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前回からの続き
そう感じながら旧約聖書を読みきりました。(新約聖書はすでに読んでいたので)
もうそのときにはクリスチャンになるにはどうしたら
いいのかを考えはじめました。
そして、その聖書を教えてくれた人に聞くと、
「イエスを神だと信じ、彼が世の罪を取り除くために
死んでくださった方だということを認めること。
そして、悔い改めること。
悔い改めるとは、自分が罪人だと認め、
知っているかぎりのあらゆる罪をやめようと決心すること。」
そのようなことを教えてくれました。
「そして、聖書を読み、神に向かって祈ること」
といわれました。
これを聞いて、もうすでに決心がついていたので、
言われたことをしてみようとおもいました。
そんな中、飲食店のバイトをしていたのですが、
その昼休みに新約聖書を読んでいました。
店長からは「もっと若いやつが読むような本よめ」と
言われたり、周りの反応が違ってきたのに気づきました。
それについては、クリスチャンになったらこうなるということが
あらかじめ分かっていたので、あまり影響はされませんでした。
一番親しい友人にも、聖書を信じる信仰について話してみました。
信じ始めて、劇的に変わったことは
「陰口が言いたくなくなったこと」です。
なんだ小さなことだと言われるかもしれませんが、
僕の中では陰口は大きな部分を占めていました。
もともと人の批判を面と向かってせず、陰で言っていた僕には
陰口は大切なストレス発散の方法でした。
しかし、もうこれ以上言う気がなくなったのです。
なぜかというと、神さまがそばにいて見守ってくれているということが分かったからです。
神さまが本当に愛してくれているのに、
しかも、神さまが聞いているのに、
陰口を言うことが出来なくなりました。
正確には言いたくなくなったのですが。
きっと、隠れたところで言った小さなことでも
神さまには聞かれていて、書き残されているでしょう。
そして、もし死ぬ前にイエス・キリストの救いを受け入れていないと
はっきりと目の前に広げられるでしょう。
そして、クリスチャンとして生活していくにつれて、
ある部分は改善しましたが、ある部分は改善しませんでした。
つづく
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