だいすけのおもいっきり聖書

「あなたは新しく生まれなければならない」

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(クリスチャントゥデイより 2010/5/17)
 
 
アメリカの聖公会に同性愛の主教が任命されたというニュースです。
その中で注目に値するのが、その任命式において
「成人男性と少年が、参加者に悔い改めを促し、同性愛は罪だと呼び掛けるなどの事件があった」
と書かれている箇所です。
 
世はこのような成人男性と少年を嫌いますが、神さまはこのように立ちあがる人を祝福します。
このような状況で神はどう語っているのでしょうか?
『人の子よ。わたしがあなたに告げるすべてのことばを、あなたの心に納め、あなたの耳で聞け。さあ、捕囚になっているあなたの民のところへ行って、彼らに告げよ。彼らが聞いても、聞かなくても、『神である主はこう仰せられる』と彼らに言え。』(エゼキエル3:10−11)
この通りの状況だと思います。
「この事件」を引き起こした二人の人たちは、エゼキエルのような人たちです。
 
 
同性愛についての聖書の見解は
 
○『あなたは女と寝るように、男と寝てはならない。これは忌みきらうべきことである。』(レビ18:22)
○『男がもし、女と寝るように男と寝るなら、ふたりは忌みきらうべきことをしたのである。彼らは必ず殺されなければならない。その血の責任は彼らにある。』(レビ20:13)
○『そこで主は仰せられた。「ソドムとゴモラの叫びは非常に大きく、また彼らの罪はきわめて重い。』(創世記18:20)
○『それは、彼らが神の真理を偽りと取り代え、造り主の代わりに造られた物を拝み、これに仕えたからです。造り主こそ、とこしえにほめたたえられる方です。アーメン。こういうわけで、神は彼らを恥ずべき情欲に引き渡されました。すなわち、女は自然の用を不自然なものに代え、同じように、男も、女の自然な用を捨てて男どうしで情欲に燃え、男が男と恥ずべきことを行なうようになり、こうしてその誤りに対する当然の報いを自分の身に受けているのです。』(ローマ1:25−27)
 
こうはっきりと同性愛は「罪」だと聖書は語っています。
 
罪を罪と認めながら弱さのために犯してしまうことと、罪を罪と認めないことは大きな差があると思います。
 
もちろん、同性愛の罪を犯している人だけが罪深いわけではありません。
僕たち全員が罪深い罪人ですが、贖われた者として日々悔い改めて、方向転換することが求められています。
 
 
僕が、今は救われてクリスチャンになっている友達に福音の話をしたときに出てきた話題が、
同性愛者の問題です。
 
「聖書は罪と言ってるのに、生まれつきそういう人がいるじゃないか」
 
これが彼のそのときの疑問でした。同じように考える人も多いんじゃないでしょうか。
次の本にもこのようにあります。
 
(『男か女か 同性愛のカウンセリングに』ICM出版)
『「一度ゲイなら一生ゲイ」というのが同性愛社会での一般的な心情です。ゲイやレズビアンの多くは、自分は同性愛者として生まれてきたのだと思っています。彼らには、性的に惹かれるのは同性にしよう、といったような意識的な選択を下した覚えはありません。ですから一般的な理屈では、同性愛は遺伝的あるいはホルモンによるものに違いないので、そのことをどうこうしようとするのは無理である、という結論になります。』
 
ですが、こう続いています
 
『このような考え方は、一見理にかなっているかのように思えますが、私たちは、それが真理に基づいてはいないと考えています。聖書の中でも、またキリスト教と関係のない一般の書物の中でも、同性愛は、たとえ深く根付いて習慣化してしまっているようなものであっても、克服することができる(ライフスタイルとしても自己認識としても)という証拠が挙げれらているのです。』(p.40)
 
同性愛の問題を扱うに当たって一番の問題は、それを議論するクリスチャンが聖書を基礎に、聖書から考えを発展させていっていないということです。
「まず自分たちの文化」「まず自分たちの周りの状況」から考え始めてしまっています。
ですが、同性愛は克服できるという証言もたくさんあります。
 
 
●『ニューヨーク精神分析訓練センターの所長ルーベン・ファイン博士は次のように述べています。
「私は最近、同性愛者たちを対象とした精神療法の結果を審査する機会があり、そこで見出された事実に大変驚きました。もしも患者にやる気があるならば、どのような治療法が適用されようとも、大部分が同性愛をやめることができるのです。これに関しては、一般に流されている情報が最も重要な役割を持つことになります。さまざまな団体が言い広めている、『同性愛は精神療法なんかで直らない』といった誤った情報は、何千人もの男性や女性に計り知れない害を及ぼしているのです。』(p.47)
 
●『セックスを調査する専門家マスターズとジョンソンは、彼らの共著「同性愛を考える(原題 Homosexuality in Perspective)」で、性的指向を変えることを望んだ81人のゲイたちが、それに成功した率は、(6年間の追跡調査の後)71.6パーセントであったと報告しています。彼らはこう結論づけています。「きちんとした資格を持つ精神療法士なら、もはや同性愛者の患者の治療を受け入れる責任や、同性愛者をそれなりの治療期間にと紹介する責任を回避すべきではない。」』(p.48)
 
●『アーヴィング・ビーバー博士はニューヨーク医科大学の学長を務め、男性の同性愛に関する9年越しの調査チームの指揮をとった人ですが、そのビーバー博士と同僚たちがまとめた結論はこうでした。「我々の調査で見られた治癒結果は、楽観的な展望を抱くに足る理由を提供している。多くの同性愛者は精神分析治療によって、完全に異性愛者となった。このような変化が比較的容易に起こるかどうかの度合いには個人差があるが、我々の判断では、異性愛への転換は、強いやる気を持って変わろうとするすべての同性愛者に可能である。(強調筆者)』(p.48)
 
このようなことが証言されています。(詳しくは『男か女か 同性愛のカウンセリングに』ICM出版)
 
僕はこの種のことには関わりを持っていないので、実体験を持っているわけではありません。
実際に知らない人ができることは、実際に知っている人の意見を聞くことだと思います。
この本の著者自身も以前同性愛者でしたが、それを克服したクリスチャンです。
(注意が必要なのが、この本は実際に同性愛で悩む人に向けて書かれてあるので、実例や内容が強烈なことです)
 
 
イエスさまはすべての罪から私たちを解放するために来ました。
人によって陥りやすい罪は違うにしても、それを罪と認めて、罪を告白し、それから離れるために出来る限りのことをするべきではないでしょうか。(僕も性的な罪に負けることが多いので、罪から離れることのきつさは身を持って分かります)
 
 
イエスさまは終わりの日はロトの時代のようになると言われました(ルカ17:28)。
ロトの住んでいたソドムで流行っていたのが、同性愛です。
ロトの家に押しかけた暴徒たちが言ったのが「彼らをよく知りたい(ヤダー)のだ」という言葉で
アダムはエバを知った(ヤダー)ときに使われている同じ言葉、性的に知るということです。
 
そのような同性愛が流行する時代になると聖書は明確に語っています。
 
 
そして、同性愛が流行した文化は実際に裁きが下りました。
 
 
ローマの町ポンペイがその一例です。
 
 
 
ローマの町ポンペイといえば、西暦79年にヴェスヴィオ火山が噴火して、町が一瞬にして火山灰に飲み込まれ、人々は瞬時に命の最後を迎えた場所です。
この町が次に日の目を見たのが1738年のことでそこから発掘がなされ、火山灰の中に出来た遺体の空洞にセメントを流し込んで、死ぬ直前の苦しむ人々の状態が今でも見られるようです。
 
ポンペイの大災害は、イエスが預言したことの最初の(部分的な)成就でした。
 
だが、これらの日の苦難に続いてすぐに、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち、天の万象は揺り動かされます。』(マタイ24:29)
 
 
以下は『ポンペイ 今も息づく古代都市』(中央公論新社)より
デブリ(火山灰)はアフリカまで移動し、何カ月もの間、黒い埃の膜を貼ったように太陽を暗くした』(p.445)
 
ポンペイの滅ぼされた状況を見ていくと恐ろしいことが分かってきます。
すなわち、今の時代が同じような時代で、終わりの時代であるということです。
 
 
『ポンペイのいたるところに見られるエロティカは主として男性向けだったが、実にさまざまな絵姿に、女性は自分たちの性欲に訴えかける何かを見出したことだろう。考えられる限りの体位やさまざまな相手とのセックスの露骨な絵(乱交や獣姦はありふれていた)は公共の壁にも個人の部屋にもあふれていた。』(p.192)
 
 
このようなポンペイを神さまは滅ぼされました。
 
 
またこの時代の少し前に在位した皇帝ネロについてもこのように書かれています。
 
 
『どんな機会にも、ネロは自分のうぬぼれとバイセクシャルを誇示していた。』(p.360)
 
 
キリスト教徒を迫害し、自分の子どもをみごもった妻さえも殺したネロ自身もそのような状態でした。
 
そして興味深い落書きがあったことが報告されています。
 
 
『しかし、町が受けた苦しみに神罰の要素がまったくないわけではないと考える人々がポンペイにいたとするなら、それはユダヤ人だった。ポンペイに対する厳しい審判とも言える「ソドムとゴモラ」という落書きは、旧約聖書の物語に詳しい人間が、市中心部の十字路近くの壁に書いたものだ。西暦70年代に予言としてそこに書かれたのであれ、噴火の直前に書かれたのであれ、噴火直後の最初の略奪者が書いたのであれ、それはユダヤ人が忌み嫌い、一掃されることを望んだ退廃的な世界へのわかりやすくも厳しい返報であった。』(p.408)
 
 
ひとつ前の記事で、イエスとほぼ同時代のユダヤ人、また新約の信者たちはローマをバビロンと同一視していたと書きました。ヴェスヴィオ火山が西暦79年に噴火する前に何があったでしょうか?
 
ローマによる西暦70年のエルサレムの神殿の破壊です。
 
バビロンは、イスラエルの刺し殺された者たちのために、倒れなければならない。バビロンによって、全知の刺し殺された者たちが倒れたように。』(エレミヤ51:49)
 
紀元586年頃にイスラエルを捕囚にしたバビロンが罰されたように、紀元70年にイスラエルの神殿を崩壊させたローマも罰されました。
 
 
そして、その時の状況は、ポンペイに顕著なように同性愛が流行していたということです。
 
 
今とまさに同じ状況です。
 
 
これを気付いたとき、本当に恐いなと思いました。
 
 
あんなに悲惨な死の瞬間を広大なスケールで、まざまざと見せつけている火山灰に飲まれた町の
大きな特徴が同性愛を含む乱れた性だったのですよ!!!
 
 
次の箇所がそのままポンペイに当てはまると、痛感しました。
 
 
ソドムとゴモラの町を破滅に定めて灰にし、以後の不敬虔な者へのみせしめとされました。』(2ペテロ2:6)
 
 
今エゼキエルやエレミヤのような人が必要です。
 
 
「同性愛は罪だと呼び掛けるなどの事件」を起こした成人男性と少年のような人が必要です。
 
 
僕たちはソドムに住んでいるという事実を認識して、そこで安住する代わりに、脱出したいと思うべきではないでしょうか。そして周りに警告を発するべきではないでしょうか。
 
主の憐れみによってソドムを連れ出されても、後ろを振り向いてしまわないように気をつけたいものです。
 
 
 
 
終わりの日についての詳しい解説は
 

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