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モリエル日本のHPに新しい説教が掲載されました。 です。 イスラエルで冬、12月になされる「ハヌカの祭り」は旧約新約間の時代に、神殿が汚され、再奉献されたことに由来しています。しかし新約聖書にも登場するその「宮きよめの祭り」が意味することとは何なのでしょうか。 詳しい歴史背景と共に、私たちに行動を促す説教です。 とても興味深い説教なので、ぜひお読みください。 |

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モリエル日本のHPに新しい説教が掲載されました。 です。 イスラエルで冬、12月になされる「ハヌカの祭り」は旧約新約間の時代に、神殿が汚され、再奉献されたことに由来しています。しかし新約聖書にも登場するその「宮きよめの祭り」が意味することとは何なのでしょうか。 詳しい歴史背景と共に、私たちに行動を促す説教です。 とても興味深い説教なので、ぜひお読みください。 |
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新しい翻訳がモリエル日本HPに掲載されました。 現代急増するイスラエルでのユダヤ人クリスチャン。 そしてイスラエルの地位、また定義。 国家としてのイスラエルの問題を扱った解説です。 イスラエルを愛するクリスチャンのみなさん、お読みになることをお勧めします。 |
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エルサレムの地下道で発見された古代ローマの遺物が公に 『ハアレツ(2011/8/8)』 By The Associated Press 紀元70年に遡る地下道の中で、古代ローマ軍兵士の剣とさやを発見したと考古学者 エルサレム地下に存在する古代の排水トンネルの中で発見された遺物は、2千年前の戦争の際に置き去りにされたものだと考古学者たち。 月曜日、考古学者たちはトンネル内で先月暮れに発見されたローマ軍兵士の剣とさやを公開した。紀元70年に遡ると考えられている。それらはローマ軍がユダヤ人の反乱を鎮圧し、聖書に登場する第二のユダヤ人の神殿と、町の大半を破壊した時のものである。 歴史記録では、ユダヤ人反乱者たちは無駄と分かっていながらローマ軍から逃げるために地下道に逃げ込んだとされる。 イスラエル考古学局の考古学者エリ・シュクロン氏は、粘土製のランプや壺、また青銅の鍵も発見したと語る。彼は反乱者たちがそのような多くの物を置いて逃げたと考える。 この新しく発見された地下道は、町の地下、至るところに張り巡らされたネットワークの一部である。 (訳:だいすけ) 『暴君たちや彼らと手を結んでいる野盗たちに残された最後の望みは、今や地下通路だけになった。そこへ逃げ込めば捜索されることはないように思われたのである。そこで暴君たちは都が完全に陥落してローマ軍が引き揚げた後に、外へ出て脱出を計ろうとした。しかし、この計画は暴君たちにとって夢でしかなった。というのも、以降暴君たちは、神の目からもローマ軍の目からも逃れ得る定めになかったからである。』(「ユダヤ戦記」フラウィウス・ヨセフス 秦剛平訳 p.87) 『しかし、エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら、そのときには、その滅亡が近づいたことを悟りなさい。そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げなさい。都の中にいる人々は、そこから立ちのきなさい。いなかにいる者たちは、都に入ってはいけません。これは、書かれているすべてのことが成就する報復の日だからです。』ルカの福音書21章20節−22節
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今度の月曜日にジェフと共に東京に行きます 「ダニエル書にみる基本的な預言」 *7月18日(月曜日、連休) 午後1:00〜5:00 場所: 東京都文京区 勤労福祉会館 ※セミナーは参加無料、献金自由 講師: ジェフ・トゥール 「聖書は世界の歴史とどう関わりがあるのか」 「今の世界情勢についてはどう語っているのか」 聖書をもっと深く学びたいという方はぜひお越しください! では会場でお会いしましょう^^
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2千年前の石棺が本物であると研究者が発表 『エルサレムポスト』(2011/6/29) By MICHELLE MORRIS 骨壷は骨の第二の埋葬に使われたもので、第二神殿期の大祭司カヤファス(カヤパ)の家系出身の娘のもの バルイラン大学とテルアビブ大学は今週、古代の石棺の真正性を認める研究を発表した。その石棺は墓荒らしの盗難に遭ってから回収されたもので、歴史的に珍しい価値を持つものだ。 骨の第二の埋葬に使用された骨壷は2千年前のもので、大祭司のカヤパの家系に属する娘のものだ。 石棺の前面には第二神殿期のアラム語の碑文が刻まれていて、「ミリアム、ベト・イムリ出身のマアズヤの祭司たち、カヤファスの息子イェシュアの娘」と書かれている。 大祭司イェホセフ・バル・カヤファスはイエスの裁判と十字架刑に関わったことで知られている。一方でその碑文の最も重要な点は、カヤパの家系がマアズヤの祭司の家系とつながりを持っていたという発見だ。そのコーヘン(祭司)の24番目の組はエルサレムの神殿においてささげもののスケジュールを維持する役割を担っていた。 第二神殿期の碑文によってマアズヤの家系への言及が見つかるのは初めてで、マアズヤの家系は第一神殿で仕えた24の祭司の家系の最後のものである。 家系のリストはダビデ王の治世に形成され、聖書の中では第一歴代誌24章18節に登場する。 石棺は第二神殿期のユダヤ人の墓を略奪した墓荒らしによって発見された。 三年前に、石棺は墓荒らしを防止する考古学局のチームによって入手された。 その石棺が管理された考古学的な発掘活動で発見されなかったことと、歴史的に非常に大きな重要性を持つことから、その真正性はバルイラン大学のイスラエル研究及び考古学研究のボアズ・ジッス博士と、テルアビブ大学の考古学及び古代中近東文化を研究するユバル・ゴレン教授によって審査を受けた。 その結果石棺とその碑文は本物で、古代からのものであり、シェフェラにあるエラの谷の掘られた墓から出土したものだということが証明された。 今週その研究結果は『Israel Exploration Journal, Volume 61』に掲載され、その真正性を確認し、発見の重要性を要約するものとなっている。 考古学局はこの重要は発見が本来あった場所から盗まれ、考古学的な文脈から外されたことに悲しみを表し、埋葬された洞窟の全貌を知ることができないことを嘆いた。 碑文の終わりにある「ベト・イムリ」は、エズラ2章36節から37節や、ネヘミヤ記7章39節から42節にしるされているイメル族、祭司の家系を指しているとの解釈も出来る。そしてその子孫はマアズヤの家系も含んでいるのだ。 第二の可能性は、それが亡くなった彼女の家系全体の出身地のことを語っているというものだ。それは現在ヘブロン北部山脈にある村、ベイト・ウマールとして存続してきたのかもしれない。 その村と、近くのキルベット・クフィンでは、第二神殿期と、バル・コクバの乱の時代からのユダヤ人住居跡が発見されている。 (訳:だいすけ) |