だいすけのおもいっきり聖書

「あなたは新しく生まれなければならない」

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『また、こういう人々は、ちょうどヤンネとヤンブレがモーセに逆らったように、真理に逆らうのです。』2テモテ3:8


『あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます。また、シロアムの塔が倒れ落ちて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいるだれよりも罪深い人たちだったとでも思うのですか。』ルカ13:3−4


みなさんはこの箇所をご存じでしょうか。


旧約聖書には登場せず、新約聖書だけで語られている事実です。

上の箇所ではパウロが、下の箇所ではイエスさまが語っています。


このような箇所の意味をどうやって知ればいいのでしょうか


旧約聖書にも「あの時これがあった」と書かれていて、現代日本人だと知らないこともたくさんあります。
これを考えてみると、明らかに当時の文化的・歴史的背景を知る必要があるということが分かります。


ということは、聖書の記述が何を意味しているかを実際に知るために、外部の資料にある程度頼らないといけないということです。
(もちろんこのような研究はすべての人ができるわけではありません)

したがって、新約旧約聖書の記述内容を知るために、当時の歴史的・文化的事実を調べることは聖書を深く学ぶ上で必要だということが分かると思います。

それはラビ的文献のミシュナ、タルムード、ミドラッシュ
また紀元前100年頃からのユダヤ教(エッセネ派)の文献を含む死海文書を学ぶことは有意義になります。

もちろん、ラビ的ユダヤ教は神殿を会堂に取って替え、いけにえを律法を研究することに替えてしまった宗教ですが、その中からヒレルから続いてきたパリサイ人たちの解釈法を知ることは確実に出来ると思います。

(ちなみに先のヤンネとヤンブレはタルムードの中で、モーセに逆らったパロの魔術師たちだと書かれています。シロアムの塔が倒れた時というのはどの出来事か分かりません。みなさんで調べてみてください)


○完全な人であり、完全な神


イエスさまは神であったのに、その時代で、その文化の中で、人として歩まれました。
そして、イエスさまが使っていた聖書解釈の方法は当時のラビたちと同じだったといわれます。
事実、パリサイ人や律法学者たちが最初にイエスの言われた比喩に気付いて、イエスを憎みました。

イエスさまが完全な人であり、完全な神であるという事実は多くの他のことに適用できると思います。
イエスさまはヨハネの福音書で「ことば」と呼ばれています。
なので神さまの言葉=聖書自体がイエスさまとある意味で言うことができると思います。
ということは聖書自体も完全な人の言葉であり、完全な神さまの言葉なのです。

これは何を意味するかと考えると、

みことばは当時の文化、歴史、言語で聞いている人に分かるように話されたということじゃないでしょうか。

ということは、私たちの出発点は、現代21世紀の日本の歴史・文化を通して聖書を読むのではなく
当時の歴史・文化における意味を最初に確認することが始まりとなるのではないでしょうか。

イエスさまも聖書の中で「ラビ」と呼ばれ、当時の解釈法を使って、自分がメシアであると伝え、その文化的・歴史的枠組みの中で、シュロの主日にロバに乗ってエルサレムに入城し、自分をメシアであることを公にしました。

そのイエスさまが使われ、旧約聖書も用いた解釈の方法が「ペシェット」と「ペシェル」といいます。


「ペシェット」と「ペシェル」


僕は専門家ではないのですが、ジェイコブから学んだことと最近学んだことを説明していきます。

「ペシェット」とは「パシュート」=まっすぐという言葉から派生した語で、「本文のそのまま文字通りの意味」と言われます。

対して

「ペシェル」は「本文に隠された深い、霊的な意味」と言われます。

ここで注意してほしいのが、ユダヤ的な解釈法ミドラッシュでは、象徴を教理の基礎としません。
それは例えばこう言うようなことです。

「アブラハムがイサクをモレ山で捧げたのは十字架の象徴である。だからイサクが本当は死なずに、雄羊がいけにえとして死んだように、イエスは本当は死なずに、その代わりにユダが十字架にかかって死んだ」

これが象徴を教理の基礎とすることです(確かイスラムではそう教えられています)。

しかし、象徴は教理(歴史的に実際、イエスさまが十字架で死なれ、復活されたことなど)を説明し(彩り)、たとえをもって明らかにするためにだけ使われます。

なので、このイサクのことをペシェットとペシェルで考えると、

1. アブラハムがイサクを捧げたこと=ペシェット
2. 父なる神がイエスを捧げたこと=ペシェル

となります。

そして、深い意味であるペシェルは、聖書の中ではっきりと語られている教理に優先することは決してありません。




『ハバクク書のペシェル(注解)』


ここでそれが死海文書の中でどう実際使われているかを見てみましょう。

死海文書の中にハバクク書のペシェル(注解)という本があります。

ここでペシェルがどう使われているかがはっきり示されています。
(ハバクク書ではバビロン捕囚が来ることが語られています)

なぜなら、見よ、わたしは興すカルデヤ人を。この国民は、たけく、はげしい。

この意味は、キッティームにかかわる。す[なわち、彼らは]すばやく、また戦いに強い。彼らは支[配者]らをたおし、[彼らを従わせる]、キッティームの支配下に。彼らは[多]くの[国々を]うば[い]、[神の]いましめを信じない。[ ]』(「死海文書」日本聖書学研究所 ハバクク書註解2:10−16)


この箇所は新改訳では

『見よ。わたしはカルデヤ人を起こす。強暴で激しい国民だ。』(ハバクク1:6)

という箇所です。

この「死海文書」日本聖書学研究所という本の概説では

『「ハバクク書註解」にキッティームという言葉がしばしば出てくるが、これがだれであるかが興味ある問題となる。もしこれがローマ人を指すのであるならば「ハバクク書註解」の著作年代は前63年ごろと考えられる。』(p.87)

とあります。また多くの学者はこの「キッテイーム」がローマ人を指すと考えるとこの本には書いてあります。

聖書の中でも新改訳では「キティム」として登場し、創世記10章ではヤペテ(ヨーロッパ人)の子孫、ヤワンの子孫のキティムとあります。 

またダニエル11章では、荒らす忌むべきものを神殿に据えた(豚を神殿でほふった)アンティオコス・エピファネス(シリアの王)のことが書かれてあり、そこには「キティムの船が彼に立ち向かって来るので、彼は落胆して引き返し、聖なる契約にいきりたち、ほしいままにふるまう。」とあります。

この預言の歴史的な成就として、アンティオコス・エピファネスを阻止しにローマの船が来たという事実があるそうです。


背景を説明するのに長くなりましたが、何を言いたいかというと


ハバクク書のペシェルでは、「カルデヤ人(バビロン)のことを当時の意味を否定せずに、その原則をローマ人に当てはめていた」ということなのです!!


これがペシェルの読み方です。


そして、これが新約聖書が用いた読み方でもあります。
ペテロは言いました。

『バビロンにいる、あなたがたとともに選ばれた婦人がよろしくと言っています。』1ペテロ5:13

このバビロンはローマを指して語ったという意見で、多くの人が一致しています。ペテロはローマをバビロンと見ていました。

またヨハネは

『その額には、意味の秘められた名が書かれていた。すなわち、「すべての淫婦と地の憎むべものとの母、大バビロン」という名であった。』(黙示録17:5)
と書き、七つの山(丘)があり(17:9)、富を増し加え、地上の王を支配する大きな都(17:18)のことを大バビロンと読んでいました。
実際、バビロンというのは国です。しかし、この特徴をみごとに満たす「大きな都」とはローマです。

今でもローマはローマ・カトリックの本拠地で(バチカン)、地上の王を支配し、祭司たちは紫のローブをまとい、儀式の際には金の杯を持ち、偶像を崇敬(実際は礼拝)するという霊的な不品行を行い、教えています。


なので、ハバククが書いたバビロンに関して

1. ペシェットはバビロンであり、バビロン捕囚のこと
2. ペシェルはローマであり、ローマが支配すること

だということが分かります。

(これを納得されると、聖書の語るバビロンの特徴をローマ(ローマ・カトリック)に当てはめてみてください)


ここでユダヤ的な「ミドラッシュ」はパターンだということを思い出してみてください


バビロンは創世記から登場し(バベル)、捕囚を行い、黙示録でも世界を支配するとあります。

バビロンは明らかに聖書中において、偽りの宗教の象徴です。

教会が堕落してしまうと、偽りの宗教に攻め込まれることになります。

実際、現代の教会に入り込んでいる「ニューエイジ」、市場先導型(market driven)のヒューマニズムなどはバビロンと言っていいと思います。
聖書から離れてしまった教会では人を集めるために、そのような方法を残念ながら使ってしまっているからです。


このように、新約聖書のクリスチャンが行っていた聖書解釈が実際どのようなものであったかを知れば、旧約聖書はとても開かれた本になって、現代の問題に適用することが大幅に可能になると思っています。


そしてこのようなことを本当に詳しく研究するには専門的な知識が必要ですから、
僕はこの点においてジェイコブ・プラッシュの教えの必要性を大いに感じています。


子どものように神さまを信じる心を持ちながら、神さまに与えられた思考力を使って、何が正しいことかを吟味していくことはいつの時代でも必要なことではないでしょうか。


特にこの終わりの時代において、終わりに近づくにつれ、多くのことが神さまによって明らかにされていくと思っています。





『彼は言った。「ダニエルよ。行け。このことばh、終わりの時まで、秘められ、封じられているからだ』ダニエル12:9

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シロアムの塔の話は、当時そういう事故があったのをイエスが話されたのだと思い、何があったのか他の文献で探そうとか深く考えていませんでした。
ただこの箇所に限って言えば、イエスが話された言葉で十分かなあと思ってます。悔い改めなければあなたも滅びるよというのが伝えたいことだと思うので、そんなに詮索しなくてもいいかなーと。

2009/10/31(土) 午後 4:59 マタリー

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まあ、それは例として挙げただけなんですが、これと似た当時の文化・歴史を知らないと理解できない箇所は意外と多いと僕は思っています◎

2009/10/31(土) 午後 5:12 [ だいすけ ]

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なるほど、です。特に意識しないで使っている方法ではあるけれど、「ぺシェット」「ぺシェル」という読み方なんですね。勉強になります。

確かにシロアムの塔の件、現状ではマタリーさんに同意します。でも、背景を知るとまた深みが増すだろうな、という気にもなりますね。

感謝します。

2009/10/31(土) 午後 6:18 [ g_topspeed ]

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出した例があまりよくなかったかもしれませんね。

他にもマタイ2章16節のように、当時のユダヤ教(第二神殿期)の解釈法が分からないと理解に苦しむ箇所が新約には多くありますよね。

パウロがラビとしてガマリエルに教えられ、そのガマリエルはパリサイ派で解釈法を確立したといわれるヒレルの孫ですから、この理由からもラビたちの解釈法を学ぶことは有益だと思います。

2009/10/31(土) 午後 9:29 [ だいすけ ]


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