「万葉仮名の六十二個」の一音節語の解説コーナー。

日本語の意味論「日本語の意味の構造」の理論を展開!

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✿絵を見ると今の相撲との相違が判る。
 
四本柱の内側に、脇差を帯びた審判が居る。
関取のサガリが、本数が多く、縮れて短い。
露天の客席は御簾張りである。
行事は脇差に手をかけて仕切りをしている。
関取衆は大勢、客席より一段高い席に大勢詰めている。
女相撲の土俵は、俵の形が異なる。他にも異なりがある。

✿ 『日本書紀』の雄略天皇13年(469年)には、秋九月、雄略天皇が二人の采女(女官)に命じて褌を付けさせ、自らの事を豪語する工匠猪名部真根の目前で「相撲」をとらせたと書かれている。これは記録に見える最古の女相撲であり、これが記録上の「相撲」という文字の初出でもある。

■ 古代は「相撲」を「すまゐ」と言った。「す・素裸+まゐ・参ゐ」の意味構造である。
 つまり、「素っ裸で、尊貴なる場所へ参上・蹲踞(そんきょ)すること」。土俵は神様の降臨する場所なのである。春場所・夏場所は、神様が相撲を見守る場所なのである。武器を持たずに一対一の武闘が行われる場所なのである。戦いの前に二人は向かい合って裸で蹲踞する姿が「すまゐ」の儀式なのである。

◆ 日本書紀に「たぎまのくえはや・當摩蹶速」と「のみのすくね・野見宿禰」の相撲の下記の記録がある。

 垂仁天皇、即位7年秋7月7日。左右の大臣が奏上して「タギマの村に勇猛な人間がいます。名は、當摩蹶速(タギマノクエハヤ)です。その人となりは、力が強く、手に鹿の角を研いでカギの形にした武器を持っています。日頃、周囲の人達に、俺の力に及ぶものは探しても見つかるまい。なんとかして力のある奴に会って生死をかけて力比べをしたいものだ。などといっているそうです。
 天皇はそれを聞いて、側近に命じました。「私が聞いたことだが、當摩蹶速・タギマノクエハヤは、天下無敵の力士だと言う。これに並ぶものはいないのか。」
 一人の家臣が前に出て申し上げました。「私が聞いたところ、出雲の国に野見宿禰(ノミノスクネ)なる者がいます。試しにこの人物を呼び寄せて、蹶速(クエハヤ)と戦わせてみたいものです」
                                                 末尾に日本書紀の原文を掲載

 即日、倭直(ヤマトノアタヒ)の先祖の長尾市(ナガヲチ)を派遣して、野見宿禰を呼び寄せました。野見宿禰は出雲より到着しました。天皇はすぐに當摩蹶速(タギマノクエハヤ)と野見宿禰(ノミノスクネ)に捔力(スマヰを取らせました。
 二人は相対して立ち、それぞれが足を上げて踏みました。宿禰は當摩蹶速の肋骨を踏み折りました。またその腰を踏んで折り、殺しました。
 當摩蹶速の土地を取り上げて、すべて野見宿禰(ノミノスクネ)に与えました。その村に『腰折田(コシヲレダ)』がある由縁です。野見宿禰(ノミノスクネ)はその土地に留まり、朝廷に仕えました。

◆「すもう」の呼び方は、古代の「スマヰ」から「すまひ」→「すまふ」→「すもう」に訛った。という古語辞典の説明は疑問である。

 「ヰ・u+i=wi=う=∩形・屈曲した形+い・尖り=猪の形態・猪の家族は一列に連続して動く・率いる形態・連続の形態・居」=「形・屈曲した形+尖り」。連続して突き進む形態。
「す+まゐ」=「す・素・そのまま・裸のまま、何も手にしない素裸の意味」+「まゐ・参ゐ・尊貴なる場所へ参上」。

土俵が神聖な場所であることは、しめ縄や土俵開きの神事で判るであろう。「春場所・夏場所」などの「場所」は「神を祭る場所」のサークルである。
 「マ」、は円形という意味があり、土俵を表している。マツリ・祭りの「マ」である。
 「ヰ」は、「居」である。

✿「出で」の謙譲語は、「参出・まゐいで」⇒「まゐで」である。平安期以降は「ゐ⇒う」。「まうで」と表記されている。
 語例:「初詣・はつもうで=本来は:初参出・はつまゐいで」。「おまゐりする・お参りする」は「神聖な場所・高貴なる場所に、マヰル:参る(マ・左右の手を表す・マデ)+「ヰ・居」+「ル・「ル・現在進行中の状態:存在する事象の形式的概念(活用語尾)・現在進行形のingと同じ」。

◆神聖で・高貴なる場所で礼儀を正して参ること(蹲踞・そんきょすること)が「おまいり・お参り」である。神様や仏様にお参りするという意味である。このように相撲は神様に礼儀を正して、それから武闘を開始するのである。観るのは神様である。


 「ゐ」の発音は「ウィ」=「ヰ」であるから、この変化は当然ありうる変化である。
 「ヰ」は「ウ+イ」=「u+i=wi」。
 「う=∩形・屈曲した形」+「い・尖り=猪の形態」。
 「ヰ・猪」の家族は一列に連続して移動・率いる形態・連続の形態。
 「ヰる・居る(文ワ上一)」 は、連続してその場所に、その状態で存在すること。
 「ヰる・率る(文ワ上一)」は、連続してたくさんのものを引張っていくこと。
 「ヰド・井戸」は、連続して水が湧き出るところ。
 「タヰ・田園」は、田が連続するところ。
 「ヰナカ・田舎」は、「タヰナカ」のことで、田園の中のこと。


イル」は「射る」が元義。
 「イ・尖り」+「ル・現在進行中の状態:存在する事象が現在進行中」=「射る」こと。
 「イル・要る」は獲物が食料として必要である。故に矢を「った」その矢が、獣の体に突き刺さってその矢尻が「入る」のである。
 
■ 現代仮名遣いは、壊れている! 「ゐ」の文字を復活させなければならない!
 『私はご飯を食べている』を,意味文法で説明すると、『私はご飯を食べて射る』………×
 『    〃      ゐる』                 『            居る』………○


 「まゐで」⇒「詣で・もうで」。用語例:「初詣・はつもうで」。 本来は「初参ゐ出」。

 「すまゐ」⇒「すまうぃ」⇒「すまう」⇒「すもう」の変化は平安以降の変化と見るべきであろう。
 「ヰ」は本来的に「ウィ」の音であるから「ヰ⇒ウ」に変化しやすい音韻である。

◆ 「すまゐ・捔力」⇒「角力・スモウ」と読む理由はここにある。

 四股を踏んで蹲踞(そんきょ)の姿勢に入るのは、相撲のルールになっている。
✿「捔」の字は和製漢字で、本来は「挌」と書くべき文字である。
 カクは手偏にカクで「挌・かく」は、「撃つ・なぐりあう・戦う」意味である。

 「挌殺・カクサツ」は打ち殺す。「格闘技」の「挌」である。
 「角・カク」は、動物のツノ。「ツノ・角」は、比べる・競う意味。………故に「角力・スモウ」の文字は「すまゐ・捔力」の手偏を取ったものであることがお判りになるであろう。だから「角・カク」と「各・カク」は同じ音韻で「各」は、「おのおの」二人が向かい合って揃う意味であるから「すまゐ・捔力」の文字が宛てられたもので「力士」の「力・チカラ」が力比べであることが「角力=各力=おのおの+力」の関係になっているのである。
 


日本書紀の原文

七年秋七月己巳朔乙亥、左右奏言「當麻邑、有勇悍士、曰當摩蹶速。强力以能毀角申鉤、恆語衆中曰『於四方求之、豈有比我力者乎。何遇强力者而不期死生、頓得爭力焉。』」天皇聞之、詔群卿曰「朕聞、當摩蹶速者天下之力士也。若有比此人耶。」一臣進言「臣聞、出雲國有勇士、曰野見宿禰。試召是人、欲當于蹶速。」卽日、遣倭直祖長尾市、喚野見宿禰。於是、野見宿禰、自出雲至。則當摩蹶速與野見宿禰令捔力。二人相對立、各舉足相蹶、則蹶折當摩蹶速之脇骨、亦蹈折其腰而殺之。故、奪當摩蹶速之地、悉賜野見宿禰。是以、其邑有腰折田之緣也。野見宿禰乃留仕焉。


古代の相撲は、格闘技の域を超えた、生死をかけた真剣勝負の世界で、凄まじい日本書紀の記録に唖然とします。
それにしても先日の、稀勢里の優勝には、本当に感動しました。おめでとう!


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主として男が行うものと一般に思われているであろう「相撲」が最初に記録として表れたのが、女性の相撲に関する記述であったとは不思議な気がします。女性の相撲を描いた浮世絵風の絵はどちらからの出展ですか。参考までにお知らせ下さい。

2017/6/18(日) 午後 5:31 [ kz_*l_y*oo ] 返信する

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