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今回、8月31日〜9月7日までフィリピンに行ってきました。
今回はセミナーがあるとか、何か宣教目的とかで行ったのではなく、あっちにいる彼女(もちろんクリスチャンです)に会いにいきました。
その滞在の中で、日曜日の礼拝で行ったメッセージが前に載せたものです。
今回、フィリピンの目的地まで(首都マニラから6、7時間)初めてひとりで行きました。
その中で、フィリピンのことをより理解できた感じがします。
まずはフィリピンでの常識から書くと
●多くのトイレには紙が無く、手おけとバケツがある
●人が至るところにプラスチックなどのゴミを捨てる
●よく立ち小便をしている人を見かける
●田舎では手で衣服を洗う方法を知っているのが普通
●ベッドに甘いものを置いていたら、すぐ大勢のアリがやって来る
●夜中には「クエッ、クエッ」とか「ゲッコー、ゲッコー」というヤモリの声がする
●朝4時か5時くらいには鶏が複数で「コケコッコー」と鳴き始める
●ホテルの朝食のサービスの開始時間は「朝4時」から
●床屋で髪を切ると60円か80円ほど
●田舎の人の月収は2万円あれば良いほう
●ジュースはビンや缶に入れて飲まず、店の人がビニール袋にストローを刺してくれる
●誕生日には誕生日を迎える本人が周りの人をもてなす
●フィリピン人は朝にシャワーを浴びる(そして濡れた髪のまま学校などへ)
●洗濯機は無いけど、ケータイを持っている家庭は多い
●ジプニー(よく使う交通機関)の中で周りを気にせずにケータイで音楽をかける(イヤホン無し)
●経済的な理由で学校を途中で停学する人も多数 などなど
前にも書いたものもありますが、興味深いと思いませんか?
僕はこういう違いを見つけて、自分の常識が現地の人の常識じゃないと知るのが好きです。
また自分たちの状況を外から、他の視点から見ることはとても為になります。
そして、フィリピンという貧しい国から、私たち「富んでいる」と言われる国に住んでいる人が教えられることはとても多いと思います。
あそこに行くと気付くのが私たち日本人が知っていることは多いんだなということ。
また一方で、あっちの人のほうが明るく、日々を楽しく過ごしているように見えました。(まだ言語を習得していないので勘違いかもしれませんが)
私たち日本の教会は確実に「ラオデキヤの教会」であるということを思い知らされます。
やはりそこへ行くと、日本でも「お金が無い」と言っている人がいて、フィリピンでも「お金が無い」と言っている人たちがいます。
もちろん、比率で考えてもフィリピンのほうがお金がありません。
ですが、思うのがどの状況であっても人はお金が無いと言うということです。
なので、状況がどうあるかということは大した問題でないように思います。
今与えられている状況に満足しているか、置かれている状況に満足しているかが大事なのではないでしょうか。
と言っても、フィリピンの状況は貧困です。
フィリピンを象徴するようなある出来事がありました。
皆さんも知っているかもしれませんが、フィリピンでは賄賂や汚職がはびこっています。
新聞を見れば、そのようなことが経済欄に出てきていて、ある記事には賄賂が嫌になった日本企業が
フィリピンから撤退している、というようことが書いてありました。
フィリピンの大きな問題です。
今回の帰り道、あっちの家族は僕にたくさんの果物を持って帰れ、と言ってくれました。
僕は「日本に持って入れるかどうか分からない」と言いましたが、そんなん大丈夫だと
言われたので、スーツケースに詰め込みました。(結構たくさんの量)
そしてマニラの国際空港でのこと。
荷物チェックのゲートを通ると、「ちょっと来い」と検査官に呼ばれ、
やっぱり果物が持って出れないと言われました。
「あ〜それじゃあここで食べるか、捨てるしかないんだ」
とか言っていると、検査官が
「私はノーとも言えるし、イエスとも言えるぞ」
と言ってきたのです。もちろん、言いかえれば
「それ相応のお金を渡してくれれば、通してやっても良い」
ということでした。僕はその時思わず「ザッツ、フィリピーノ・スタイル!」
と言ってしまったのですが 笑
もちろん聖書で賄賂は悪いと書いてあるので、賄賂を渡さずに果物をあきらめました。
後で分かったのが結局日本に持って来れても、日本の関税でひっかかるということでした。
正義は国を高めます。
逆に不義は国を貶めると言えると思います。
あんなに果物などの資源が多い国で、あんなに貧しい原因のひとつは
「賄賂」だと思います。
もちろん、これは政治的な運動で改善されるものじゃなくて
真実の福音が宣べ伝えられる時に、改善されるものだと思います。
(社会が改善されうる最も効果的な方法は、社会が真理の福音を受けれることによって始まると僕は確信しています)
(道端に落ちた種を鳥が食べないように、耕しましょう)
以前、ある人に僕は尋ねました。
「福音とは何ですか?」
その人は「聖書全体だ」と答えました。うん、そうだなと思いました。
聖書のテーマに反することをしながら、「私たちは福音を信じているから」というのは矛盾していると思います。
モリエルがやっている奉仕はそのためだと僕は思います。
聖書全体を理解し、聖書全体を貫くパターンを確認し、終わりの時代(新約時代)に示された福音を正しく伝え、理解することは本当に大事です。
ジェイコブがよく警告しているのは「この世での繁栄だけを約束する説教者たち」です。
この頃次の箇所を読んでいました。
『兄弟たち。私を見ならう者になってください。また、あなたがたと同じように私たちを手本として歩んでいる人たちに、目を留めてください。というのは、私はしばしばあなたがたに言って来たし、今も涙をもって言うのですが、多くの人々がキリストの十字架の敵として歩んでいるからです。彼らの最後は滅びです。彼らの神は彼らの欲望であり、彼らの栄光は彼ら自身の恥なのです。彼らの思いは地上のことだけです。けれども、私たちの国籍は天にあります。』ピリピ3:17−20
この通りだと思います。
彼らの思いがこの地上のことだけになっているのは、十字架の敵となっている証拠です。
パウロが涙をもって言うのなら、当時でも相当大きな問題だったのでしょう。
聖書全体を知ると、すべてが十字架につながっています。
そして十字架が必要なのは罪があるからです。
その「事実」、罪があるということを忘れてしまうと、私たちは簡単に十字架の敵になってしまいます。
フィリピンの空港内の本屋を興味を持って見ていると、
そこにはキリスト教のコーナーがありました。
ですが、本の著者たちはジョイス・マイヤーやジョエル・オスティーンなどで
「あなたはお金持ちになれる」「あなたならできる」など
聖書の十字架とは違うメッセージを伝えている人ばかりでした。
どのような人が「あなたはお金持ちになれる」というクリスチャンの本を買うのでしょう???
お金は悪くはありませんが、お金への愛・金持ちになろうとする欲は聖書の中で何度も警告されています。
売れる本がそういう本だから、一般の本屋にも並べてあるのでしょう。
ともあれ、僕は特別悲しいことや、悪いことを書きたいのではありません。
知ってほしいなと思ったからです。
今回特に面白かったことがあります。
行きの飛行機の中でのことです。
僕は英語の説教を読み、フィリピンのタガログ語を勉強していました。
隣には中年のおじさんがいて、少しずつ喋るようになりました。
そうすると、そのおじさんが、
「君、日本語勉強してるんですか?」
と尋ねてきたので、
「いや、違いますよ」と言いました。何か変だなとその時思っていました。
そして少し話していると、
「日本へは遊びでやって来たの?」
と聞かれたので、
「いや、僕日本出身ですよ」と答えました 笑
彼の目にはフィリピン人か、フィリピンと日本人とのハーフに見えていたようです。
まあ、僕は日本に住んでいても日本人らしくないので、大して気にはしませんでしたが…笑
また聖書には僕たちはこの世において放浪者、一時的な滞在者だと書いてあるので
その意味でもよかったのかなと勝手に思っています。
何にせよ、現地の家族とたくさん喋れたので、今回の旅は満足でした。
珍しい現状報告となりましたが、他国のことを知って私たちが自国を省みられるようになれば幸いです。
また世界は日本だけじゃないということも、このストレス社会日本で住んでいる人にとっては
慰めになると思います。ここはときに息苦しい国です。
福音の宣教によって、神が日本を、僕たちの周りの状況から変えて行ってくださるように!
しかし、何にもまして大事なのは、私たちの国籍が天にあると確信することだと思います。
この堕落した世は私たちクリスチャンの目的とする場所ではありません。
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>ホテルの朝食のサービスの開始時間は「朝4時」から
これはひょっとすると、9月10日まで一ヶ月ムスリムが断食していたので、夜明け前にお腹に詰め込むためだったのかも知れませんね。
ひげをはやしておられるので、マレーシアに来ればマレー人に見えると思いますよ。実際、わたしの同僚に似ておられるように見えます。
2010/9/27(月) 午後 2:00
ほれぼれさん、僕はもうひげをはやすのやめました 笑
フィリピンに行った時に、風土に合わないなと思ったので。。
それとホテルの朝食が4時からっていうのは、特別な時期だからというより、普段から4時のようでしたよ!
僕はよくフィリピン人から、最初に言われるのが日本人じゃなくて、「韓国人か?」または「中国人か?」でした。
2010/9/27(月) 午後 8:03 [ だいすけ ]
ここに、書かれてることは正にその通りだと思います。せっかく日本から離れた時ぐらいは現地に染まり良く観察することですね。私も宗教は別として生活習慣を見ることで日本人として何か希望を持てるような気が起きて来るのは確かに感じとられます。その中で直ぐにでも出来るものはやらなければチャンスを逃がすようです。次にフィリピンに行くときもまたワクワクしますよね!お互いに感じた事があれば教えてください。
2010/9/28(火) 午後 4:06 [ kohpro ]
kohproさん、コメントありがとうございます。
kohproさんも異文化に興味がおありなんですね。僕も井の中の蛙が井戸の外を見れるような感じがして、海外に行くのは好きです。
キリスト教や聖書についての態度についてもそうですが、日本以外を見てみると大きな違いがありますよ。
僕は「真理」は狭い日本だけを見るんじゃなくて、世界に影響を与えたものであるはずだと思い、聖書に出会いました。
2010/9/29(水) 午後 5:13 [ だいすけ ]
しあわせそうでいいですね
2010/10/3(日) 午後 1:04 [ vgjh ]