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モリエル日本のHPに新しい説教が掲載されました。
『大教会強盗』
http://www.moriel.org/Teaching/Online/Great_Church_Robbery/Great_Church_Robbery-Japanese.pdf
です。
1テサロニケ4章17節に登場して「引き上げる」と訳されているギリシア語「ハルペーゾー」はさまざまな箇所で登場し、ミドラッシュ的にすべて来るべき携挙のことを教えています。
訳者としては新しく発見することも多く、聖書の読み方を再確認させられました。
ひとつの同じ単語が他の箇所でどう訳されているか、またそれがどこで登場するかということを調べる聖書の学び方は本当に有益なものです。
これはヘブライ語についても真実です。
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(訳者からの説明)
はじめてこのような説教を読まれた方は「変わった解釈だな」と思うかもしれません。
ですが、少し考えてみてください。
僕たちはいつもただ聖書の「翻訳」を読んで満足しています。
それなら、原語をたどっていくとさらに意味が明らかになるのは自然ではないでしょうか。
翻訳をする者として、今学ばせてもらっているところですが、
翻訳の際によく出る問題としては「その単語の持つ意味の幅が違う」というものです。
たとえば日本語の「あなた」と英語の「you」の意味の幅は違います。
日本語で「あなたは」と言うとその「人」を強調していて、ある時には失礼や変に(徹子さんのように)聞こえます。そして僕たち日本人はあまり「あなた」を使いません。
英語の「you」は日本語のあなたより多く使われ、ただ「you」と言っても対象の人をさすだけじゃなく、一般的な「you(人は〜)」もあります。
またフィリピンのタガログ語を考えてみると、英語の「she」や「he」に当たる言葉がただひとつ「siya」で、これだけでは男か女か分かりません。
また英語の「we」に当たる言葉としては(話している側だけの言葉として)「kami」、(話を聞いている人も含む)「tayo」があります。
なんだかややこしくなってきましたが、
要するに言いたいことは、ある文章を深く理解しようと思うと、その原語をもとに考えないことにはらちがあかないということです。
「安息する」と訳される「シャバット」というヘブライ語は「休む、終わる、やむ、果てる、絶える、取り除く」などの日本語があてられ、その全体をもって「シャバット」です。これがその意味の幅です。
みなさんも、神さまが選んだ原語に目を向けて、聖書を学ばれることをお勧めします。
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翻訳の内容を読んで、私が聖書を読んでて感じていたことと同じだったので、納得でした。
言葉の幅は確かにあるのですが、日本語だけでも読み方ひとつで真意に近づくように感じているのですが、それは個人の賜物に過ぎないのでしょうか?
ヘブライ語勉強したくなりました。
いつも良いシェアありがとうございます。
2011/11/20(日) 午後 4:17 [ ユコンブ ]
こんばんは、ユコンブさん
日本語の読み方と言っても、どうしてもそれが翻訳であるために近づけるにしても限界がありますよ。
(原語で同じ言葉がどうしても翻訳されると箇所によって違う単語で現れるため)
翻訳でもできることは文脈をつかむということですが、それも原語を知ることによってさらに文脈が深くつかめます。
その一歩は、聖書のどこで同じ名詞や動詞が使われているかを、聖書全体を通してみてみることだと僕は理解しています。
2011/11/24(木) 午前 0:21 [ だいすけ ]