師をされている女性の方を紹介されて
流産の話を聞いていただく機会があった。
その人から「たとえ一瞬でも、命が宿ったのよ」と言われた妻は、
その時はじめて自分の中に宿った命を実感する事ができたと語った。
重くふたをしていた心が、少しずつ開かれようとしていた。
その頃からやっと、色々な事を冷静に話し合えるようになった。
普段は自分の気持ちをめったに現さない彼女の口から、少しずつ気持ちがこぼれてきた。
子供がいなくても、2人でいるのが楽しかった事。ふたりぼっちでも充分幸せだった事。
僕が余りにも激しく怒鳴ったりする事で、本当にこの人の子供を生んでもいいのか迷っていた事。
「子供を見るのが辛い」という僕の気持ちを理解しなかったのではなく、
子供を見て「この子達は無事に生まれてきて良かったね」といつも思っていた事。
僕は話し合ううちに、自分が空しさや悔しさを彼女にぶつけていただけだと気付いた。
駄目になった、生まれなかった事だけに囚われて、
僕の方こそ「命が宿った」ことの意味を本当に理解していなかった。
妻が「命が宿ったのよ」と言われた後になって、
ようやく僕もその命を本当に慈しむことができるようになったのです。
その時、はじめて涙が流れました。
妻に「悲しいなら泣けばいいだろ」と思っていながら、それまで僕は自分から涙する事などなかった。
僕が彼女に向けた思いは、身勝手なひとりよがりな慰め方だったのです。
僕達2人は、はじめて純粋に子供が欲しいと思った。
2人の間に生まれてくる子に、たくさんの愛情を与えたい。生まれてくる事をただ祝福したい。
とりわけ僕の心には大きな変化が起こった。
それまで、絶対に欲しくないと思っていた「男の子」を育てたいと思うようになった。
昔の自分や、父との関係を思い出させる恐怖から、絶対いらないと思っていた男の子を、
たまらなく欲しいと思うようになった。
それと同時に、自分の今までの人生を振り返ることが多くなった。
今までの自分の人生にあった出来事、家族との関係、
ずっと忘れ去ったと思って久しかったことを、もう一度見つめたくなった。
不登校に関するブログを検索したりしはじめたのもこの頃からだった。
この子が来てくれるまで、僕はこれほどまで子供について、
自分の人生について真剣に考えた事はなかった。
でも、新しい喜びは、まだしばらく先の話だった。
僕達2人のあいだに、新しい命はなかなか訪れる事はなかった。
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