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信仰から信仰へ
夜の十時頃、この日の最後の礼拝をすますと、一人の貧しい男が訪ねてきて、妻が死にそうだから、ぜひ
来て、いっしょに祈ってやっていただきたいとわたしに頼むのだった。わたしはすぐに承知した。その男
と同道しながら、わたしは『聞けば、あなたはローマ・カトリック派だというのに、どうしてそちらの神
父さんを呼び迎えなかったのですか』とたずねた。すると男は答えて、『お迎えにいったのですが、神父
さんは、18ペンスのお金を持ってこなければ、だめだとおっしゃるのです。そんな大金はわたしにはあ
りません。なにしろひどく貧乏してしまっているのですから』といった。この言葉を聞いて、すぐにわた
しの胸に浮かんだのは、わたしがこの世の中で持っているお金の全部がたった半クラウン銀貨一枚きりだ
ということであった。そればかりでなく、翌朝の朝食として薄いお粥を用意してはいるけれども、昼食の
用意はまだ、なにもしていなかった。
とにかくも、わたしの心のうちに満ち溢れていた喜びの流れが、直ちに、ぴたりととまってしまった。け
れどもわたしは、わたし自身を叱りつける代わりに、その貧しい男を戒めはじめた。『あなたのいわれる
ようにこんな状態に陥るまで放ったらかしておいたのは、よくないですね、こんなにならないうちに方面
委員に相談して救済してもらうべきだったと思う』すると、彼は、方面委員のところへもいったのだが、
翌朝十一時にこいといわれた。けれども妻の生命は朝まで保たないのではないかと懸念されるのだと彼は
答えた。
『ああ!』とわたしは思った。『この半クラウンの銀貨でなしに、2シリングと6ペンスを持っていたな
らば、わたしはこのような貧しい人たちに喜んで1シリングをやることができるのだが!』けれどもこの
半クラウンの銀貨と別れるのは、いくらなんでも、できない相談だった。この事態に接しては、わたしと
しても、神とお金1シリング6ペンスを加えたものを信ずることはできるが、ポケットに1ペンスの金も
持たないで、神のみを信ずるだけの用意はできていなかった。こんなことがあろうとは夢にも思ったこと
がなかった。
…このような状態のもとでは、話をすることは、不可能だったが、祈りにはなんの困難もともなうはずが
ないと思っているといえば、不思議であろう。そのころのわたしには祈りはたのしいことであった。この
ように過ぎていった時間は決して退屈なものには思われなかった。わたしは少しも言葉の不足を感じなか
った。わたしがなさなければならないすべてのことはただ膝まずいてお祈りすることであり、彼らのとこ
ろへもわたしのところへも必ず救いが来るはずだとわたしは思っているらしかった。
『あなたのお願いに従って、わたしはここへきて、あなたの奥さんといっしょにお祈りするつもりです
よ』とわたしはその男にいった。『さあいっしょにお祈りしましょう』わたしは膝まずいた。
ところがわたしが唇をひらいて、『天にいますわれらの父よ』というとすぐに、わたしの心の中の良心は
いった。『お前は神をばかにするのか?ポケットに半クラウンの銀貨をもっていながら、膝まずいて、神
を父と呼ぶのか』
そのときわたしの身にふりかかってきた胸中の争いは、あとにも先にも経験したことのないほどの烈しい
ものであった。そのような形の祈りをどんなふうにやりとげたか、わたしは覚えていないし、またそのと
き述べた言葉が一貫したものだったか、そうでなかったかわたしにはわからない。しかし、わたしはすっ
かり当惑した気持ちで立ち上がった。
その貧しい父親はわたしの方をふり向いていった。『わたしたちがどんなに恐ろしい状態にいるか、あな
たにもおわかりでしょう。もしもわたしたちをお助け下さることができるならば、神のためにお助けくだ
さい』
その瞬間、わたしの胸の中へ、『求める者にあたえよ』(マタイ福音書5:42)という言葉がひらめいた。
王の言葉には力がある。
わたしはポケットへ手を突っ込んで、おもむろにその半クラウン銀貨を取り出して、その男に与えなが
ら、いった。『君よりは僕のほうがずっと幸福になったらしい。…』
その夜、わたしは、下宿へ帰りながら、わたしの心が、ポケットと同じように、どんなに軽やかになった
かを、いまでもはっきりと覚えている。暗い、人通りの全くない街路がわたしの口から押え切れずに流れ
出る賛美歌に反響した。
翌朝、わたしの皿の中にはほんの少しの粥が朝食分として残っていた。それを食べ終わらぬうちに、郵便
配達夫が戸口を叩く音がした。わたしは、月曜日には手紙を受け取る習慣にはなっていなかったので、女
家主さんが手紙をもってわたしの部屋へ入ってきたときには、ちょっと驚いた。そして手紙を取ってみて
も、その筆跡を判読することができなかった。それは不馴れな人の字か、わざと書いたものであり、郵便
局の消印は汚れて判らなくなっていたので、どこからきたのさえ、見当がつかなかった。封を切ってみる
と、書いたものは何も入っていないで、一枚の白紙の羊皮の手袋がたたみ込んであった。わたしが驚いて
それをひろげてみると、中から半ポンドの金貨が一個ころころと床の上に落ちた。『神をたたえよ』とわ
たしは叫んだ。『十二時間の投資に対する300パーセントの割戻しとは、すばらしい利益だ!もしもハ
ル市の商人たちがこの割合でお金を貸すことができたら、どんなに喜ぶことだろう』。そこでわたしは当
然のことながら、絶対に破産しない銀行にこのお金を預けておこうと決心した。こう決めたのをわたし
は、今でも後悔していない。
わたしはしばしばこの事件を思い起こした。そして後年、困難な状態に追い込まれたとき、このことがわ
たしにとって、大きな助けになっていた、どんなに小さな事柄を処理するのにも、神に忠実であるなら
ば、人生におけるもっと重大な試練に臨んだ場合にわれわれの助けになるような貴重な経験と力を得るで
あろう」。
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