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『保護と利益の間で引き裂かれるバビロンの遺跡』 『エルサレムポスト (2010/5/7)』より 遺跡には大きく盛り上がった丘が多く、町の95%が未だに未発掘のままとされている 『イラク、バビロン――イラクの古代の都市バビロン遺跡を修復しようとする米国支援の計画が、遺跡の保存かお金儲けどちらが優先事項かと論争するイラク高官たちのために脅かされている。 現地の役人たちは迅速に崩れかけている遺跡を修復し、客を集めるためにレストランやギフトショップを開きたい一方、バグダッドの考古学局員たちは過去に行われ、装飾が過度で失敗した修復の二の舞を避けるため、より綿密な修復作業を好んでいる。 空中庭園とバベルの塔で有名な数千年前の遺跡は過去数十年間にわたってひどく損傷を受けてきた。イラクの緑豊かな南部奥地で、発掘された神殿と宮殿群の大半は1980年代に以前の支配者であったサダム・フセインによって再建され、塔の建造物を建築するために現代の黄色のレンガが使用されたが、それが本来の壊れやすい日干しレンガの残存部分を台無しにしてしまった。2003年のサダム・フセインの失脚後、遺跡に居を構えた米国の軍事基地がさらなる損傷を加えた。 この遺跡は大きく盛り上がった丘で占められており、それらが95%の未発掘の町を覆っているとみられ――考古学者たちは徐々にそれらが発掘されることを望んでいる。 彼らが議論しているのが、それを実現するためには、遺跡管理と保護計画を書かせるためにイラク人を訓練するような、時間がかかり、細部まで行き届いた仕事が必要であるということ、またそれが国際的な資金を募集し、ユネスコ世界遺産の地位を獲得するに至るということだ。 2年間の計画のため70万ドル(約7千万円)が米国務省によって提供され、ニューヨークに拠点を置く世界文化遺産基金による計画が昨年から開始され、それが成功するなら、バビロン計画は、都市文明の誕生を目撃するこの国での古代遺跡保護のモデルとなるだろう。 「バビロンで行われていることは適切で、科学的段階にのっとっているので私は楽観的だ。万事うまくいけば、バビロンでの働きが新しい展望を開いてくれるだろう」とイラクの貧しい考古学局代表クアス・フセイン・ラシッドは語る。 紀元前3千年期に基礎が築かれたバビロンは、パリのルーブル博物館に飾られている法律の石板で有名なハンムラビ王の下、約4千年前に勢力を現した。それに続く時代にその町は征服、破壊、再建を数回繰り返し、紀元600年にネブカドネザル王のもと、25万人を誇る世界最大の都市となる。 ネブカドネザルは、世界の七不思議のひとつ、空中庭園をホームシックに陥った妻のために建造した。彼はまたイスラエルからユダヤ人を捕囚にし、ユダヤ・キリスト教の伝統の中でぬれ衣を着せられ、それ以降その町の名は罪と同義語となった。 遺跡の状態を受けて、世界文化遺産基金は計画を拡大し、即時修復の必要がある二つの遺跡を修復するため米国に100万ドル(約1億円)を求めている。2500年前のナブ・シャ・ハーレ神殿と、かつてネブカドネザルの町の主要な入口であった歴史価値の高いイシュタル門の一部だ。 その荒廃した遺跡の中で、神殿にはアーチ状の部屋と、神々への祭壇をたたえる中庭があり、最も見込みが持てるものとなっている。 「この神殿が最も本来の構造を保っている」と計画管理者のジェフリー・アレンが説明する。「新バニロニア期からの物としては、ほぼ完全な神殿という珍しい事例だ」 しかし1980年代に建造された日干しレンガの上のしっくいははがれ落ち、ある箇所では現代に付け加えられた建築材の重さで古代の壁が引きはがされている。シロアリに侵食された木製の梁も同様に崩壊しており、天井の一部を陥落させ、壁の下部は近隣の農耕による増水によって浸食されている。 45フィート(13.7メートル)のイシュタル門の基礎は今も荘厳で、竜や雄牛などの装飾を施されたレンガで建造されている。セメントの床が1980年代に敷設されたが地下水を門の壁まで押し出してしまい、レンガを崩壊させ、下部の浮き彫りにされた動物たちを台無しにしている。 バビロンは昨年再び公に開放されたが、わずかばかりの訪問者がいただけで、そのほとんどが地元の住民であった。遺跡は2005年までアメリカとポーランドの軍事基地であり、2009年のユネスコの報告書では軍事基地が重機で遺跡に損傷を与えていると非難した。 しかしアレンやその他遺跡を研究する者にとって、サダム・フセインの統治時代からの損傷のほうがはるかに深刻だ。 イラクの昔の栄光ある王たちと自身を関連付けようとしたサダム・フセインは、自身の国の遺跡再建を命じた。ネブカドネザルの南の宮殿には今、現代の黄色いレンガでそびえ立つ壁があり、その多くにサダムの名が刻印されている。その宮殿と近くの再建されたギリシア式円形競技場は以前、毎年恒例の音楽祭を祝うために使用されていた。 その作業は「多くの失敗をかかえながら、大急ぎで行われた」とバビロンで10年間働く現場の副管理長アイード・ガーリブ・アルタイエは語る。 現在周辺地域は安全で、地方高官たちは訪問者が――お金を持って――この遺跡に再び訪れてくれることを切に願っている。バビリの知事は早急な修復を促し、さらなる研究のためには待てないとしている。 「私たちは遺跡での作業ペースに満足はしていない。それは全くもって考古学委員会で軽視されている」と地方議会のメンバーであり、考古学・観光委員会の代表でもあるマンソール・アル・マナエは語る。 すでにこの地方自治体は遺跡の一部を接収し、現代の建造物のいくつかを訪問者のための施設へと改装し、1990年代にサダム・フセインが建てた丘の上から遺跡を見降ろす宮殿の所有権を主張している。 「私たちはレストランやその他の呼び物を作るため、投資を呼び込む最大限の努力をしている」とアル・マナエは語り、遺跡のことを「地方と国に対する大きな収入源」と語った。 この行政官は1月、考古学局に隠れてユネスコに接触し、バビロンにおける作業を共同で行う手紙にまでサインした。しかしバグダッド行政はその手紙を取り消した、と政府考古学局代表ラシッドは語る。 この国が衝突の年月を経て次第に治安を回復し始め、旅行客はイラクの豊かな歴史に魅かれ、ポツポツとウルのジッグラトや、聖書の族長アブラハムの生誕の地、それに南部まで足を向けている。 バビロンでツアーガイドを数十年しているモハマド・タヘルは1970年代から1980年代に西洋の旅行者がバベルの塔の遺跡にやって来て――残されているのが正方形の形をした草でいっぱいのただの丘であっても――聖書の重要性を祝うために式典を行っていたのを覚えているという。 世界文化遺産基金のアレンは、綿密な計画を作製するために今立ち止まることは、後に国際的な寄附者を呼び寄せることになると主張する。 「そのような問題を解決するまで、新しい発掘は前に進めない」とアレンは語る。しかし一旦解決されたなら、「いつの日か素晴らしい遺跡となり、大きな可能性を持つこととなる」』(訳:だいすけ) 『バビロンの中から逃げ、それぞれ自分のいのちを救え。バビロンの咎のために断ち滅ぼされるな。これこそ、主の復讐の時、報いを主が返される。バビロンは主の御手にある金の杯。すべての国々はこれに酔い、国々はそのぶどう酒を飲んで、酔いしれた。たちまち、バビロンは倒れて砕かれた。このために泣きわめけ。その痛みのために乳香を取れ。あるいはいやされるかもしれない。私たちは、バビロンをいやそうとしたのに、それはいやされなかった。私たちはこれを見捨てて、おのおの自分の国へ帰ろう。バビロンへの罰は、天に達し、大空まで上ったからだ。主は、私たちの正義の主張を明らかにされた。来たれ。私たちはシオンで、私たちの神、主のみわざを語ろう。』エレミヤ51:6−10 バビロンはメディア・ペルシャ帝国を用いて、神に滅ぼされました。 その滅ぼされた遺跡を今でも見ることができます。歴史的事実です。 聖書の中でバビロンは何度も現れるテーマで、創世記から黙示録まで聖書を通して登場します。 ハバクク書に現れる「カルデヤ人」もバビロンの別称です。 そのハバクク書を注解した書「ハバクク書註解」というものが1947年に発見された死海文書の中に含まれていました。死海文書の聖書解釈法は新約聖書と非常に似通っています(紀元前2世紀からほぼ同時期に書かれた)。 その書にこうあります。 『なぜなら、見よ、わたしは興すカルデヤ人を。この国民は、たけく、はげしい。 この意味は、キッティームにかかわる。』(『復刻 死海文書』p.212) キッティームとは、「ローマ」であると多くの学者が考えています。 何を言っているかというと、死海文書は過去のバビロン捕囚の出来事が、これから起こるローマの侵略を象徴していると注解していたのです。 同じように、新約聖書にも「バビロンにいる婦人たちによろしく」とペテロが書いています。(1ペテロ5:13)また黙示録に登場するバビロンには7つの山があると書いてあります(黙示録17:9)。ちょうどローマにも7つの丘があります。 言いかえるとバビロンは終わりまで存在し、新約聖書の記者たちはローマが次のバビロンであると認識していたということです。 『私たちは、バビロンをいやそうとしたのに、それはいやされなかった。』これはちょうどマルティン・ルターたち宗教改革者たちの経験したことではないでしょうか。 ローマ・カトリックをいやそうとしたけれども、結果はどうなったでしょう? 『私たちはこれを見捨てて、おのおの自分の国へ帰ろう。バビロンへの罰は、天に達し、大空まで上ったからだ。』 この通り、バビロンから出ていきました。 バビロンは過去に裁かれ、これからも裁かれる対象です。 私たちがバビロンの遺跡の栄華を見るとき、黙示録で言われているように同じような光景が繰り返されるということを覚えておきたいものです。 『わざわいが来た。わざわいが来た。麻布、紫布、緋布を着て、金、宝石、真珠を飾りにしていた大きな都よ。あれほどの富が、一瞬のうちに荒れすたれてしまった。』黙示録18:16−17 この世のどんなきらびやかな物でも過ぎ去ります。
ですが、来るべき次の世に希望を持てるクリスチャンは何と幸いなことでしょうか。ハレルヤ。 |
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2010年05月13日
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