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クリスチャンに「ミドラッシュ」のことを紹介すると
今まで全く聞いたことが無い言葉なので、警戒心を抱かれるか、
「そんなのあるんだ」で終わってしまいます。
しかし、新約聖書は「ミドラッシュ」という解釈法をもって、
旧約聖書を現代につなげています。
今日、興味深い本を買いました。
『ユダヤ人から見たキリスト教』D.フルッサル、G.ショーレム 他著 手島勳矢 訳編(山本書店)
です。
この本の著者のD.フルッサル氏は明らかにイエスがメシアだとは信じていません。
しかし、新約聖書のユダヤ性を認め、その解釈法に注目しています。
『現在収集されているミドラッシュ文学の大部分は、初代教会の時代、すなわち、新約聖書編纂の時代に帰される。』(p.77)
『新約聖書のすべての文書、言いかえれば新約聖書の中で活躍する人物たちは、みなミドラッシュの世界と関係がある。すなわち、新約聖書の中には完全なミドラッシュが存在しているのである。』(p.78)
このように、「ヘブライ大学宗教史学科名誉教授、第二神殿時代のイスラエル史、新約聖書、原始キリスト教で、この分野の世界的権威の一人」と言われている人が「ミドラッシュ」が新約聖書にふんだんに見られると言っています。
これは『隠された宝』(イ―グレープ出版)の中でヨセフ・シュラム氏も認めていることです。
結局何が言いたいかというと、キリスト教徒で無いユダヤ人学者も、新約聖書のユダヤ性を認め、解釈法としてのミドラッシュの存在を大いに確認しているとうことです。
しかし、そこで止まってしまうのは残念なことです。
なぜなら、それを解説しているダビッド・フルッサル教授自身は「キリストを個人的な救い主として受け入れたクリスチャン」ではないからです。
僕たちの目指すべきところは、日々の信者の生活に適用できる聖書解釈です。
本来のユダヤ人の文脈から導き出される御霊に導かれた歩みです。
(未信者には御霊のことは分かりません)
そうです、ここで言いたいのは、このような未信者の学説から、論理から、実際のクリスチャンの適用に移すまでは長い道があるということです。
ですが失望することはありません。
この長く遠い道を、確実に短くしてくれたのがユダヤ人クリスチャン「ジェイコブ・プラッシュ」です。
僕たちは別に彼を「教祖」にすることはありませんが、
彼は新約聖書で使われているミドラッシュを体系化して、それを実際の聖書解釈に活かして、異邦人クリスチャンを大いに恵んでいます。
説教がブログトップの「翻訳したもの」にあるのでお読みください。
ここにも→ http://moriel.jp/news/index.php/sermons
彼に与えられた理解は驚くべきものです。
私たちはわざわざ、未信者やユダヤ教徒のところに行って、「聖書を教えてください」と言う必要は無いと思います。(もちろん、背景を知るためにユダヤ教学者の意見を聞くのは有益かもしれませんが)
僕はジェイコブ・プラッシュの説教を聞くようになってから、彼の主張が正しいか調べるために、「死海文書」の日本語訳を買い、ヨセフスの記述を読み、ポンペイの歴史を読んだり、エウセビオスの教会史を読んだり、アウグスティヌスの告白を読んだりしてきました。
もちろん、彼の研究には全然及びませんが、確認できるところではほとんど彼の言っていることは正しいと僕は思いました。
自分で調べることなしに、ただジェイコブの教えをリピートするのはいけないと思ったからです。
(またジェイコブの教えが事実なら、これはすごいと思っていたからです)
またジェイコブはヘブライ語でタルムードやミシュナを調べて、当然ながら死海文書もヘブライ語で読めると思います。なので、新約聖書のヘブライ的背景はよく通じていると思います。
このごろ、ヘブライ語レッスンに通い、現代ヘブライ語からヘブライ語を学んでいますが、学べば学ぶほどジェイコブの言っていることの意味が分かります。
なので、ジェコブ・プラッシュは何か新しく突飛なことを主張しているのでも、土台が無いことを教えているのでもないので安心してください。
ご存じかもしれませんが、2月20日にモリエル日本初のセミナーが大阪であるのでよければご参加ください。
旧約聖書と新約聖書との架け橋であるミドラッシュ、それをつなぐ英語から日本語への架け橋ができたら良いなと思っています。
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