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ある人が結婚・恋愛について書いていました。
読み進めていくと、良いこと書いてあるなと思ったんですが、
最後のほうにこう書いてありました。
『そして誰か一人の異性のことが気にかかり始め、どうしてもその人から目を離せなくなったり、寝ても覚めてもその人のことが思われるようになったなら、まずはそのことを喜びましょう。自分と異なる性を持つ一人の人のことを、手放しで「すてきだ」と思えるようになることは、成長したしるしです。その人が仮にノンクリスチャンだとしても、罪意識を持つ必要はないのです。異性に「ときめく」までに、神さまが心も体も成長させてくださったことを喜ぶのです。』
いのちのことば社のホームページより
http://www.wlpm.or.jp/cgi-bin/db/kiji_t.cgi?keys23=「二人」を生きる関係
『その人が仮にノンクリスチャンだとしても、罪意識を持つ必要はないのです。』
この言葉にびっくりしました。
ノンクリスチャンを手放しですてきだと思っていいんでしょうか??
僕はいのちのことば社が好きだからこそ、きちんと聖書に立った意見を書いてほしいなと
思ってこういうことを言うのですが、、
クリスチャンがノンクリスチャンと付き合い、結婚することほど、不幸なことはないと思います。
聖書も、「不信者とつりあわぬくびきをかけてはならない」と2コリントに書かれているのに
あの書き方なら、そのようなことを許容しているような感じを抱きかねません。
「いろんな信仰があるんでしょう」
と言う人もいそうですが、聖書から出ていないことは信仰ではないのです。
永遠のいのちを持った者と永遠の地獄に定められている者
罪を悔い改めた者と罪を愛す者
その二人が一緒にいて「愛してるよ」と言えるのでしょうか。
ちょっと気になったので問題提起をしてみました。
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