|
みんなのブログを見ていたら
悩んでいる人や傷ついている人が多いのに気がつきました。
なぜこの世には苦しみがあるのでしょうか。
それはみんなの疑問ではないのでしょうか。
「神さまがいるならなんで助けてくれないんだ」
と叫びたくなる世の中でしょうか。
まず、苦しみの第一の原因は『人間の罪』です。
あなたも私もみんな自己中心的です。
自分の利益、感情、欲望に支配されています。
それも、正しいことが何かを多くの場合は知っていながら、その悪いことをしているのです。
聖書によると神さまは人間の意思を最大限尊重します。
人間が決めたことをさせようとするのです。(もちろん限度はあるでしょうが)
なので、悪を求める者には悪を、善を求める者には善をお与えになります。
しかし、先ほど軽くふれたように私たちは皆、自分の良心の言うことすら満足に従うことができません。
神さまは私たちの心に律法を書き込みました。
なので、私たちが何かを教えられる前から、
善と悪を区別すること始めているのです。
しかし、その善を無視した行いや言葉の数々によって、あなたは苦しんでいるのではないのでしょうか。
なぜなら、心にある道徳に従えばそのようなことは起きないからです。
そのように善を知りながら悪を行っている者の上に、神の怒りが降らないことがあるでしょうか。
そうです、私たち全員が裁きを受ける対象なのです。
これが基本的な聖書の理解です。
すべての人がその犯した罪、内に秘めた罪のために裁かれなくてはいけないのです。
神の正義を満足させるためには、私たちの命が必要です。
私たちがその不義(正しくないこと)の報いをうけなくてはならないのです。
『罪から来る報酬は死です。…』ローマ6:23
『それで、律法によれば、すべてのものは血によってきよめられる、と言ってよいでしょう。また、血を注ぎ出すことがなければ、罪の赦しはないのです。』ヘブライ9:22
これらのことを聞いて驚かれたでしょうか。
このことは神の義(正しさ)を示します。
しかし、神さまが私たちのためにしてくださったことは何でしょうか。
彼はただ単に私たちを地獄に送るのでしょうか。
そんなことはありません。
神は愛と言われているとおり、正義である神は愛でもあるのです。
しかし、そのふたつを矛盾させることは出来ません。
刑務所の所長がとても良い人で、今からすべての殺人犯、死刑囚を自由の身にすると
決めたとしたらどう思いますか?その行為は愛でしょうか?
いや、逆にそれは愛とは遠くかけ離れたものです。
この矛盾をおこさないために、神さまがとった方法はとても素晴らしいものです。
それは
彼自身がこの地上に降ってきて、肉体を取り、苦しみを受け、人間の身代わりになるというものでした。
それが2000年前にベツレヘムというイスラエルの町に生まれたイエス・キリストです。
神は十字架上で全人類の罪の裁きを受けることによって、義を満足させました。
そして、その身代わりの死を自分のためだと信じる者は救われるのです。
イエス・キリストは死んだだけではなく、復活しました。
弟子たちの心の中で復活したのではありません。
実際によみがえりました。それは私たちの救いを確証させるためです。
その十字架の死と復活によって多くの人が救いを経験しました。
私もその中の一人です。
それは私が偉いのではなく、彼にある一方的な恵みのためです。
この世に苦しみがあるもうひとつの理由は
あなたに神さまを求めさせるためです。
あなたをその苦しみから救う方がいます。それも一時的なものではありません。
自分の罪を悔い改めて、イエス・キリストの十字架にすがりましょう。
あなたがそうするとき、神さまはあなたを放っておくはずがありません。
|