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天路歴程 ジョン・バニヤン
老人アダムとの出会い p.138-139
『[基督者] 道中何かほかの襲撃を受けられませんでしたか。
[信仰者] 難儀が丘と呼ばれる丘のふもとまで来ましたら、一人の大へん年とった人に会い、何者である
か、どこへ行くのかと尋ねられました。天の都へ行く巡礼者だと答えると、老人が言うのに、お前さんは
正直者らしい、わしの与える給料でいっしょに暮らすのはおいやかな。そこで名と住所とを尋ねると、初
めのアダムという名で、詐欺町に住んでいるというのです。彼の仕事はどんなもので、またくれるという
給料はどのくらいかと聞きますと、仕事というのは、多くの楽しみで、給料は最後に彼の跡取りになるこ
とだと言いました。さらに、暮らし向きはどうか、ほかにどんな召使がいるかと尋ねましたら、彼の家に
は世界中のあらゆるご馳走が出され、召使というのは自分が生ませたものだと答えました。それから子供
は何人いるかと聞きますと、娘が三人だけで、肉の欲、目の欲、持ち物の誇りといい、お望みなら、三人
ともお嫁にあげようと言いました。それからまたどのくらいいっしょに住むことを望むのかと聞きます
と、自分が生きている限りだと言いました。
[基督者] なるほど、で結局その老人とのお話はどうまとまったのですか。
[信仰者] いや、最初は私もその人といっしょに行きたいような気に幾分かなりました。大分うまい話で
したから。ところが話しながら彼の顔を見ますと、そこに「古き人をその行いといっしょに脱ぎ捨てよ」
と書いてあるのを見ました。
[基督者] それからどうしました。
[信仰者] その時焼きつくように強く心に浮かんできたことは、彼が何と言おうが、どんなにうまい口を
きこうが、私を家に連れ戻ったが最後、奴隷として売るつもりなのだということでした。そこで、話はや
めてくれ、お前さんの家に寄りつこうと思わないと言ってやりました。すると彼は私をののしって、お前
の道中が肝に銘じてつらくなるように男をやって追っかけさせるぞと言うのです。そこで私は彼から離れ
ようと振り向きました。ところがちょうど振り向いてそこから出かけようとしたとたんに、彼が私のから
だをむずとつかんではげしく後に引っ張るのを感じましたので、からだの一部がもぎ取られたかと思った
ほどです。このために私は「なんというみじめな人間なのだろう」と叫びました。こうして丘を登ってゆ
きました。』
ジョン・バニヤンのたとえは何と的を得ていることでしょうか。
私たちが古い人(アダム)に誘惑されるときは、まさにこれと同じです。
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