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7月8日(水)夜 昨日、みんなでたくさん泣いて、パパさま、リュウタロスとたくさん話をしました ネコさん'ズも、いつもどおり寝ながら、そばに寄り添っていました。 近くの友達も・・・みんなそれぞれ心配してくれたり、励ましてくれました とても悲しいのに、周りの人の気持が嬉しくて・・・ つらいのに、自分がとても幸せ者だということに、改めて気づきます みなさんほんとうにありがとうございます☆ 「ニンフリュウタロス」は、まだまだお腹の中に居てまして 体温も相変わらず高くて、痛みも今のところありません 子宮収縮が始まって、自然に出てくるかもしれないけど、 それが無ければ、来週水曜にもう一度、病院に行きます そのときは、手術をされる覚悟をしなければいけません 覚悟・・・・・・しましょう 話しはかなり、さかのぼるのですが・・・そして関係ないようですが、 どうしても、書かせてもらってもいいですか? 昨年の8月、私の父がお腹に腹水を溜めて 臨月のようなお腹で、母と生活していました 私はその頃、いつもの母とのいざこざで、実家から遠のいていました 父も、私に遠慮をしてるのか、強い人なので、連絡もありませんでした 虫の知らせか、ポルテ家族3人で、久しぶりに実家に行くと、膨れ上がった父のお腹・・・ ビックリしました!!! ・・・この際、母がナゼ気づかなかったか?とかは置いておきましょう・・・ すぐに病院に受診させ・・・数日の検査結果待ちの後、即入院 診断は肝硬変末期・・・ 入院して2週間ほどたった頃、今までまじめすぎた父は夜間せん妄(認知症のようなもの)
の症状が現れ、結果、病院を転々とし・・・
毎日様子を見に病院に通うかたわらで 家族全員、実家に移って、母や動物の世話を続けました 決断のとき・・・全部をつれてこの2LDKのマンションに戻ることに決めました!!! それは、私だけのわがままかも知れなかったけど・・・ この場所でなら、どんな困難も耐えられる気がしたから・・・・・・ そうして末期の父、糖尿病で認知症の母、私たち3人 ぎゅうぎゅう詰めで、くらしはじめました ただでさえ、厳しい生活に・・・私の両親には蓄えが無かった・・・ 将来受け継ぐはずだった、子供のころから住んでいた家を破格の値段で売り 今まで文句ひとつ言わず頑張ってきた父のために使うことに・・・ そうして昨年の11月、父の終の棲家となる病院と併設されてる 大阪府は松原市の老人保健施設に入所が決まり、 そこで父の新しい生活が始まりました まだ68歳と、若かったけど、もう、先がないとわかっていたので 今日かもしれない、明日かもしれない・・・これもまた、覚悟です・・・ 入所して約3ヶ月が来ようという1月末・・・ 座って自分で食事を食べれるまでになったこともある父でしたが 徐々に衰え、意識が無くなり、私の目の前で 静かに息を引き取りました・・・ その老健施設の下にある病院で、父に会いに毎日通う私は そこの婦人科の不妊治療を受けようと思いました・・・ もうすぐ亡くなる命がある・・・ 暗い話題に負けたくない!!! そうして父の入所生活と、私の通院生活が勝手に二人三脚になりました・・・ 私の方は成果の無いまま、父が旅立ち・・・ 葬儀も終えて、ひと段落した頃、またその病院に通い始めました そしてまた痛い卵管造影検査を受け・・・ 2回のチャンスを逃したとき、少し休みたくなって 通院を見合わせたのが5月の事・・・ そして不思議なことなのか? その休んだ期間に、自然の流れで授かった命でした だから、ありがとう・・・ つらかった日々に光を射してくれてありがとう・・・ 自然に望めることを、教えてくれてありがとう・・・ ちゃんと、背負ってゆくからね・・・ 君の命も、父の命も、全部全部!!! 大きな口あけて、大声で笑いながら、時には泣きながら 心から笑える明日が待ってるから 大丈夫!!!みんな大丈夫!!! 人はそんなに弱くないし!!! 独りじゃないし!!! お父さん、お兄ちゃん、ニンフリュウタロスよ!!! 私は一所懸命生きて、最後まで生き残って家族全員見送るから!!! いつか私がそっちに行ったときは うまいお酒を飲みましょう♪♪♪ |
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