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『ハドソン・テーラーの伝記』
第二章 死地に曳かれいく者を救え p.252-254
テーラーはすぐに話の中心点にふれて、中国に思いをはせながら、彼がえらんだ国、すなわち中国で起こ
った不思議な事柄について語りはじめた。彼がジャンクに乗って上海から寧波へいく途中、乗客のなか
に、ピーターと呼ぶ中国人がいた。その男はイギリスで数年間暮したことがあったという。ジャンクが松
江へ近づいたとき、テーラーは自分の船室にいたのだが、突然バチャンという水音と悲鳴を聞いて、びっ
くりした。それはたしかに、誰かが水中へ落ちたことを示すものだった。テーラーは大急ぎで甲板へ飛び
出て、あたりを見廻した。すると、ピーターの姿が見えなかった。「そうなんだ」と船頭はいった。「あ
そこへ落ちたんだ!。」テーラーは急いで帆をおろさせると、あっという間に、水中へ飛び込んだ。けれ
ども流れが早かったし、岸は低く、木らしい木も一本もなくて、目じるしになるものが一つもなかったの
で、ピーターがどこへ落ちたのか見当がつかなかった。どうしたらいいかと煩悶しながら、いたるところ
を探しているうちに、テーラーは数人の漁夫が網で魚をとっているのに気がついた。あの網!
「おーい」と彼は希望によみがえって叫んだ「こっちへ網を曳いてくれ!人が一人、溺れているんだ!」
「都合が悪いよ」と漁夫たちは途方もない不人情な答えをした。
テーラーは叫んだ。「都合のいい、悪いなんて場合じゃないんだ。きてくれ、手遅れになるんだ」。
漁夫たちはいった。「おれたちは魚とりでいそがしいんだ」。
テーラーはいった。「魚なんか気にかけるな!きてくれ、すぐ!それだけの金は出してやる!」
漁夫たちはたずねた「いくら出してくれるんだい」
テーラーはいった「五元だ!立って話なんか!ええッい!すぐ助けてくれ!」
彼らは水面越しに叫んだ。「少ねえ!三十元以下じゃあ、とてもいかれねえよ」
テーラーはいった「そんなにない!持ち物をみんなやる!」
彼らはたずねた「どのくらいの金高になるんだ」
テーラーはいった「わからん。十四元くらいにはなるだろう」。
これでやっと、漁夫たちはやってきて、ひと網かけて曳いてみると、ピーターの体があ
がってきた。テーラーは必死になって人工呼吸をほどこした。しかし、だめだった。ピー
ターは漁夫たちの金銭づくで冷淡でかたくなな心の犠牲になったのである。もし漁夫たち
がすぐきてくれたら、ピーターはきっと助かったであろう。
聴衆の間に憤りの情が燃えあがった。地上のどこにあんなにまでも金銭づくで利己的な
人たちがまたとあろうか。テーラーはいよいよ熱のこもった声でつづけた。「では、肉体の
方が魂よりはずっと価値があるというのでしょうか?わたしたちはあの異教の漁夫たちを
非難します。彼らはあの溺れた人を救おうと思えば容易に救えたであろうに、それをしな
かったのですから、あの人を殺したのは彼らであるといえます。けれどもわたしたちは何百万という人た
ちをほろびるがままに永遠に放任しているのではないでしょうか。神はあきらかにわたしたちに命じてお
ります。『全世界に出ていってすべての造られたものに福音を宣べ伝えよ』(マルコによる福音書十六・
十五)。あなた方はそれをおやりになりましたか。聖霊は次の言葉をもってわたしたちを戒めています。
『死地にひかれゆく者を助け出せ、滅びによろめきゆく者を救え。あなたが、われわれは知らなかったと
いっても、心をはかる者はこれを悟らないであろうか。あなたの魂を守る者はそれを知らないであろう
か。彼はおのおのの行いにより、人に報いないであろうか。』(箴言二十四・十一−十二)。
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