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今日は仙台は曇りで時々小雨が降っていました。僕は午前中は整形外科に行き腰の牽引と電気マッサージをしてきました。博子さんは最近の検便で鮮血反応が出て今日は市立病院で内視鏡による大腸の検査です。僕は市立図書館へ行って能の本を借りてくる予定で出かけました。あいにくメディアテイクは建物の保守点検のため閉鎖、そのために市立図書館も閉館ではいれません。東一番町の北側の端にあるあゆみ書店と南の端にある金港堂書店で謡いの誓願寺の本があるかどうか聞いたら、両書店ともないとのことでした。ヤマハ楽器店には音楽の本があるので金港堂書店の店員さんがヤマハ楽器店にあるかもしれないとのことなので聞いてみましたがありませんでした。
もしかしてお茶とか仏具の店にあるかも知れないので探して寄ってみましたがありませんでしった。博子さんに頼まれた果物を買い手に重たい荷物を手に下げながら、一番町を上から下まで歩きました。結構つかれました。やはり仙台で一番大きな書店丸善に行ってみることにしました。中央通の一番町の端っこから中央通りの駅側の端にある丸善書店まで歩いていきました、これも結構長い距離です。能についての本は沢山ありました。全部調べたら、誓願寺について書いてある本は2冊ありましたのでそのうちの一冊をかってきました。次の本です。
一編上人は誓願寺で「60万人決定往生」という御礼を広める。そこに里女ガ現れ60万人以外の人は極楽往生できないのかと問う。上人から60万人と限定されることはないと聞き不審が晴れた女は、誓願寺と書かれた額を六字の名号に書きかえるように頼み、自分は和泉式部の霊だと名乗って消える。
上人が額に六字の名号を書きつけると、歌舞の菩薩になった和泉式部の霊が現れ、誓願寺の縁起や多数の菩薩の来現を告げて舞う。
政宗が覚範寺の跡に誓願寺を移した理由の一端が理解できる気がします。
シテ「若我成仏の、光を受くる世の人の」
地「わが力には往き難き御法の御舟の水成掉、ささでも渡る彼の岸に、
至り至りて楽しみを極むる国の道なれや」
と伊達政宗も謡いながら、あるいは鼓を打ちながら、誓願寺渡しを船に乗って渡り対岸の誓願寺に詣でたのではないだろうか?(政宗は金春流の鼓の名手)
本を買ってバスに乗ったら博子さんから電話があり帰りがおそすぎるとのことであった。家に着いたら博子さんの検査も無事に終わり帰宅していた。6mmのポリープが見つかったので五ヶ月後ぐらいにポリープを切除したらどうかと言われたとのことでした。
甲府の日出子従姉からすごく大きくて美味しい立派で素敵な桃が送られてきていました。桃が大好きな博子さんは大喜びでした。今日の検査の嫌なことは桃でどこかへとんでいってしまったようでにこにこしていました。
年を重ねると皆色々なことが体に起こります。汗をかいたのですぐに風呂に入り夕食にしました。 今日も拙いブログを見ていただきあちがとうございました。
明日も皆様にとって穏やかで素敵な一日になりますように。
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