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まだ52シリーズが残っているので本日はこちらから 紹介する車両はキハ52-127です。 キハ52-127は新ニツ52の中で一番最初に国鉄色に復元され注目を浴びました。 そのようなことから比較的、イベント列車への充当が多かったように感じます。 それでは早速写真の解説です。 1〜4枚目は譲渡回送当日の様子です。 5、6枚目は2006年秋に運転された「磐西只見ぐるり号」です。国鉄色の3色が一度に連結されたのはこの列車が最後だったように記憶しています。さらにこのときはDD53ばんものも同時に運転され、磐越西線はお祭り状態でした 7枚目は定期運用の終了間際に中郡〜成島で撮影したものです。良い光線で撮影できました 8枚目は2009年末に運転された引退記念イベント列車「ありがとう磐越西線国鉄色号」です。この運転を最後に新ニツ52は完全引退となりました。 国鉄色として注目された同車。 異国の地ではどのような活躍をするのでしょうか。 このシリーズは次回でようやく最後となる予定です。 次回も見て頂ければ幸いです。 |
キハ52系
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本日はダラダラと続けてる新ニツ52シリーズです 本日、紹介する車両はキハ52-123です。 語呂がいい?のと何回か乗車したことがあるためか妙に印象に残っているキハ52-123です。 それでは早速、写真の解説です。 1〜3枚目は譲渡回送当日の写真です。キハ52-123はデーテン次位に連結されていました。 4〜6枚目は2008年8月9日にキハ52-123へ乗車した際の写真です。非冷房であることを良いことに窓を開けながら楽しむ米坂線の車窓は格別でした 7枚目は2009年3月9日に米沢で撮影したものです。同じく引退間近のキハ58と顔を合わせました。 8枚目は同じく2009年3月9日に撮影したものです。夕日を浴びながら力走する姿は何とも言えぬ感動を覚えました 何となくお気に入りだったキハ52-123。異国の地でも頑張ってほしいものです。 |
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本日はキハ52シリーズの続きでキハ52-121です。 新ニツ52の中では、比較的地味な存在だったキハ52-121ですが、個人的には初めて乗車した新ニツのキハ52という記念すべき(?)車両でした。 ちなみに区間は新潟〜坂町間でした。 電化区間ということで気動車の風情を感じることは難しかったですが、まさに爆走という言葉がぴったりの走りっぷりでした。 そのとき録音した車内音は今でも大切に保存しており、譲渡回送前夜にも聞いていました(笑) それでは写真の解説に入ります。 1〜4枚目は譲渡回送当日の様子です。 5枚目は初乗車した2006年4月1日に坂町で撮影したものです。 6枚目は定期引退直前の2009年3月9日に米沢付近で撮影したものです。 私が「生きた」キハ52-121を見たのはこのときが最後となりました 私がキハ52に初乗車したときの車両ということで思い出深かったキハ52-121。 海外へ行っても多くの人の思い出を作り続けることでしょう。 |
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今日もしつこくキハ52ネタです。 本日紹介する写真は黒山から先の専用線を走る姿です。 この場所は車で何回か通り掛かったことはありましたが、実際に列車が走るシーンを見たのは今回が初めてでした。 この行路も終盤。 キハ52は最後に迫った日本の線路を踏み締めるようにゆっくりと通過していきました。 そして、終点到着後にクレーンでトラックへの移し替えが始まります。 まず、車両を切り離して人力でクレーン付近まで移動していました。 そこからクレーンに取り付るロープの接続が始まりました。 そして、いよいよクレーン作業。 キハ52-120が宙を舞います そして、トラックへ下ろし微調整をしているようでした。 これにて作業完了。 この日はキハ52-120の他に国鉄色のキハ52-122、127がトラックに載せられました。 いや〜本当に貴重なシーンを見ることができました。 次回からは今回、回送された52達のそれぞれの思い出のシーンを振り返ってみようかと思います。 |
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まだまだキハ52でいきます(笑) 本日紹介する写真は大形で撮影したものです 東新潟で2時間ほどのバカ停があったので亀田からBASSMAN5号さんと大形まで先回りしました。 こちらでも私とBASSMAN5号さんを含めて7名の撮影となかなか盛況でした。 白新線を走るキハ52は約3年前に快速「べにばな」で乗車したのでそのときの思い出がふと蘇りました(笑) ちなみにそのときの車両は今回の回送でデーテンの次位に連結されていたキハ52-123でした。 非冷房なので窓を開け、風を感じての旅は今思うとなかなか贅沢でした。 そんな旅ももうできないのですね。 写真の1〜3枚目は今回撮影したもので4枚目は3年前のキハ52-123の車窓から見た白新線の田園風景です。 |



