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最近、「低みに昇る」という言葉が頭に浮かんでくる。この言葉は、確か、山谷伝道をされた牧師先生が使われたものだと記憶しているが、定かではない。どなたか、明確な記憶をお持ちの方がいらっしゃったら教えて頂きたい。普通は、「低み」とくれば「降る」という言葉が妥当な言葉の並びだと思うが、この「低みに昇る」という言葉を用いた方は、「低み」こそ実は「高み」なのだという逆説を語られているのである。言うまでもないことだが、「わが神、わが神、なにゆえ私をお見捨てになったのですか」と絶叫されたイエス・キリストの歩みも、この「低みに昇る」人生だったのだ。私たちは、「高みに昇る」ことに一生懸命になってはいないだろうか?イエスの言葉にあるように、「偉くなりたい者は仕える者となりなさい」という言葉に従っているだろうか?今、日本は岐路に立っている。この時、あなたは「低みに昇る道」を選ぼうとしているか?それとも、「高みに昇ろうという道」を選ぼうとしているか?しばらく立ち止まって考えてみてほしい。
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