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このごろ図書館からある本を借りて勉強していました。 『F. ヨセフスによる ユダヤ人の歴史』N. グラッツェル編 岩本修一訳 ヨセフスの書いたユダヤ古代史や、ユダヤ戦記から大事だと思われる部分を引用してそのまま載せた本です。ヨセフスのことは聞いたことはあるけど、いきなり古代史や戦記に挑戦するのはと思われる方には、この本は最適だと思います。 この本を読んで何よりも、新約の歴史的な背景を理解できたということが大きく益を受けた点です。 例えば、 イエスさまが神殿(第二)が破壊されると言われた後(ルカ21:5−6) 弟子たちはそのようなことがいつ起こるのか、前兆は何かと尋ねました。 そのときに『大地震があり、方々に疫病やききんが起こり、恐ろしいことや天からのすさまじい前兆が現われます。』(ルカ21:11)と言われました。 この最初の成就は紀元70年に神殿が破壊される前に起こりました。 以下がヨセフスの記述です 『こうして詐欺者たちや神の使者をよそおった者たちは当時哀れな民衆をだましたので、民衆は目の前に 迫っている荒廃を予示する明らかなきざしに注意を払いもしなければ、信じもしなかった。あたかも混乱 してしまって目と心を奪われたかのように、彼らは神の直接の警告を無視した。剣に似た星が都の上に留 まった時、また彗星が一年中ぐずついている時のそれがそうであった。この戦争より前に起こった反乱と 騒乱の前に、民衆が種入れぬパンの祭り[三月−四月]のために集まった時、……光――それは半時間続い た――が夜の九つ時に祭壇のまわりであかあかと輝いたので、明るい昼間のように思われた時がそうであ った。未熟な者はこれを吉兆と見なしたが、しかし律法学者は直ちにそれを後に起こる事件の前兆である と宣言した。その同じ祭りに犠牲のためにある人にひかれた雌牛が神殿の庭の真中で子羊を産んだ。更 に、内庭の東の門――それは非常に重い真ゆの門で、夕方に締められ、20人でも動かせないほどのもので あったが、その先端に鉄をはめてあるかんぬきで締められていて、それには全体が一つの石で造られた敷 居の中に非常に深く差しこまれるさし金がついていた――この門が夜の六つ頃ひとりでに開くのがみとめ られた。神殿の衛兵は走って隊長に報告を行った。その隊長はその場所に行ったが、うまくその門を締め ることができなかった。無知な者にはこれもまた非常に幸先のよいきざしと思われた。というのは彼らは 神が彼らに祝福の門を開かれるのだと考えたからである。しかし学者はそれを神殿の安全が自然に崩れ、 門が敵の有利なように開かれることを意味するものと理解し、それを各々の心のなかで切迫してきている 荒廃のきざしと解した。 この祭りから幾日も経たないうちに、到底信じ難いような不思議な現象が現われた。私が語ろうとしてい ることは、それが目撃者によって語られ、そのようなきざしにあった不幸でも伴わなければ、単なる作り 話のように思われるであろうと思う。国中至るところで、日没のまえに戦車が空中に現われ、武装した大 軍が雲の中を疾走し、町々を包囲攻撃するのが見られた。そしてペンテコステと呼ばれる祭り[五旬節の 祭り]に、夜祭司たちがいつも奉仕を行いに神殿の内庭に入った時、彼らが言うには、最初震動と鳴り響 く騒音によって、次に群集のそれのように「さあ、われわれは出発しよう」という声によって注意を引き つけられた。…… もしわれわれがこれらの事件を振り返るならば、神は救いの道を予示して人類のために配慮しておられ、 人間は自分自身の愚行と自分の選んだ悪によって滅ぶのだということを知るであろう。……』(p.305-306) この空中に戦車が現れたという話は、教会史を書いたエウセビオスもヨセフスの記述を引用しています。 世の終わりも同じような、不思議なことが起こると思います。 なぜなら、聖書の預言はパターンで、イエスさまは同じ文脈で再臨について書いているからです(ルカ22:27)。 実際この本を読むと、神殿が軍隊によって囲まれたとき、エルサレムの中では党派争いが起きていて、ユダヤ人同士が殺し合っていました。 終わりの時代の教会がそうなってしまうということを考えたら、ぞっとしますね。
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2009年10月03日
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