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老説教者ロビー・フロックハートRobbie Flockhartはこう言うのが常であった。「もしわれわれが、律法
という鋭い針をもって、そのためにあらかじめ道を開けておかないならば、福音の絹糸によって縫うこと
を試みても無駄である」。律法が針のように、まず最初に来て、それからその後で福音の糸を引くのであ
る。それ故に、罪、義、そして来るべき審きについて説教をするがよい。詩篇五一篇のような言葉は、く
り返して解説されるべきである。神が人間の最も内奥の部分における真実を要求しておられること、そし
て犠牲の血を注ぐことによる清めが、絶対に必要であることを示しなさい。心をねらうべきである。傷を
調べ、魂の最も急所である所に触れるがよい。より厳しい主題を語ることを遠慮してはならない。なぜな
らば、人々は癒される前に傷ついていなければならず、いのちが与えられうる前に殺されていなければな
らない。いかなる人間も、彼がそのいちじくの葉を取り去られるまでは、キリストの義の衣を身にまとお
うとはしないものである。いかなる者も、自分の汚れを感じ取るまでは、恵みの泉によって自らを洗うこ
とを欲しないものである。それ故に、わが兄弟たちよ、われわれは律法を、その要求を、その脅かしを、
さまざまな形でなされる罪人たちの律法違反を、明らかに告げることをやめてはならないのである。
『説教学入門』スポルジョン著 加藤常昭訳
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なるほど〜
イエス様もそうですが、偉大な説教者は例えが分かりやすくて深いですよね。
2008/3/18(火) 午後 3:41 [ roba ]
そうですよね♪
神さまが創った世界ですから、たとえは至るところに溢れていますしね。
2008/3/18(火) 午後 5:31 [ だいすけ ]
>いかなる者も、自分の汚れを感じ取るまでは、恵みの泉によって自
>らを洗うこを欲しないものである。それ故に、わが兄弟たちよ、わ
>れわれは律法を、その要求を、その脅かしを、
>さまざまな形でなされる罪人たちの律法違反を、明らかに告げるこ
>とをやめてはならないのである。
スポルジョンは大好きな信仰者のひとりですが、素晴らしい表現ですね。
2009/6/15(月) 午前 7:36
聖書のことばをはっきりと語る姿勢がいいですよね。
いろいろ勉強になります。
2009/6/15(月) 午前 9:21 [ だいすけ ]