だいすけのおもいっきり聖書

「あなたは新しく生まれなければならない」

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またモリエルの記事を訳したので掲載します
http://www.moriel.org/Moriel_USA/Moriel_USA.html
(2009年3月25日の記事より)


今回は「メシアニック運動」について

メシアニック運動ならすべてが良いものなのか」という質問にジェイコブが答えてくれています。

このブログをご覧になっている方の中には

メシアニック運動に興味がある方が多いと思ったので、次の記事を訳しました。


私たちひとりひとりが聖書に啓示された主のみこころを
知ることができるよう願います!

以下がその記事です。



メシアニック運動についてのよくある質問

モリエル・ミニストリーズは次のような依頼をよく受けます

『シャローム
一ヶ月かそれくらい前に私の関心を引いたネツァリ/メシアニックというサイトがあります。その人たちはもちろんイェシュア・ハ・マシアの信者ですが、トーラーを守ることに極端に重きを置いています。
私の家族と私は、元々カトリック信者でメシアニック運動に参加したいと願っています。しかし、自分が正真正銘だと主張するサイトをどれでも信じてしまわないように、注意を与えてくれる人を必要としています。このサイト(モリエル)は聖書からの直接の教えに基づいているのですが、他のサイトがヤハウェのみこころに仕えているのかを確かめる必要性を感じています。この“ネツァリ(Netzari)”のサイトにある記事のいくつかを見て、モリエルが支持できるものかを教えてください。

シャローム ウブラホット
イエスの御名によって』


質問を感謝します。私たちはこの質問を名前と個人情報を除いて投稿します。

イェシュアにおいて成就されたトーラーは、どちらにしろ紀元70年から真に守ることはできません。律法は聖書的に機能することができないのです(この機能しないという言葉は新約聖書のギリシア語では“カタルゲオ(katargeo)”といいます)。今日行われている“トーラー順守”というものの多く(タルムードの記述を守ろうとすることは聖書からではなく、ラビの伝統に由来しています)はただ“イティシュケイト(yittishkeit)=離散したアシュケナジー系ユダヤ人の文化”から取られた習慣に過ぎません。

律法を守ることはユダヤ人信者やその家族にとって自分で選択するものであり、文化や証のため、奉仕のために、自分の良心と個人の文化によって決めるものです。私たちは律法を守るか、そうしないかという個人的な決定についてさばくことはできません(ローマ14章4節−5節、コロサイ2章16節−20節)。

律法を守ることが義務だとしたり、ユダヤ人のように守ることが集会をきよくする秘訣、霊性への鍵だとする間違った考えは、明らかに偽りの教えです(コロサイ2章20節−23節)。さらにユダヤ人でない人をそのような偽りの律法主義の教えの下に置くことは、ガラテヤ書が大部分を割いて異議を唱えていることです。ガラテヤ書はその間違いに陥っている非ユダヤ人を“愚かな”と呼び“誘惑された”と呼んでいます。それを巧妙な魔術だと呼んでいるのです。(ギリシア語で“呪うこと”や“呪文で魅了する”という意味の“催眠術をかける”という言葉が使われています)

これは1コリント7章17節−20節や使徒15章で命じられていることと矛盾しています。この箇所ではキリストのからだの内にいる様々な人が自分の文化や民族の自覚を保つことを教え、非ユダヤ人文化の中でもただ異教からのものや不品行など、新約聖書で詳しく定義されていることなどを捨て去るように言われています。

そのような慣習のもうひとつの問題は、イエスよりもユダヤ性を強調することです。(それらの“メシアニックの集会”でよく見られるように)彼らはイェシュアが壊すために死なれた隔ての壁を再建しようとしています(コロサイ3章11節、エペソ2章11節−5節)。救いに関してユダヤ人信者と接木された非ユダヤ人信者はキリストにあって霊的にひとつです。それは生まれに関わりなく、むしろ新生に基づいています。

とても悲しいことに、今あるメシアニック運動の70%が無知でおかしな人たちによって運営されており、聖書の教理を何も知らない人たちで、偽りのタルムード的ユダヤ教をまねしようとしています。多くがヘブライ語を話すこともできません。おかしなことです。多くのものが単純に“イティシュケイト”と、ハイパーカリスマの過激派が一緒になった“ラビ的律法主義”を組み合わせたものです。そのような愚かなものは避けましょう。そのうちのあるものは、異邦人に割礼を受けるよう促したり、また少数ですがユダヤ教に儀式的に改宗することまで認めていたりします。(特にイスラエルでは)新エビオン派といって、イエスの完全な神性を否定するものまであります。メシアニック運動は混乱したムーブメントで、非常に多くのものがその方針について、明らかに聖書的な指針を失ってしまっています。メシアニック運動の指導者の中には、聖書から見て完全な異端だとされる人もいるのです。

公正を期して言っておくと、感謝すべきことにメシアニックの集会にも良いものがあります。またいくつかの集会は適度に律法を守るものです(私の家族はイスラエル人で、律法を守っています)。安息日のメシアニックの交わりに加えて、私たちはユダヤ人も非ユダヤ人も多くの人種が通う教会の会員です。その教会ではイスラエルとユダヤ人に対する神の預言の目的を教え、置換神学と反ユダヤ主義は間違った教理だとして退けています。メシアニックの集会では加えて、ユダヤ人信者と交わりを持つために過越のセデルや、ハヌカーのパーティーをして、それをユダヤ人社会への伝道手段として用いていますが、それだけです。
みことばは部分的な例外をある場所や状況で認めています。しかし、それはどれも聖書的に限定されているものです。ある文化で育った人が他の文化へ宣教や伝道に行くなら、伝道の仕方は“文化変容”が聖書的です(1コリント9章、ハドソン・テーラーは中国でこれを実行しました)。ですが自分と同じ文化を持っていない人に異質の文化を押し付けることは“文化変容”ではなく、むしろ1コリントにおいて禁じられている“文化吸収”となってしまいます。

イスラエル文化に暮らす非ユダヤ人信者の場合は、終末論的に違った状況になります。しかしそれはあなたに適用できるわけではありません。加えて、ルツ記のようにユダヤ人と結婚し、ユダヤ人の子どもを持つ場合や、新約聖書にあるテモテの両親の場合は、文化をまたがる結婚という特殊なケースで、ルツのように結婚や家族のつながりなどでユダヤ人になることです。同様に養子をした場合も特別なケースといえます。しかし、家族や結婚のつながりと、イェシュアにおいてすでに成就したモーセの律法に関する宗教的な束縛や、もう実際には実行できないような、人が作り堕落したラビの伝統とは大きな違いがあります。

私たちが勧めるのは、置換主義ではなく聖書を基礎に置く良い教会を見つけることです。神の預言と救いの計画、またイスラエルとユダヤ人に対する契約を認め、伝道と福音に関して妥協せずに、イスラエルに協力的であり、イスラエルとユダヤ人の救いのために祈っている教会です。あなたが説明したようなおかしい集会には参加しないでください。そんなことをするとローマ・カトリックという悪魔の欺きから救われたのに、また別のばかげた宗教の束縛とそれを交換してしまうことになります。

そうは言っても、新約聖書は旧約聖書と同じように、ユダヤ人を通して与えられたユダヤ人の本であり、的確に解釈するにはユダヤ人のように理解しなければなりません。非ユダヤ人がヘブライ人の例祭などを祝う義務はないのですが、実際その例祭がどのようにキリストと新しい契約の前兆となり、象徴となっているかを理解することは重要なことです。ユダヤ人である新約の著者がどのようにして、どうしてユダヤ人的な“シツ・イム・レベン(文化的背景)”を把握しながら書いたかを知るのは大切なことであり、霊的な成長にとって旧約聖書が新約聖書をどのように描いているかを知ることは必要なことです。1コリント3章やヘブル6章で言われているように、旧約の理解をもって新しい契約を理解することができなければ、それはただ霊的に乳を飲んでいるのであって、肉ではありません。そのような人は霊的な成長を妨げる乳しか口にしていないのです。これが異邦人教会が抱えている大きな問題です。

私たちのミニストリーは、教会内にあるこの問題を正すためにさまざまなオーディオや本を提供しています。私たちはまたアーノルド・フルクテンバウム博士が導いている“アリエル・ミニストリー(http://www.ariel.org/)”の名を挙げましょう。しっかりとした基礎と経験に富んだメシアニックの聖書研究のために、“キャンプ・ショシャンナ(http://www.ariel.org/csi.htm)”で家族と夏期休暇を過ごすのもよいでしょう。それはニューヨークの北部で、ユダヤ人と非ユダヤ人の間でイェシュアとの交わりに入りながら、良いメシアニック神学に浸れる場所です。このようなものはモリエルの働きではなく、アリエルとアーノルド・フルクテンバウムの働きですが、あなたのような状況にいる人に特に勧めることがあります。

聖書的にバランスが取れた立場とその立場を固守する交わりが必要なことです。ハイパーメシアニックのような過激派を避けながら(また福音的性格を備えていない“クリスチャン・シオニズム”もです)、一方で、賜物が使徒の時代で終わったというものや、置換神学、反ユダヤ主義者のような偽善を避けてください。どちらの極端な偽りの教えも殺そ剤のようなものです。

神のことばに固くつきましょう

この記事が役に立つことを願います

イエスの御名によって  J・ジェイコブ・プラッシュ
ピリピ1章6節

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