植草一秀の「知られざる真実」

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   (上)植草一秀著『知られざる真実』−勾留地にて−
(下)雑談日記SOBAさん作成 http://soba.txt-nifty.com/zatudan/


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植草一秀の『知られざる真実』

10文藝春秋麻生首相解散宣言で11月23日総選挙へ
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-5960.html

10月10日発売の『文藝春秋11月号』に麻生首相が寄稿した手記「強い日本を!私の国家再建計画」が掲載される。麻生首相は手記に「私は決断した。国会の冒頭、堂々と私とわが自民党の政策を小沢代表にぶつけ、その賛否をただしたうえで国民に信を問おうと思う」と記述した。祭り騒ぎに仕立てた「政権放り出し首相後継総裁選」で内閣支持率を上昇させ、その勢いに乗って臨時国会の冒頭で解散を行おうとしていたことが明らかになった。


しかし、内閣支持率は期待したほど上がらず、自民党が実施した選挙結果予測調査で自民党惨敗予想が示された。総選挙惨敗を恐れた麻生首相は、解散総選挙先送りの逃げ道に隠れ込んだ。偶然、内外株式市場で株価が急落し、格好の口実を見つけた麻生首相は、「国民世論は選挙よりは景気対策を望んでいる」との言い回しを繰り返し始めた。
しかし、手記が発表されたことで、見通しを誤ったことを自分で暴露する結果を招いた。月刊誌で華々しく選挙選の火ぶたを切って落とすとの目論見もタイミングを外してしまった。


政治権力に支配されるメディアは、「選挙より景気対策」のキャンペーンを展開し始めている。同時に麻生首相は株価急落を「大型景気対策決定」の大義名分に活用する戦術を採用した。金融不安深刻化を背景に、財政再建先送りが容認される空気が広がった。民主党が提示したインパクトのある「政権公約」に対抗し、選挙用「バラマキ景気対策」を発表して総選挙に臨む戦術に、明確にシフトしたと考えられる。


公明党は、国会での矢野絢也元公明党委員長および池田大作創価学会名誉会長の参考人招致を回避することを、最優先課題に位置付けていると見られる。衆議院が解散されなければ、参考人招致が実施される可能性が高いため、公明党は解散の先送りに強く反対すると考えられる。


結局、総選挙は11月23日に実施される可能性が高くなったと思われる。民主党は、補正予算とテロ特措法への対応について、戦術を大転換した。補正予算成立を遅らせることは、不況深刻化に対する不安を強める国民の意向に反すると判断し、補正予算の早期成立に協力することとした。


テロ特措法は野党が反対しても、与党が衆議院の多数を活用して成立させると判断し、早期に国会で議決されることを誘導する方針に切り替えた。麻生政権がテロ特措法審議を長引かせ、この問題を総選挙の争点に設定するスタンスを示し始めたことを受けて、戦術を転換したものである。総選挙の争点がすり替えられることを防ぐ意味で、正しい戦術転換であると考える。



『文藝春秋』に「国会の冒頭、国民に信を問おうと思う」と記述したことについて、麻生首相は「いつ解散とは言っていない」と述べるなど、見苦しい言い逃れ発言を繰り返している。しかし、輿石東民主党参議院議員会長が、「首相が『私の天命は小沢民主党との選挙に勝利することだ。逃げない』というのなら、なぜ解散を逃げまくるのか」と指摘した通り、「私は逃げない」と宣言した言葉に対する責任を持たなければならない。また、誤りを認める潔さを持つべきだ。


安倍首相、福田首相の自公政権の首相が二代続けて政権を放り出した。麻生政権を含めて、国民の信を問わないまま政権をたらい回しすることは許されない。補正予算を成立させ、2009年度予算編成に支障を生じさせないタイミングで解散総選挙を実施することが、国民の意向を尊重する行動である。


総選挙を実施して本格政権を樹立し、その本格政権が経済問題に腰を据えて対応することが望ましい。現在の国会は、衆議院では自公の与党が3分の2以上の多数を確保しているが、直近の民意を示す参議院では野党が過半数を確保している。衆議院における与党の多数を利用した再可決で重要決定を重ねることは、参議院の形骸化を招くとともに、民意を無視した政治であるとの批判を免れない。


麻生政権が総選挙向けに「バラマキ財政」の方針を提示する可能性が高くなった。「国民の生活を重視する」民主党の政策方針との相違が見えにくくなる。自民党は「高速道路料金の大幅引き下げ」など、民主党が提示した政策の盗用と思われる政策まで検討し始めた。


しかし、総選挙は今後の4年間にわたって、日本の政治を委ねる「政権を選択する」選挙である。国民の側も目先の「バラマキ」だけに目を奪われてはならない。国民の苦しみが景気循環上の不況から生まれたものではなく、小泉政権以来の「市場原理主義」経済政策によって生まれたものであることを忘れてはならない。


総選挙の争点はこれまで繰り返し指摘してきたように、


ー綟強食奨励VSセーフティーネット強化


官僚利権擁護VS官僚利権根絶


B佇椴貘鯵宛鬘孱喙主独立外交


の三つである。麻生政権が「バラマキ財政」を展開することになるため、,料菘世見えにくくなる。しかし、国民は本質を正しく洞察して判断しなければならない。


 「誰のための政治か」、「誰の幸福を重視する政策方針であるか」を考えなければならない。小泉政権の「弱肉強食奨励」=「格差拡大推進」=「セーフティーネット破壊」=「市場原理主義」の政策方針が、一般国民の苦しみを生む原因になった。非正規雇用労働者、働く貧困層が激増し、多くの若者が将来に夢を持つことができなくなった。多くの一般国民が生活の安定を奪われた。


 障害者、高齢者、母子世帯などの経済的な弱者が、人間としての尊厳を傷つけられ、生存権を脅かされるようになった。一方で大資本は減税などのさまざまな優遇策で、史上空前の利益を享受した。米国に隷属する日本政府が実施した外為市場でのドル買い介入は、100兆円もの損失を日本国民に負わせる結果を生み出したが、円安で輸出製造業だけは巨大な利益を確保した。


 選挙用に「バラマキ財政」が実施されるが、その方法は旧態依然の利益誘導の裁量政策が中心になる。特定業界、特定利害団体が「バラマキ」の対象とされ、政治家が「口利き」で暗躍する「利権支出中心の景気対策」が編成されることは間違いない。


政府の無駄を根底から排除する政策を伴わないから、「バラマキ財政」のツケは、最終的に一般国民に回される。麻生政権が消費税大増税に向かうことは明白だ。選挙で「バラマキ財政」を実行するのは、「政官業外電=悪徳ペンタゴン」の利権を死守するためなのである。


 小泉政権が創出した「弱肉強食社会」を「共生社会」に作り変える施策を、麻生首相はまったく示していない。景気対策が発動され、日本経済が回復に転じても、一般国民の生活が改善されないことを、国民はしっかり認識しておかなければならない。2002年から2007年にかけての戦後最長と言われた「感無景気」においても、一般国民の生活がまったく浮上しなかったことを忘れてならない。


 民主党が提示した政権公約の財源が不明確であると自民党は批判するが、民主党が提示した政権公約には、自民党が手を付けようとしない極めて重要な施策が盛り込まれていることを忘れてはならない。民主党の提案には「天下りの根絶」が盛り込まれているのだ。


 2万6千人の「天下り」が送り込まれている「天下り機関」に1年に12兆円もの国費が投入されている。一般会計と特別会計を合計した212兆円の1割にあたる22兆円の財源を、政府部門の無駄を根底から排除することによって捻出するとの提案は、決して非現実的ではない。


 与野党の政策の決定的な違いは、「天下り」を温存するのか、「天下り」を根絶するのか、という点に存在する。麻生政権は「日本政策金融公庫」、「日本政策投資銀行」、「国際協力銀行」の「天下りパラダイス」を完全に温存する姿勢を明確に示している。「官民人材交流センター」による「天下り体制強化」も全面的に支援する姿勢だ。


 「官僚」や「大資本」を優遇する政治を排除して、「国民生活」を政治の中心に位置付けることが「政権交代」の最も大切な意義である。民主党が政権公約で示した施策は、すべてが「一般国民」の生活を支援するものである。日本を、「大資本」と「官僚」の利益だけを追求し、「一般国民」を不幸にする「弱肉強食社会」から、「一般国民」が幸福に生きることのできる「共生社会」に作り変えることが「政権交代」の意味である。国民は目先の「利権支出バラマキ」に惑わされてはならない。


これまでの日本外交は「対米隷属」だった。日本国民の利益を損ねて、外国資本に利益供与する政策がまかり通ってきた。どれほど、米国の力が強くても、不正義の戦争に日本が加担することを、本来、日本政府は許すべきではなかった。米国に対しても「言うべきことは言う」政府でなければ、国際平和と日本国民を守ることはできない。


すべての国民が幸福を感じて生きてゆける社会をつくること、そのために、大資本と特権官僚への優遇を取り除くこと、米国に対しても言うべきことを言うこと、これらの基本原則に則った新しい政府を樹立するかどうかが、総選挙で問われる。


有権者は目先の利益誘導の罠に嵌(はま)り込んではならない。有権者は、「政権選択」の意味を正確に把握し、争点を明確に認識したうえで、政権を「選択」しなければならない。


 月刊誌の活字にまでして総選挙で民意を問うことを宣言した麻生首相が、これ以上逃げ回ることは許されない。補正予算を編成し、追加景気対策を決定したら、速やかに衆議院を解散し、総選挙を実施すべきである。有権者は「政権選択」の意味を正確に把握して、重大な判断を下さなければならない。日本の命運を定める総選挙になる。

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植草一秀の『知られざる真実』より転載

麻生政権◆嶌眄政策の中味」が最重要
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-0c58.html

「政権選択」選挙においては、「一般国民」の利益を優先する政治と、一般国民ではない「特定の利害関係者」の利益を優先する政治、のいずれを国民が選択するのかが問われる。


与党と野党の主張する政策方針の対立軸は以下の三点だ。


ー綟強食奨励VSセーフティーネット強化


官僚利権擁護VS官僚利権根絶


B佇椴貘鯵宛鬘孱喙主独立外交


 政府の活動を知るもっとも分かりやすい資料は「予算」である。財政資金をどのように調達し、財政資金をどのように配分するかを示すのが予算である。


 財政政策の機能には、〇餮伺枴、⊇蠧精栃配、7糞ぐ堕蟆宗△了阿弔あるとされている。経済用語にすると分かりにくくなるが、,匹里茲Δ並仂櫃忘眄資金を使うか、経済格差を政策がどのように調整するか、I垓径从に財政政策を活用するか、の三つの機能があるということだ。


 の「景気対策と財政運営」の問題について、二つの対立する考え方がある。ひとつは「景気対策は効果がなく、財政運営はひたすら緊縮に努め、財政赤字削減に努力すべきである」との考え方だ。これを私は「近視眼的財政均衡至上主義」と呼んできた。「財政再建原理主義」と言い換えることもできる。


 対立する考え方は、「国の役割は国民生活の安定であり、政府は必要に応じて財政政策を活用すべき。経済成長を維持することが財政再建には不可欠で、経済を無視した緊縮政策の強行は財政再建にも逆行する結果を招く」との考え方だ。


 私は後者の主張を貫いてきた。橋本政権が1997年度の「9兆円の負担増加策」を決めた時も、小泉政権が2001年度に超緊縮財政を強行した時も、私は「行き過ぎた緊縮財政は景気にも財政にも悪い結果を引き起こす」と警告した。実際に、ふたつのケースのいずれにおいても、警告通りの結果が生まれた。2001年度のケースでは、橋本元首相も小泉首相に警告を発したが、小泉氏は警告を無視した。


 小泉政権は結局、2001年度も、2002年度も5兆円の追加財源調達を含む大型補正予算編成に追い込まれた。偏向メディアが、「小泉政権は財政出動を実行せずに景気回復を実現した」との「大嘘」を流布しているが、小泉政権は2年連続で大型補正予算編成を実行している。


 麻生首相は、財政再建原理主義からの訣別を宣言した。また、自民党の中川秀直氏も同様だ。ただ、この主張は私が2001年の小泉政権発足当初から主張してきたもので、麻生氏も、中川氏も、「財政再建原理主義」から、私が主張してきた「経済成長重視主義」に「転向」したものである。


 麻生氏と中川氏は、小泉政権の中枢に座り続けた人物である。小泉氏に異を唱えて、自らの主張を貫いてきたわけではない。麻生氏は小泉政権が超緊縮財政を実行した2001年の小泉政権発足当初から2003年9月にかけて、自民党政調会長の職にあった。政調会長は自民党のおける政策決定の最高責任者である。小泉政権の政策決定責任者として麻生氏が小泉元首相の財政政策運営に強く反対した形跡はない。


 国民生活を重視して、小泉元首相と対峙してでも自らの主義主張を貫くような行動はまったく示されなかった。ひたすら小泉元首相に恭順の意を示して、小泉政権の政策に追従し、要職ポストを得ることに専心したのである。自己の政治的利益のためには原理原則をねじ曲げてしまう、「現世利益優先」の基本姿勢がうかがえる。


 財政政策運営において、「財政再建原理主義」を否定し、「経済成長重視主義」を唱える人々が増えてきたことは望ましいことだが、目先の自己の利害でくるくると変節する人物が多く、信頼することができない。福田政権の経済財政担当相だった大田弘子氏は、「財政政策を活用する国は存在しない」とまで言い切った。権力迎合のマスメディアも財政政策活用を全面批判し続けてきたのだから、麻生政権の景気対策を全面批判するのが順当だが、突然、筆鋒を鈍らせている。


 麻生首相が成長重視の主張を示したのに、私が麻生政権を支持しない理由のひとつは、麻生氏が「信念を貫くことより、ポストなどの現世利益を優先し、小泉政権の経済崩壊政策にすり寄り、加担した」ことだが、より重要な理由は「政府の役割」についての麻生氏の基本スタンスに同意できないことだ。


 「神州の泉」主宰者の高橋博彦氏が、麻生首相に対する不信感を表明されている。高橋氏は郵政民営化問題に対する麻生氏の基本姿勢に強い疑念を提示されている。小泉政権の「売国政策」を糾弾しなければならない、との視点から、私も高橋氏の主張に賛同する。国民新党の自見庄三郎議員が参議院での代表質問で指摘された極めて重大な問題については、改めて意見を提示する。


 「日本経済復活の会」の小野盛司会長は、「経済成長重視」の視点から、麻生氏が提示した方針を歓迎しており、この点については、私も理解できる。しかし、私は、財政の「資源配分機能」、「所得再分配機能」をより重視しており、「景気安定化機能」についての政策スタンスだけを理由に、麻生政権を支持することができない。


 財政活動は政府の行動の中核である。どのような政治理念に基づき、財政資金をどのように配分するかが、「政治そのもの」であると言っても過言ではない。「不況に際して財政政策を活用するかどうか」以上に、どのような理念の下に、どのような目的で「財政資金配分を実行するのか」が、「政治」を評価するうえで不可欠な視点である。


 財政出動をするのに、「不透明な利権に結びつく公共事業」を増額するのと、「子育て支援の給付金」を、ルールを定めて一律給付することは、まったく異なる効果を生み出す。「いくら使うか」以上に、「何にどのように使うか」が重要なのだ。


これまで何度か記述してきたように、政府支出を「裁量支出」と「プログラム支出」に区分することが可能だ。「裁量支出」は利権に結びつきやすい。政治屋と財政当局は「裁量支出」を強く選好する。「裁量支出」は、「さじ加減」で支出を決定できるから、「権力」=「利権」そのものになる。


これに対して、社会保障支出を中心とする「プログラム支出」は、制度を確定すると、制度にしたがって自動的に支出が実行される。透明な「プログラム支出」は「利権」に結びつきにくい。景気対策は透明性の高い「プログラム支出」を中心に実施するべきなのだ。


ガソリン価格急騰に伴う財政政策も、「ガソリン税暫定税率廃止」がもっとも透明で分かりやすい。漁業協同組合を介在させ、細かな基準を設定して補助金を配分する政策には、裁量と恣意が入り込みやすい。政治屋と財政当局は後者の手法を選好する。予算配分の「権力」=「利権」を手にできるからだ。


民主党が提案している諸施策は、「プログラム支出」を基軸にしている。「最低保障年金の全額税源化」、「年金制度一元化」、「子育て手当の支給」、「高速道路無料化」、「公立高校授業料無料化」、「私立高校授業料補助、大学学費補助」、「農家の戸別所得補償制度」などのいずれも、透明性を確保する「プログラム支出」に分類することができる。


破壊されたセーフティーネットを再構築する提案も多く示されている。「後期高齢者医療制度」をいったん廃止し、新しい高齢者の医療保障のあり方を検討するのは正しい手順だ。パートや派遣労働者の非正規雇用者の待遇を正規雇用者と同一にすることも、極めて重要な施策である。


財政政策で重要なことは、「透明な制度で施策を実行すること」と、「国民生活の安定を目的とする施策を実行すること」なのである。


自民党政治は、「市場原理主義」に基づき、「弱肉強食を奨励」し、「格差拡大を容認」し、「セーフティーネットの破壊」を推進するものだった。この施策に対する対極の政策が、「セーフティーネットの再構築、強化」、「高齢者、障害者、若者、労働者を支援し、これらの一般国民の生活を安定化させる施策の強化」なのだ。


日本経団連会員企業が2007年に実施した政党の政治団体に対する寄付総額を見ると、民主党への寄付が8320万円であったのに対し、自民党への寄付は29億1000万円だった。自民党が「大資本」の利益増大に向けての施策に熱心であるのは、自民党が「大資本」から「買収」される構造を有していることからすれば順当である。


また、麻生政権は日本政策金融公庫、日本政策投資銀行、国際協力銀行の、いわゆる「財務省天下り御三家」に対する、財務省からの天下り人事を全面的に擁護している。自民党総裁選でも「天下り利権排除」が大きな論点として提示されたにもかかわらず、麻生政権は「天下り利権」の完全擁護の姿勢を変えようとしていない。


麻生政権が「大資本」、「特権官僚」と癒着し、「大資本」と「特権官僚」の利益保護に軸足を置いていることがよく分かる。対極の政策は「大資本」と「特権官僚」の利権を排除して、「一般国民」の利益を重視する施策を実施することだ。民主党が提示した政策は、「一般国民」の利益重視を鮮明に示すものである。


「外交」の方針についての小沢一郎民主党代表の説明は明快だった。小沢氏は「日米同盟を日本外交の基軸に据える」ことを明確に示したうえで、「日米同盟を基軸に据えることは米国の言いなりになることではない」と述べた。小泉政権以来の自公政権が「米国の言いなり」になり、日本国民の利益ではなく、外国勢力の利益を優先して政策を運営してきたことを、根本から糺(ただ)す必要があることを強調した。


「セーフティーネットの再構築と強化」、「官僚利権の根絶」、「対米隷属を排除し自主独立外交を確立」、の三つの基本方針は麻生政権の基本方針に対する対論である。不況に際して財政政策を活用すべきは当然の判断であり、問題は政策の内容である。「誰のための政治であるか」が最も重要な視点だ。「政官業外電=悪徳ペンタゴン=利権互助会のための政治」を継続するのか、「一般国民の幸福実現のための政治」に転換するのか。「政権選択」で問われるのは、「CHANGE」を望むのか、いずれの政権を選択するのか、についての国民の判断である

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           (上)植草一秀氏
           (中)植草一秀著『知られざる真実』−勾留地にて−
           (下)雑談日記SOBAさん作成 http://soba.txt-nifty.com/zatudan/


植草一秀の『知られざる真実』
麻生政権 崟と官」癒着の構造
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-4007.html

「政官業外電=悪徳ペンタゴン」=「利権互助会」が利権を死守するため、政権交代阻止に向けて、総力を注いでいる。攻撃の対象は民主党である。次期総選挙を想定する場合、小沢一郎氏が民主党代表として陣頭指揮を執り、民主党が結束して選挙戦に臨むことが与党にとって最大の脅威になる。自民党は小沢一郎代表の求心力を低下させるための工作活動を仕掛け続けてきた。


昨年の福田政権下での大連立構想は、民主党が受け入れれば、脅威を取り込むことができ、民主党が大連立提案を拒否すれば、小沢氏の求心力を低下させることができた。小沢氏の影響力を低下させるための謀略であった可能性が高い。


日銀総裁人事では、福田政権の最後の提案であった渡辺博史氏元財務省財務官の副総裁起用案は、自民党が民主党内の工作を進め、民主党の国会同意人事検討委員会の了解を取り付けつつ、他方、小沢代表が財務省からの天下りに反対の意向を有しているとの感触をつかみ、小沢代表の影響力を排除する謀略として実行された可能性が高い。


NHKが単独インタビューの形態で小沢一郎氏を日曜討論に出演させ、渡辺氏人事案に反対の意向を語らせる一方で、民放では、テレビ朝日「サンデープロジェクト」が鳩山由紀夫民主党幹事長から渡辺氏人事容認と受け取れる言質を引き出した。小沢氏のNHKでの発言が民主党決定で否定されれば、小沢氏の影響力を排除できるとの謀略が画策されたものと考えられる。


複数候補による民主党代表選をメディアが執拗に誘導しようとしたのは、民主党代表選挙報道を通じて、小沢氏に対するネガティブ・キャンペーンを大々的に展開するためだった。対立候補が立候補すれば、必ず小沢氏批判と受け取れる発言を行う。報道は発言を針小棒大に報道し、小沢氏のイメージを徹底的に低下させようと待ち構えていた。また、財源問題、安全保障問題での党内対立を際立たせることが目的だった。


小沢代表の政治資金管理団体が不動産を所有していた問題も、小沢氏攻撃の材料として利用されている。新しい政治資金規正法では不動産の取得について規定が設けられたが、従来の法律には規定が存在していない。政治資金管理団体の不動産保有はまったく法的問題がないが、自民党は今後もこの問題を蒸し返す可能性がある。


すべての事項は、自民党が、小沢一郎氏が求心力を維持した民主党を心底恐れていることの表れである。政治権力に支配され、かつ迎合しているテレビメディアは、小沢氏のイメージを引き下げることに必死である。次の総理にふさわしいのは麻生氏か小沢氏かと質問すれば、就任直後の麻生氏の数字が高いのは当たり前である。この数字を引き合いに出して、「国民人気の低い小沢一郎氏」のプロパガンダを懸命に流布している。


10月1日付記事「麻生首相代表質問VS小沢代表所信表明演説」に記述したように、自民党が総選挙日程を先送りする意思を固めたのは、自民党による選挙区調査で自民惨敗の予想を得たからだ。自民党は60年余にわたり、日本の政治権力を欲しいままにしてきたが、いよいよ退場の時を迎えつつある。断末魔の叫びをあげている。


自民党が急速に支持を失いつつある背景を示すのが、「政官業外電=悪徳ペンタゴン」=「利権互助会」である。かつての自民党も本質は変わらなかったが、一部に「あいまいさ」を残していた。「自営業者」、「農林漁業従事者」、「大企業従業員」、「地方名士および土木建設業者」に利権の一部を配分し、自民党支持者として取り込んでいた。


しかし、小泉政権は「あいまいさ」をすべて除去し、「官業外電」の利権と自民党が直結する政治を実行した。「外」=「外国資本」を利権集団に明確に組み込んだのは小泉政権である。「外」に重心を強くシフトさせ過ぎた部分が「売国政策」として表面化した。


「電」=マスメディアを完全支配したのも、小泉政権だった。テレビメディアから正論を主張する言論人はほとんど排除された。とりわけ「NHKの偏向」は顕著になっている。政権交代が実現した場合、「NHKの解体的な抜本改革」が最優先課題のひとつに位置付けられなければならない。


小沢一郎代表が10月1日に衆議院本会議の代表質問を行い、民主党政権の所信を表明したが、民主党は「政官業外電の利権互助会」に正面から対峙する姿勢を鮮明に示した。経済活動の結果得られる果実は、「資本」と「労働」に分配される。「資本」に有利な政策は必然的に「労働」には不利なものになる。自民党政権は「大資本」の側に立つ政策を実行してきたが、民主党は明確に「働く国民」の利益重視のスタンスを採用した。


「労働」の利益のみを追求し、企業が全滅すれば「働く国民」も共倒れになる。「企業」と「労働」は共存しなければならないが、小泉政権以来の自民党政権は「資本」の利益だけを追求したと言って間違いない。


「弱肉強食奨励」の「市場原理主義」は「セーフティーネット破壊」の原動力でもあった。年金・医療・介護の社会保障、高齢者、障害者、子育て世帯、一般労働者、農林漁業従事者、中小企業、に対するセーフティーネットが破壊され、国民生活が根底から揺らいでいる。民主党の政権公約は「一般国民の生活を防衛することが政治の役割である」との政治理念を、具体的政策に形を変えて示したものである。


「大資本」、「外資」、「権力と癒着したマスメディア」の利害の対極に位置するのが「一般国民」の利害であり、政治の対立軸がこれほど鮮明に、明確に示されたことはかつてなかったと言ってよい。


麻生政権は「官」とも「利権互助会」で結合している。


その明白な証左が三つ明らかになっている。


第一は「日本政策金融公庫」が「天下りパラダイス」として発足したこと。


第二は「日本政策投資銀行」、「国際協力銀行」が「天下りパラダイス」として発足したこと。


第三は霞が関省庁が自民党の出先機関と化している動かぬ証拠が明らかになったことだ。


「日本政策金融公庫」は取締役22名のうち、11名が霞が関天下り官僚である。財務省元次官の細川興一氏、元財務官渡辺博史氏が副総裁に就任した。統合された各機関のプロパー職員出身の取締役は22名のうち6名にすぎない。


日本政策投資銀行、国際協力銀行についても、まったく同様だ。トップの総裁には民間人を起用しているが、実質的な権限は財務省天下り官僚の副総裁が握る。自民党総裁選で「霞が関をぶっ壊す」と、遠吠えのように叫んだ候補者がいたが、自民党は「特権官僚の天下り利権」を排除する考えをまったく持ち合わせていないことが、事実によって明らかにされた。


麻生政権が「官僚利権の排除」、「霞が関の無駄を排除したうえでの国民負担増加策検討」を主張するなら、まず、財務省から「日本政策金融公庫」、「日本政策投資銀行」、「国際協力銀行」への天下りを全面的に排除するべきだ。この三つの公的機関は「財務省の天下り御三家」なのである。民営化されれば、ますます国会の監視が届きにくくなる。財務省はJT(日本たばこ産業株式会社)においても、国民資産を利権の源として「天下り利権」を確保し続けている。


もうひとつの重大な問題は、野党から霞が関省庁への資料請求について、自民党が各省庁に対し、事前に自民党の国会対策委員会に相談せよとの要請をし、各省庁がその要請に従っていた事実だ。


三権分立に反する、重大な問題である。


国家公務員法は次の規定を置いている。


(政治的行為の制限)


第百二条  職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。



野党からの資料請求に対する対応を、与党に事前相談するのは、国家公務員法の「政治的行為の制限」規定に明白に違反する行為であると考えられる。日本国憲法にも抵触すると考えられる自民党の行動は、国会で厳しく追及されなければならない。


私が大蔵省財政金融研究所で研究官として勤務した1985年から87年にかけて、当時の中曽根政権が「売上税」を導入を国会にはかった。自民党が「売上税」導入の方針を決め、内閣が方針を閣議決定して、大蔵省は内閣の指揮の下で準備作業に取り組む。これが正しい手順である。


しかし、実際には自民党が発行した自民党と記載のある「売上税Q&A」と題するマニュアル本を、閣議決定よりもはるかに早い段階で執筆、制作したのは大蔵省だった。私の直属の上司は、「このような行動は憲法違反であるので、決して口外しないように」と私に注意した。上司の人物を特定することもできる。


霞が関と自民党は一体となって行動していたのだが、大蔵省官僚が明言したように、これは明らかに「憲法違反」である。


「政官業外電のペンタゴン」が癒着して、一般国民を不幸にする政治を一掃しなければならない。多くの国民が自分たちが粗末に扱われ、不幸にさせられているのに、自民党を支持している。国民は目を覚まさなければならない。目を覚まし、現実を直視すれば、何をすべきかが見えてくる。政治を国民の手に取り戻さなければならない。「官僚がすべてを仕切り、官僚の利権を温存する政治」が国民を不幸にしている。


政権交代を勝ち取り、「国民を幸福にする政治」を実現しなければならない。

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植草一秀の『知られざる真実』

米国金融安定化法案否決と新自由主義の終焉
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-c593.html

米国連邦議会下院は9月29日、最大7000億ドル(約75兆円)の不良資産を公的資金で買い取る金融安定化法案を否決した。法案否決を受けてNY株価は急落し、NYダウは前日比777ドル安の10,365ドルに下落した。




 「金融システムの安定確保」と「自己責任原則の貫徹」のバランスを取ることは難しい。金融機関が経営危機に直面するとしても、自由主義経済の下では、その責任は当事者に帰せられ、したがって、結果についても当事者が負うことが基本である。これが、「自己責任原則」だ。


 しかし、大規模な金融機関が破綻すると、株式市場では連鎖的な破綻予想が生まれ、株価急落が引き金となって、第二、第三の破綻が連鎖することが生じ得る。金融機関の破綻の連鎖は、一般事業会社の破綻を生み出す原因になる。破綻リスクが拡大すると、すべての企業の信用リスクが増大するから、資金を貸し出している金融機関は融資を回収しようとするし、新たな信用創造は途絶えることになる。


 企業破綻の連鎖、信用の収縮は、当然のことながら、経済活動の著しい縮小を招く。これらの経済金融の下方スパイラルを「金融恐慌」と表現する。米国経済は「金融恐慌」の扉を開いてしまった可能性がある。


 日本でも2003年に類似した状況に直面した。2001年4月に発足した小泉政権は、意図的な経済悪化誘導政策を実行した。日本経済は急激に悪化し、戦後最悪の不況に陥れられた。このなかで、竹中平蔵金融相は「大銀行の破綻も辞さず」との方針を提示した。


 日本の株価は順当に暴落した。2003年4月28日に、日経平均株価はバブル崩壊後最安値の7607円を記録した。小泉首相が所信表明演説を行った2001年5月7日の日経平均株価が14,529円だったから、ちょうど2年間で株価は半値に暴落した。


 株価が暴落した最大の原因は、「大銀行破綻容認」の政策方針だった。超緊縮財政政策で経済の急激な悪化を誘導しつつ、「大銀行破綻容認」の政策方針を示すなら、株価が暴落しないわけがない。「金融恐慌」の発生を誘導する危険極まりない政策運営だった。


 小泉政権は「りそな銀行」を「標的」に定め、2003年5月、「りそな銀行」が俎上(そじょう)に載せられた。小泉政権がそれまで示してきた「大銀行破綻容認」の政策が実行されていたなら、日本は「金融恐慌」に突入していた可能性が高い。


 だが、小泉政権は、土壇場で手の平を返した。預金保険法102条の「抜け穴規定」を使い、「りそな銀行」を2兆円の公的資金で救済した。「自己責任」の筆頭にあげられる「株主責任」を一切問わぬ「救済」を実行した。


 その結果、金融市場では「大銀行は公的資金で救済される」との認識が一斉に広がり、株価は急反発した。「金融恐慌」は回避されたが、「自己責任原則」は崩壊した。議会が正当に機能していたなら、議会は「自己責任原則」を崩壊させる「救済」を安易に容認しなかったはずだ。「金融恐慌」回避を目的に「救済」を認めるなら、内閣には「総辞職」が求められたはずである。


 このときに、小泉政権が総辞職していれば、日本の歴史は異なるものになっていた。「政権交代」も、より早く実現していたはずだ。「政権交代」は2008年にまで先送りされた。


 2003年5月、小泉政権の経済政策は「破綻」したのだ。「破綻」した経済政策を、存命させたのは「偏向メディア」だった。驚くことに、日本経済新聞は「自己責任原則」を崩壊させた経済政策を、「大胆な金融問題処理」と絶賛したのだ。


 私は詳細を拙著『知られざる真実−勾留地にて−』に記述した。小泉政権の「金融恐慌推進政策」の最大の「罪」は、一連の経過を小泉政権が意図的に誘導した可能性が濃厚であることだ。日本の資産価格を意図的に暴落させ、最終局面で「自己責任原則」を破壊して、急反発させる。この「シナリオ」を事前に知っていれば、「濡れ手に粟」の巨大利得を手にすることができる。


 小泉政権関係者、ならびに外国資本が、強大利得を得た疑いが濃厚なのだ。罪なき無数の日本国民が犠牲になった。戦後最悪の不況は、戦後最悪の倒産、失業、経済苦自殺を生み出した。政府が経済の安定的な成長を重視した政策運営を実行していれば、これらの人々は「地獄」に投げ込まれずに済んだのだ。


 国家的規模の「風説の流布」、「株価操縦」、「インサイダー取引」疑惑は濃厚に存在し、いまなお深い闇に覆われている。2002年9月から2004年3月までに、日本政府は「ドル買い為替介入」により、47兆円の国費を米国に提供した。「円安誘導」と「47兆円の資金提供」は、暴落させた日本の実物資産を「底値」で、しかも「円安」で外国資本に取得させるための行動であった疑いが強い。


 「売国政策」としか言いようのない政策が実行されたのである。私がいわれのない罪を問われているのは、この問題に対する追及の手を私が緩めなかったからであると感じている。



 話を本題に戻す。「金融システムの安定性」を守ることは重要だが、自由主義経済の下では、「自己責任原則」は最重要の規範として尊重される。日本で「自己責任原則」が踏みにじられても、大問題にならなかったのは、日本の民主主義と自由主義が極めて未熟な段階にあったからだ。客観的に論評すべき経済専門紙までが「経済政策の破綻」を「大胆な金融処理策」と絶賛したのだ。日本では「欺瞞」と「不正」の経済政策が大手を振って存続し続けた。


 米国では、責任処理を明確に伴わない「金融システム安定化策」を議会が簡単には容認しない。「サブプライムローン」の利用者が、端から住居を差し押さえられ、「サブプライム難民」と化して、流浪している。一般的な事業会社が倒産の危機に直面しても、救済の手は差し伸べられない。


 資産バブルの時代に栄華を極めた金融産業が、自己の責任で危機に直面した時に、責任追及を伴わずに救済されることは、「公正でない」との批判が登場するのは当然だ。1998年に米国政府がRTC(整理信託公社)を設立して、S&L金融危機を処理した際、1500億ドルの公的資金が問題解決に充当された。


 しかし、RTCの処理は、預金者保護と金融システム安定化を目的とし、S&Lは「破綻処理」され、S&L関係者の経営責任、刑事責任が厳格に追及された。今回、米国政府が提案した「金融安定化法案」は、「破綻前処理」である点で、S&L処理と決定的に異なっている。


 公的資金投入に際して、金融機関経営者の報酬制限などの措置が盛り込まれたが、責任処理としては、「手ぬるい」との批判が強まったと考えられる。米国は大統領選挙を控えており、劣勢にある共和党が、有権者の支持獲得を目的に、厳しい責任追及姿勢をアピールしたことも、法案が否決されたひとつの背景だ。


 「預金者を守る」政策には大義名分があるが、「株主を救済する」政策には大義名分が立ちにくい。「株式資金」は元々リスクマネーである。連鎖的な企業倒産の恐れが強くても、「株主」を救済する政策を是認する根拠を見出すことは難しい。この意味でも、2003年5月の「りそな銀行」の株主全面救済は「異常」な政策だった。


 政府による不良債権買い取りの条件を厳しくすれば、公的資金を投入する「金融安定化法案」が金融機関の経営危機を和らげる効果は縮小する。最終的には、修正された「金融安定化法案」は議会で可決されることになると考えられるが、修正された法案が金融市場の安定化にどこまで効力を発揮するかは不透明だ。米国を出発点として、金融不安の連鎖がグローバルに波及するリスクは一段と増大した可能性が高い。


 心より尊敬申し上げる副島隆彦先生が、三部作『ドル覇権の崩壊』、『連鎖する大暴落』、『恐慌前夜』で、予言されてきた通りの変動が現実のものになりつつある。米国金融市場の今後の波乱から目を離せない状況になった。


 「市場原理主義の失敗」が表面化していると考えるのが正しい。「市場原理主義」は三つの問題点を内包していた。


 峪埔豸桐は正義」との錯覚


◆峪埔譽瓮ニズム」への過信


「人間性疎外」の罠


である。


  峪埔豸桐」に委ねることは、「弱肉強食の奨励」と言い換えることができる。小泉政権が推進した「市場原理主義=弱肉強食奨励=セーフティーネット破壊=格差拡大」の政策は、社会の「二極分化」を生み、「強者」と「弱者」の決定的な対立を生み出す。両者の対立が不幸な結論を生み出す原因にもなる。


 金融技術の発展を「市場メカニズム」への無条件での信頼に基づいて放置したことが、今日の金融市場大波乱の原因になっている。先物、オプションなどの「金融派生商品=デリバティブ」の取引拡大が、金融市場の混乱を拡大させている。「投機」の増大は「金融市場安定化」をもたらすとの学説が存在するが、現実には、移ろいやすい「投機」の増大が、市場変動を拡大させる側面が強くなっている。


 金融は実体経済を補完する「従者」に位置付けられるべきものだ。それが、金融取引だけが突出して拡大し、実体経済を逆に振り回す現状を生み出している。「市場メカニズム」への過度の信頼が、「経済のカジノ化」を生み出し、経済不安定化の原因になっている。


 「人間性疎外」の罠とは、本来、人間が責任をもって営んでいた業務が、細分化され、「人間性」が介在する余地が縮小し、「人間性の疎外」=「無機化」することによって問題を引き起こすことを指す。


 住宅ローンは、本来、資金の貸し手が、資金の借り手や取得予定不動産を点検し、貸し手と借り手の信頼関係により、実行されるべきものだ。金融機関が自己の責任で、信頼関係をベースに業務を実施してきたなら、米国のサブプライムローン問題は起こり得なかった。


 サブプライムローンが証券化商品に組み込まれて転売される。サブプライムローンの組成者は、ローンを組むことだけが仕事であり、ローンの行く末など微塵(みじん)も考えない。「ローンを組むビジネス」から、人間性が疎外されているのだ。


 二極分化した社会では、問題が表面化した時に、「金融システムを守るために公的資金投入を認める」合意は成立し難くなる。「強者」に搾取(さくしゅ)され続けた「弱者」は、「強者」を救済する問題解決策に、簡単には同意できないからだ。


 米国発の金融市場混乱がグローバルに波及する最終到達点について、楽観的見通しを安易に提示できない状況が生じている。日本も深刻な影響を免れないと思われる。


 金融市場の混乱は「新自由主義の終焉」を意味するものと考えられる。


 峪埔豸桐主義」から「セーフティーネット・共生」重視へ


∧胴馗表勝κ胴駑貘亜覆譴い召)の見直し、


が強く求められている。米国の国民は政治の「CHANGE」を希望するだろう。日本でも、政治を「CHANGE」し、新しい「共生社会」を創り出すことが必要だ。そのための「政権交代」が求められる。

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小泉の政界引退報道が連日マスゴミを賑わしている。
やはり権力を手放した時点で引退のタイミングを見計らっていたと、自ら語っていた。
すでにこの日を想定して息子に地盤を譲り渡す為の準備をしていたようだが、「改革」を叫び続けていた男が、自民党の悪しき慣習を利用して世襲準備に余念がなかったとは、ふざけた話ではないか。

権力の提灯持ちで有名な評論家・三宅久之にまで「次男への世襲は失望。小泉氏は自身が真の改革者でないことを露呈してしまった。」 とこのように言われる始末だ。
小泉改革なるものが、いかに欺瞞に満ちた偽改革であることの馬脚を現した引退声明でもあった。

小泉人気なるものは虚像であって、小泉なる政治家の本性を隠すことを意図に、実態とかけ離れた政治家のイメージをマスゴミを利用して作り上げた言わば「つくられた人気」でしかなかった。
この虚飾された人気を利用して、権力と言う武器を振りかざし、批判する者達を小泉改革を邪魔する抵抗勢力だと片っ端から粛清していった。

キチガイに刃物じゃないが物事の本質を理解し、冷静な判断と思考の出来ない中身のない男に権力を握らせたらどのような社会に陥っていくか、それを知らしめるには十分だった。
良識ある言論人や政治家は、小泉改革の正体を見破って早い段階から警鐘を鳴らされてきたが、言論人の多くは権力に取り込まれ、マスゴミによってつくられた小泉人気に多くの国民は喝采し、支持する中で良識ある人々の声は次第にかき消されていった。

小泉純一郎と言う人間の本性を知る意味で重要な記事を一つ紹介したい。
この記事は小泉政権誕生直後に「週刊現代」が取上げた、小泉の素顔に関する記事である。


小泉純一郎の冷酷な素顔。妊娠中の妻を捨てる!小泉首相は二重人格者か!?

昨年(2000年当時)11月の「加藤の乱」のとき小泉純一郎は、「森政権を死んでも支える」と言って日本史上最悪の宰相・森喜朗を支え、盟友である加藤を切って捨てた。半年後の4月末、今度は前言を翻して森首相(当時)を放っぽり出し、「改革」をブチ挙げてスターダムにのし上がり、見事宰相の座を手にした。その後の国民的人気は、改めて言うまでもない。

 本来なら「変節の政治家」として、その資質が問われて当然のはずの小泉だが、なぜか、これまで問われることなく、「変節」ならぬ「変革」の旗手として国民に受け入れられている。だが、この人物は本当に物事を理解し、真剣に考えたことがあるのだろうか。

 沖縄県北谷町で起きた米兵の女性レイプ事件で、小泉は訪問先のロンドンで次のように発言した。

「あまり、ギスギスしないように、国民感情をよく理解して、当局が冷静に話し合って解決に導いてほしい」

 ギスギスするなとは、どういうことか。暴行された女性に対し、これでは酷すぎるのではないか。

 5月14日の衆院予算委員会で、小泉は次のように語っている。

「構造改革を進める上で、当然、痛みを伴う事態が生じる。分かりやすく言えば、職を失う人が出てくる。人間は必ずどこかで失敗する。失業という失敗を恐れるのではなく、失敗でくじけてはいけない」

 では、小泉は政治家として、いや人間として、どのような「痛み」を体験したというのか。倒産や失業で路頭に迷っている国民の、何を理解しているのか。これ以上、痛めつけることへのためらいはないのだろうか…。

 言葉や言い回しで真剣に見せかけているが、中身はチャランポラン。すべてにパフォーマンスが優先され、その内容は空虚といっていいのではないか。何もない。この男はいったい何者なのか。平成の改革者なのか。それとも、遅れてきたヒトラーなのか。

 いま国民は愚昧な森政権時代のPTSD(心的外傷後ストレス障害)で、現実から目を背け、小泉のすべてを受け入れようとしている。だが、待て。この男は本当に信用できるのか。信用できるというのなら、次の問いに対して説明できる人間が、この国に何人いるだろう。

 小泉はなぜ、妊娠中の妻を捨てることができたのか。なぜ、生まれてきたわが子に会おうともしなかったのか。男として、人間として、なぜこんな酷いことが平気でできたのか…。

 小泉という「怪物」を理解するためには、この問いに対する答えが、もっとも重要なヒントになる。取材をしてみて、私はそう実感した。正直に言おう。この人は普通ではない。そして普通ではない恐ろしい理由がある。(「週刊現代」2001年7月21日号記事より)

▲冷酷な小泉政権 既に国民10万人が自殺 (引用ここまで)


小泉政権発足当時、小泉純一郎の若かりし頃の行状がインターネットで話題になった。
●学生の頃引き起こした婦女暴行事件、
●婦女暴行事件直後に精神分裂症で精神病院に入院していた事、
●愛人にしていた芸者さんの謎の死、

この犯罪性を含んだ行状を単なる噂話と捉えるか、私のように小泉ならやりかねないと思うか、目にした人の判断に委ねるが、この行状を知っているのは姉の信子、弟の正也等小泉家と小泉の首席秘書官飯島だけだと言われている。
又小泉は国家権力を使った犯罪疑惑も指摘されている。

本日エントリー記事の中で植草一秀氏は次のような指摘をしている。

日本の資産価格が暴落したのは極めて順当だった。問題は、「大銀行破たんも辞さず」の方針が、最終局面で放棄されたことだ。小泉政権は「りそな銀行」を2兆円の公的資金投入により「救済」したのだ。小泉政権は金融行政における「自己責任原則」を完全に放棄した。

詳細を拙著『知られざる真実−勾留地にて−』に記述したので、是非一読賜りたいが、国家規模での犯罪的行為が実行された疑いが濃厚なのだ。小泉政権は「対日直接投資倍増計画」を国際公約として、外国資本による日本資産取得を全面支援した。(引用終り)

小泉・竹中の経済政策に反対し、上記に掲げた理由から国家的犯罪の疑いがあると指摘した植草氏を国策捜査によって、葬り去ろうと画策したのが一連の「植草痴漢事件」だ。
権力を使って警察−検察−裁判所にまで影響力を行使し、マスゴミを動かし世論誘導を仕掛ける、正に国家規模での犯罪的行為を覆い隠す為の国策捜査によって引き起こされた事件なのである。

鬼畜権力者小泉と権謀術数に長けた飯島、そして狂信的カルト宗教が一体となって闇から闇へと葬り去られた事件、事故は数多くあると思っている。
国民的人気の影でマスゴミが口を閉ざし、報道してこなかったことで小泉純一郎と言う男の冷酷・無情の本性がこれまで明らかにされることはなかった。
このような男を真の改革者の如く祭り上げた腐れマスゴミと浮かれ続けたアホな国民達よ、もっと現実を直視せよ!冷酷・無慈悲な鬼畜小泉が改革と称し行った政策を!

竹中が逃げ、飯島が逃げ、海の向こうではブッシューが権力の座から降りる、そして小泉が政界引退、
世界を食い物にし、日本を食い物にした連中の時代が幕を閉じようとしている。
この連中どもによって世界で日本で多くの人達が犠牲になって、苦しみの中にあっても生きようと努力している。
小泉改革によって多くの人達が、自殺に追い込まれ、命を落としている。
将来への希望を見出せない人達が、生と死の運命を背負いながら今日一日を精一杯生きようと努力している。

小泉純一郎にとって国民の苦しみや痛みなど眼中にないのだろう。
小泉家を守っていくためにどうしたらいいか、どの時期にどういったタイミングで引退を表明することが、息子を世襲するに有利かそのことで頭の中は一杯なだけだ。

日本の指導者に前代未聞の詐欺師を迎え入れたことは、日本の不幸ではあったがまだやり直しは出来る。資質のない人物を人気だけで日本の指導者に迎え入れると、日本の政治がとんでもない方向に行くことを国民は学んだはずだ。

解散総選挙が近づいている、日本の政治を大きく変える政権選択選挙となる。
小泉政治の隠された大きな闇が暴かれるとしたら、政権交代によってのみだ!
薄ら笑いを浮かべる小泉の本性が晒されるとしたら、それは政権交代が起きた時だ。

国民は小泉の逃げ得を許すわけにはいかない!

小泉に関しては9月13日にも下記のタイトルで記事にしてますので
宜しく。
【暴力行為が一回だけ許されるなら思いを込めて小泉に拳を挙げたい!】
http://blogs.yahoo.co.jp/posutoman21/44547039.html

小泉政権と対峙してこられた植草一秀氏が「小泉改革の評価」と題して、小泉政権を知る上で重要な記事を書いておられるのでまだ読んでない人は、是非読まれることを切望する。




植草一秀の『知られざる真実』

「小泉改革」の評価
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-1746.html

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