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2009年 2月 4日 モモは7歳 で 亡くなりました。 この1枚目の写真は 亡くなる前日2月3日 節分の日に撮った写真です。 これが最後のモモの写真になるとは夢にも思わなかったです。 この写真を撮って夜勤に仕事に行く前に体をさすって『明日病院いこうなぁ』と 告げたのが 最後の言葉でした。 次の4日の朝、妻から電話があり、モモが亡くなっていると聞き 泣きながら帰りました。 次の日 モモの好きな服を着せて 、 モモの事が大好きな息子が 描いた モモの似顔絵と一緒に 天国に送りました。 2週間前のことです。 散歩から元気に帰ってきたのですが、その後嘔吐して 震えて、何か変なものでも食べたのかと思っていましたが、震えが泊まらず、 日曜日だったので、行きつけではない病院に連れて行ったのですが、体温が高いとの事 で点滴と抗生物質の薬で様子を見てくださいとのことでした。また運悪くモモの生理が 始まっていたのです。 それからモモは少しは元気になって散歩にも行きましたが、今度は下痢の症状が 出てきました。 最初の病院での薬がなくなったため、行きつけの病院に行きました。 私の説明が悪かったのかも分かりませんが、下痢の症状を先生に連絡しました。 便も見てもらったのですが、腸炎の症状で下痢になっているとのことで 腸炎の薬をもらいましたが、今度はモモが薬を食べてくれなくて… その頃からです、生理の血が真っ赤になって 大量に出てきました。 仕事の関係で直ぐに病院に連れて行けず、飲まず 食わずで3日ぐらい 経って病院にいきました。段々モモは痩せていきました。 フラフラになりながらも最後に息子と3人で散歩にいきました。 再度病院にいったら、子宮に大量の血が溜まっているとのことで 手術で子宮を摘出すればいいのだが 今の状態では血が止まらないかも、また血液に黄だんのようなものもでているとのこと (腎臓の機能が低下して尿に出なければならない老廃物が血液に混ざっている)で 今の状態では非常に危険で、手術に耐える体力がないとのことでした。 その日はまた色々な点滴をしてもらいその 黄だんが落ち着いたら手術しましょうと いわれ 、次の日に病院にいくつもりでした。 その日子供と節分の豆まきをしました。 そういえばいつもはモモが鬼役で鬼のお面を つけてくれてましたが、モモは元気がなく、 ただ僕らの声を聞いていたと思います。 モモはあの時何をかんがえていたのかな? 苦しかったろうな… 悔やんでも悔やみきれないけど もっと もっと早く 病院につれていけばよかった。 もっと 遊んであげたら… 2001年7月19日モモは産まれました。 子供がいなかった僕らには 子供代わりで どこに行くのも一緒でした。 子供が産まれてからはモモの居場所は追いやられて段々狭くなって… でもモモは僕らのかけがえのない存在です。 息子にも 娘にとっても… 今はモモの写真を見て 1歳2ヶ月の娘は 『ワンワン』と話しかけています。 3歳4ヶ月の息子は 『モモ死んだな』と言っていますがその意味は 理解していないみたいです。 『モモは星になった』そう言い聞かせいますが 『まだ帰ってこないなぁ』 『早く散歩いこ〜』っていってます。 でも二人の心の中には モモの存在が残っています。 モモが星になってから少し日が経ちましたが、まだ家の隅には モモの生きていた証 毛が出できます。 朝起きたり、仕事から帰ってきても モモの部屋をのぞいてしまう自分がいます。 モモ 今まで ありがとう これからも 家族4人をみまもって いてね 最後に見てやってください 僕らの部屋に飾っているモモのかわいい写真です。 |

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