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平成16年3月14日 予てより狙っていた三ツ峠に1泊で登った。山頂に山小屋「三ツ峠山荘」があるので其処に1泊して夕方と朝の富士山を狙うものである。お天気は快晴で、河口湖駅からタクシーで標高1300Mの登山口まで行き、6本歯のアイゼンを装着して午前11時過ぎから歩き始めた。お天気続きで積雪は無く幅の広い歩き易い登山道をゆっくり進んだ。山小屋へ食料品などを運ぶ為の車が通る道なので歩き易いわけである。4,50分でベンチのある休憩所に到着、そこで昼食のおむすびを食べ一休み。 12時半ごろ出発、標高が上がるにつれ雪道になってきたが固く凍っていてアイゼンでさくさくと踏みしめて進む。大分登って来たなと思う頃、道が二手に別れているので右の方を選び登る。少し進むと眺望が開けた稜線に出て富士山が見えてきた。三ツ峠山荘の直ぐ下、木無山の稜線で富士山がはっきり見えていた。撮影ポイントなどを見ながら一息入れ、直ぐ上の山荘に入る。午後1時半頃で思ったよりも早く着いた。山荘には主人の中村光吉さんと宿泊客が一人、もっと混んでいるかと思ったが意外と空いていた。 一休みして外へ出てみると山荘の前に富士山を眺める展望台があり、三脚を立てるのに絶好の場所なので夕方の撮影用にセットする。 3月14日 午後5時50分 夕方の富士 (日没は午後5時52分) 夕食後、泊り客2人だけのだだっ広い山荘の奥の部屋に一人で寝る。標高1700Mの山小屋でさすがに未だ冷え込みは強くコタツのスイッチを入れて足を暖めながら寝る。 翌朝、5時前に起き仕度をして外へ出ると、空は満点の星空、三日月も輝き、眼下には河口湖の夜景が広がり、其の先に富士山が暗い中にうっすらと姿を見せていた。 3月15日 午前5時半 バルブ撮影(63秒)で1枚 もう一人の宿泊客も起きてきてカメラをセット、山荘の中村さんも出てきて今朝は良い眺めだと見惚れる。
午前5時40分 日の出が近づき次第に明るさが増してきた。月齢23.7の三日月が輝いていた。
日の出午前5時56分〜午前6時 朝焼け富士 山頂を雲が流れ朝焼けに染まる。 雲が次々流れてきて山頂をかすめて行き絶好の光景が展開する。 続けて写して居たかったが、山荘の主人が朝食を済ましてくれと呼びに着たので止むを得ず二人で山荘に戻る。 午前7時半過ぎ、朝食を済ませて急ぎカメラに戻る。かさ雲が富士山にかかっていた。 その後、下から雲海が上がってきて富士山は雲海の上に頭を出す。 初めての三ツ峠撮影登山で絶好の光景に恵まれ最高に付いていた。
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富士を見る山歩き12年-16/3
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平成15年1月1日 大菩薩峠からの富士山の写真を撮りたいと思い、峠の介山荘に1泊の計画で出かけた。朝から快晴で中央線塩山駅からタクシーで登山口まで行き9時半頃から登り始めた。秋口までは上日川峠まで車で行けるが冬は車は入れない為登山口から歩く事になる。慣れない山登りで雪道を6本歯のアイゼンで1歩1歩進み、11時半過ぎやっと上日川峠に着く。此処で昼食を摂ろうと峠の茶屋に入ろうとしたら、茶屋の主人が飛び出してきて目を三角にして「アイゼンを着けたままで入っては駄目だ」と怒鳴るので、中へは入らず外のベンチに腰を下ろして持参のおむすびを食べる。暖かい豚汁はお預けになった。アイゼンをつけたままで木の床に上がると床に歯の跡の穴が開き、氷点下に凍ったとき穴の水分が氷結して床を傷める為、アイゼンを外して上がるのが心がけであるのを知らなかったばかりに叱られたものだった。4,50分休憩して12時半頃出発、介山荘を目指す。次第に足が重く感じる様になり速度が落ち、後の人達にどんどん追い越されてしまう。カメラ機材20数キロと防寒具などを大きなリュックに入れて背負い、三脚も肩から担いでの歩きで、午後3時前やっとの思いで何とか大菩薩峠に到着、介山荘に入る。 夕方、夕焼けの富士を写そうと仕度をして外に出たが、残念ながら富士は見えず、東の方に雲取山が夕日に染まっていた。 15年1月1日夕方 雲取山の方は夕焼けに染まっていた。 撮影後、山小屋に入ると満員の盛況で夕食が始っていてお正月の新年会をかねて賑やかな夕食会だった。 その際、山小屋の主人から昨年9月に皇太子殿下と雅子さんが大菩薩峠を登山したときの話があり、上日川峠にトイレが改築された事や数ヶ月前から下調べがあった事、当日の入山制限や介山荘のトイレを雅子さんが利用した事など裏話を語ってくれた。食後、バックを食堂に置き二階の部屋ですし詰めの中で寝る。 1月2日朝、日の出は6時55分。朝焼けの富士が目的なので6時ごろから仕度して外に出て見ると、夜中のうちに雪が積もったと見えて山小屋の周りは新雪が積もり、昨日の足跡は消えてしまっていた。 膝まで来る雪を掻き分け富士山の見える位置まで少し登り三脚をセット、日の出を待つ。 1月2日朝 6時50分 日の出前の富士山。 6時55分、東の方に朝日が出て来るところだったので向きを変えて1枚。
元へ戻って、富士山が朝焼けに染まり始めるのを写す。
朝食の為山小屋に戻り、その後、再び外へ出て写す。 快晴で塩山市内から南アルプスが一望の元に見渡せた。 当初、頂上の大菩薩嶺まで登る積りであったが雪が深そうだったので諦めて下山する事にした。 大菩薩峠の標識 峠道の周りの木は霧氷に覆われて真っ白になっていた。 下りは楽で雪道をさくさくと踏みしめ、昼過ぎには登山口に着きバスで塩山駅に行き帰る。
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平成13年2月2日(土)先月の金時山に続き本で調べた高川山へ行く。高川山は中央線大月駅の隣の初狩駅から約2時間の登りとあり、駅の傍の民宿に泊って朝夕2度登る事にした。中央線高尾駅を過ぎて大月に向かう途中雪が降ってきて、雪の中の山登りとなっては大変だなと心配したが初狩駅に着く頃には雪も上がり晴れてきたので一安心。駅前で腹ごしらえをして民宿にチェックインを済ませてから登り始めた。登山道は先日来の積雪で30〜40センチも積もっていて歩くのが大変だったが足跡が残っていたので其れを頼りに登った。午後3時ごろ山頂に到着してみると雪雲が風で飛ばされて富士山は雲の上に頭を出していた。 2月2日 午後4時 日没(午後4時47分)迄粘って、5時頃下山。 2月3日 AM3時起床、3時半出発、真っ暗の雪道を登る。上空は風が強く、晴れ渡って星が煌いていた。途中、ヘッドランプのバッテリーが無くなり予備の懐中電灯を口に咥えて電池を交換する。2時間かかって山頂に到着。山頂は強風が吹き快晴で富士がくっきりと見えていた。風で三脚も揺れる状態の中で手で押さえながら撮影する。 2月3日午前6時10分
午前6時55分 日の出
午前7時過ぎ
富士山を撮り終えて反対側の北側を写す。 午前7時半、撮影を終えて下山。登山口ではこれから登ろうとする人達がアイゼンなどの仕度をしているところだった。
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平成13年1月、正月休み明けの6日(土)、7日(日)を利用して1泊2日で金時山へ行く。夕焼けの富士山と、朝焼けの富士山を写したい為山頂に宿泊できる山小屋があればよいのだが、山頂に無い場合は麓の民宿などを利用して朝夕2度登る事になる。金時山は山頂に有るのは茶店で宿泊は出来ないので麓の仙石原の民宿「やまぼうし」を予約して出かけた。 1月6日、新宿西口から小田急高速バスを利用して乙女峠登山口で下車、30分ほどの登りで午後1時45分乙女峠着、峠の茶店で昼食をと思っていたら茶店が無く昼食を用意していなかった為空腹のまま長尾山経由で標高1213Mの金時山に午後3時着。山頂には2軒の茶店が有り、NHKテレビで見た金時娘(70歳を超えた名物おばあさん)のいる「金時茶屋」へ入る。やっと腹ごしらえを終えて外へ出て富士山を見るが、肝心の富士は雲に隠れて見えない。 1月6日午後4時 富士山方向 仙石原、芦ノ湖方面の眺め 西側、乙女峠、夕日の沈む方向 日没は午後4時47分、残念ながら夕焼けの富士山は見られなかったので足元の明るさが残る4時30分過ぎに山を下りる。来た道を下る積りだったが、金時娘から「やまぼうし」に泊るのなら反対側の矢倉沢経由が近道と教わり下りた。教えられた通り1時間ほどで宿に到着できた。 1月7日、この日の日の出時刻は午前6時55分。日の出の1時間以上前には山頂に着きたかったので3時半起床、4時には宿を出発し金時神社経由山頂を目指す。未だ真っ暗の中、ヘッドランプを頼りに初めての山道を1歩1歩登る。空には満点の星が瞬き、此れなら富士山は大丈夫だろうと勇躍して山頂を目指して行った。5時半前には山頂に到着。昨日のルートよりも近道で助かった。山頂では金時茶屋が灯りが点いていて入ってみると金時娘が既に起きていてお茶を入れてくれた。機材など20数キロを担いできたので体からもうもうと湯気が立ち登り、氷点下の気温なのに汗が暫らく止まらない。 其のうちにもう一人湯気を上げながら登って来た。聞いてみると麓に住む人で毎朝出勤前に登っているとの事。その人は直ぐに下りて行った。 朝食代わりにぜんざいと熱い蕎麦で腹ごしらえをして外へ出て撮影に取り掛かる。 午前6時、御殿場市内の夜景と富士山 午前6時15分、相模湾方向 午前6時50分過ぎ、朝日に染まる富士山 朝夕2度の山登り、初めての事だったが初心者コースの山だったので無難に出来、何とか朝焼けの富士も写す事が出来た。
此れを手始めに、今後、富士の見える手ごろな山を登ってみる事にする。 |
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都内から富士山を眺めると手前に丹沢の山並みがあり富士山は上の方しか見えない。都内から丹沢の一番手前にある大山は標高1251M、中腹の700Mにある大山阿夫利神社下社まではバスとケーブルを乗り継いで行けるので夕焼けの富士を写して日没後に下って日帰りできると思い出かけることにした。 平成12年12月16日 朝から冬晴れの好天気で、小田急伊勢原駅からバスとケーブルを乗り継いで午後1時半過ぎに大山下社に到着。山頂目指して登り始める。山登りの経験はあまり無く機材を担いでの登山で、背中に担いだバックのほかに左右の肩に三脚やバックを掛けて登っていたが、左右のバックが足にぶつかり登りの邪魔になり困った。大きなリュックにまとめて背負う事が必要と反省。直ぐに汗だくになり綿製のジャンバーを脱いでバックに入れる。綿製では重く汗を吸い山登りには不向きと知る。 この後、帰ってから大き目のリュックと発汗性高いのゴアテックスのジャンバーを購入し。 登りは思ったよりも急斜面で木の根が階段状に絡み合った登山道を1歩1歩登り、途中、富士山の見晴らしの良い富士見台(1062M)に出る。一息入れて上へ行き、3時ごろ頂上に着く。初めて来た山頂は阿夫利神社奥社が建ち正面からは富士山が見えない。無人で登山者もいない為誰にも聞く事が出来ずこのままでは富士山を写せないと焦ってしまい、慌てて先ほど見た富士見台に戻る事にする。 平成12年12月16日 午後3時30分 大山富士見台
午後4時20分
午後4時25分 午後4時30分 この日、日没午後4時30分、次第に夕闇が迫る中をヘッドランプを頼りに急いで下りる。下社に着くとケーブルは既に終了しており已むを得ず石の階段を下りる。慣れない急な山道の登り下りで膝が傷み1段1段やっとの思いで下る。バス停に着くとバスが着いていたのでホット救われた思いで乗って帰る。
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