私の中で神話が崩れた「熊本地震」。
前震といわれる最初の揺れでは、食器や本などが壊れたり散らばったり。
びっくりはしたけど、後始末が面倒だなぁ〜というかんじだった。
しかし、翌日の本震では深夜のことだったので、何が起きたのか???
とりあえず、外に避難するしかなかったのだけど、停電で真っ暗な中。
足の踏み場もなく、懐中電灯を頼りにモノを乗り越えて外に出る。
外に出るのにも、玄関ドアは開かない。
息子が体当たり!!!
どうにか外の階段を一段づつ・・・。
我が家はマンションの7階。
とりあえず、車で前のショッピングモールの駐車場へ。
続々と車が避難してくる。
約、1200名ほどの人々が避難していたと、後で知った。
直下型の地震というのは最初に「ドンッ!」と突き上げるような体感と音。
その後で揺れがくる。
嫌な感じだ!
その後、車中泊2週間。
電気はすぐについたが、水はそれから1ヶ月かかった。
その間、個人・自衛隊・熊本市等の支援で助けられる。
わがマンションでも炊き出ししたり、支援物資の分配をしたり・・・なかなか忙しい日々だった。
夜は小さなラジオに耳を傾け、大笑いしたこともあった。
毛布、1枚を持ち出せたので、息子と二人包まって眠った。
その間も余震は続く。
ちなみに余震の数は2000回を超え、ギネス並み(笑)
不思議なことに私は「恐怖」と言うものは感じなかった。
結構、平静で・・・どこかで面白がってたような気がする。
もう一度、体験するかと問われたら、もちろんお断りするけど。(笑)
避難生活で一番困ることはトイレ事情。
ショッピングモールが仮設トイレを設置してくれたのは嬉しかった。
それまでは10〜15分ほど歩いて、熊本日赤病院まで借りに行った。
仲良しさんと「そろそろ、行こうか!?」なんて誘い合って行ったのも懐かしい。
非常時というのは人間性が垣間見える。
人の暖かさや醜さ。
そういうのを経験すると、日常と変わらない自分で居たいとつくづく思った。
お風呂を貸してくれた友人知人(郊外の被害の少なかった人たち)。
温泉に連れて行ってくれた友人。
給水車からの水を貰って、一度沸かして冷まして持ってきてくれた友人。
その人自体も被災していたのに、食べ物を持って来てくれた友人。
心配してお見舞いを遠くから送ってくれた友人たち。
このような暖かさに包まれ、支えられた日々。
一人じゃないんだと心強く思えた日々。
ここから、私の新たな神話が始まる。
テレビでは放送されない多くの被災者や被害があります。
復興もまだまだ始まったばかりで、何も出来ていない家屋もたくさんあります。
我がマンションも何も始まっていません。
玄関ドアの鍵がかけられず、チェーンで凌いでいる部屋もたくさんです。
我が家では開閉時すごい音がするけど、どうにか鍵はかけられます。
他所に比べたら、まだマシな方。
なんせ・・・大規模半壊だったのですから。
何年かかるかわからないけど、基礎部分は大丈夫だったので修復していきます。
長々と書いてみましたが、書き足りないことがいっぱいです。
今まで、テレビの中で見てた避難生活というのを体験して、やっとその大変さを知りました。
実際に経験しないとわからないものです。
支援物資の中には東北の方々からのもあり、的を得たモノでした。
支えて下さった皆様、本当にありがとう。心より感謝しております。