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今日の朝、泊まりのバイトがあったのでそこから家に帰っていると、
「お父さん、いっちゃいや〜」
という小さな女の子の声が聞こえてきた。
お父さんが仕事に行くのがさびしかったようだ。
お父さんは、
「帰ったら遊ぼうな」
と言って出かけて行った。
それでもその女の子は
「お父さんがいっちゃった」
と言って、大きな声で泣いてた。
「そうか、自分も子どものころってこんなんだったんかな」と思いながら
いろいろ考えていると、今でも神さまに対して同じことをしている
ような自分に気付いた。
「お父さん、いっちゃいや〜」
そんな風に神さまが少し離れた気がすると、泣いたりわめいたり。
すぐ仕事が終わったら帰ってくるよ、と他の人に言われても聞こうとせず
その女の子の生活を支えるために、益となるために仕事に行って
夕方には帰ってくるのに。それが小さなうちは分からない。
僕も幼いクリスチャンとして同じようなことをしてるんだなって思いました。
神さまは僕たちの益となるために、顔を隠したり、苦難が起こるのを許したりする。
それはずっと神さまが遠くに行ってしまうことじゃなくて、少し辛抱すれば帰ってくる。
幼いうちはそういうことを分からなくて泣いていても、成長すれば神さまが自分の目の前にいないようなときでも、父なる神のしていることが理解できるようになってくるんじゃないかな。
「夕方には帰ってくるよ」
と神さまも僕たちに語りかけていそう。
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