今年も、年一度のペット健診を受ける為に、仙台市へ行った。
遠方からの受診者と云う事で、いつも朝一番で検査して戴いている。今年で十五回目の健診であった。
そんな訳で、健診前日には仙台市へ行っていた。そして、その前日を利用して、施設に入所している母を見舞う事が、常であった。
今年も、例年通りに、母に会いに行ったのだけれど。
昨年の母は、私の事を記憶していて、健康で過ごしているかなどと尋ねて呉れたものであった。
今年、母の部屋をノックし入室すると、母は笑顔で迎えて呉れた。どうやら私の顔は記憶にあるらしく、穏やかな笑顔。私も安心して部屋の椅子に腰かけた。
処が、暫く他愛ない会話をしていると、真剣な表情で母は尋ねて来た「あなたは、私の息子なのか」。
(数か月前に兄から聞いていた、母ちゃんは・・(私の名前)さんの名前も顔も忘れてしまったかも知れないと)。
だから、私は母の問いに答えた。はい、あなたの二番目の息子の・・です。すると母は、「ふぅん息子、処であなたは今何処で暮しているの」と問うて来る。私は「・・・県で開業医をやっています」と答える。「あら、あなた、お医者さんなの」と母。「はい、内科医です」と私。95歳の母と70歳の息子との会話である。
この施設には、母と叔母(91歳の母の妹)が入所している。叔母の部屋に顔を出すと、自分も母の部屋へ行くと云う。
母と叔母の会話、私が幼児だった頃の話や他界した弟の話になると、母も或る程度の記憶があるらしく妙な盛り上がりをみせる。
その場で私は思った、これなら‘死の恐怖‘など無いのだろうと。更に、認知症とは神仏が与えて呉れた贈り物かも知れないと。介護に抵抗する・俳諧を繰り返すなど、認知症の周辺症状は兎も角、全てを忘れる事は、死の恐怖から心を開放して呉れる。穏やかな日々を過ごし静かに眠り眠るように死ぬ。最高に幸せな死ではあるまいか。
そんな事を思いながら、それでも、やはり 寂しかった。私の母は、既にこの世に居なくなったのか。
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