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A・W・トウザー著 『リバイバルの条件』
『人々から尊重されたいと願っていながら、キリストのゆえにそれを放棄することは、使徒の時代以来、
真のクリスチャンたちが受けてきた十字架刑の姿である。なぜなら、十字架の道は、人気がなく、その道
をたどる人は、ある程度の非難を受けるというのが、否めない事実だからである。聖別されたクリスチャ
ンが、その生涯を通じて、ある種の悪評を受けずにすむなどということはまれである。彼が死んでだいぶ
たってから、時日の隔たりが彼の印象を柔らげ、生前は憎しみを抱いていた世の人々が、死後彼を賞賛す
るというのはよくあることであろう。
ジョン・ウェスレーと、彼のメソジスト教徒は、この奇妙な現象をよく表した実例である。彼らはこの
世で生活していた間は、侮られ、笑いものにされていた。彼らは、くずであり、迫害され、さらに悪いこ
とには、あたかもらい患者のように冷たく、のけ者扱いにされるべき存在であった。ところが、今、私た
ちは、彼らの作った讃美歌を歌い、墓を築いている。しかし歴史は、彼らの「完全主義」のゆえに、そし
て彼らの持っていた抑制しがたい喜び―それは、人々を当惑させ、顔をそむけさせ、彼らの前から逃げ出
させたのであった―のゆえに、かつて彼らの上に積み上げられたののしりの記憶をとどめているのであ
る。』
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