だいすけのおもいっきり聖書

「あなたは新しく生まれなければならない」

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

イスラエルでは現在でも発掘によって、聖書の記述が確かめられ続けています。
今回、ソロモン王時代の城壁とみられるものが発掘されたので、翻訳してお届けします。

現代は本当に興味深い時代です。

終わりの時代は急速に進み、かつてない速さで動いています。





エルサレムの城壁はソロモン王までさかのぼる



「エルサレム・ポスト」より(2010/2/23)



『エルサレム旧都の外壁の外側で最近発掘された古代の石造りの要塞が、3千年前のソロモン王の治世にさかのぼり、その時代についての聖書の記述を支持するものだ、と月曜日遺跡に集まった記者団に考古学者エイラット・マザールは語った。

その外壁の年代が確かなら、発見されたものはエルサレムが強大な中央政府の本拠地であり、紀元10世紀には巨大な要塞を作るのに必要な資源と、人力を有していたことを示唆するものとなる。

「これはイスラエルでの第一神殿期における最も重要な建造物だ」と月曜日にマザールは語った。「そしてこれが意味することは、紀元前10世紀当時、エルサレムはこのような建設を行う力のある政府であったということ」

全長70メートル、高さ6メートルの都市の外壁の区画が発見されており、それは「オフェル」として知られて、ダビデの町と神殿の丘の南の外壁の間にある区域に位置していた。

その町の王室に続く内側の守衛詰所は、外壁の複合建造物の中で発掘され、その守衛詰所に隣接した王室と共に、見張りの塔はケデロンの谷付近の広い区画を見降ろしている。

オフェル区域の発掘はヘブライ大学の援助と、ニューヨークで聖書考古学に興味を持つ、ダニエル・ミンツとメレディス・バークマンの資金援助のもと、3カ月間以上かけて行われた。

発掘作業はイスラエル考古学局とイスラエル自然公園局、東エルサレム開発会社の協力を得て行われた。またエルサレム・ヘブライ大学の考古学部生や、オクラホマ州エドモンドのハーバート・W・アームストロング大学からの学生ボランティア、雇用作業者など多くの人が発掘作業に参加した。

「発見された町の外壁は、支配権力が存在していたことを証明する」とマザールは語る。「その外壁の強度と建設様式は高い水準の工学の存在を示しており、その町の外壁はケデロンの谷の西側の坂頂上にあり位置的に高く、戦略的に重要な位置にあるオフェルの東端だ」と話す。

「この外壁についての最新の発見、第一神殿期の門、また遺跡で見つかった陶器を比較すると、私たちは大きな確信を持って、今回明らかにされた外壁は紀元前10世紀の後半、ソロモン王の治世にエルサレムで建造されたものだと主張できる」と彼女は続けた。

「この時代のもので、エルサレムのソロモンの建造物についての記述と関連性を持つものが発見されたのはこれが初めて」と彼女は付け加える。

「聖書はソロモンがフェニキア人――建設に秀でた者たち――と共に神殿と新しい王宮を建て、その周りを町で囲み、おそらくより古いダビデの町の城壁につながっていたことだろう」

マザールは具体的に1列王記3章を引用し、「ソロモン王が自分の家と主の宮を建て終わるまで、エルサレムの城壁は周りを囲んでいた」という箇所を挙げた。(※訳者注…新改訳では多少の違いがある)

城壁の複合建造物の中の6メートルの高さの守衛詰所は、メギドやベエルシェバ、アシドドのような第一神殿期の典型的な様式を備えていた。その守衛詰所は4つの同じ様式の部屋と、主なふたつの通路から成る左右対称の形式をとっていた。

その場所には24メートル×18メートルを占める隣接する大きな塔が建っており、町の入口を守る見張りの塔として使われたと思われる。現在、その塔はすぐ近くの道の下に位置しており、さらに発掘が行われる必要がある。

守衛詰所の近くにある王室の盛り土の床で発見された陶器の破片も、その複合建造物が紀元前10世紀にさかのぼることを証言している。発掘者たちはその床の上で、火による破壊を免れた大きな保存瓶の残がいを発見しており、その建物の一階部分が貯蔵庫として使用されていたことが明らかになった。ある瓶は古代ヘブライ語の碑文を部分的に残しており、それが政府の高官に属していたことを物語っている。

「今回発見された瓶はエルサレムで最大のものだ」とマザールは語り、「それらに刻まれた碑文は政府役人に属していたものであり、明らかに王室に焼いた食べ物を供給する仕事を監督していた者のものだ」と付け加えた。

陶器の破片に加えて、その区域で異教の偶像も発見されており、瓶の取っ手には「王さまへ」と刻まれた物があり、それらが王政の中で使用されていた事を証言している。またヘブライ人の名前を記した印鑑も発見されており、その建造物が王政に関わっていたことを示している。

しかしながら、他の考古学者たちはエルサレムにあったと聖書に記されてある強大な王政の存在はほぼ神話的であり、その時代に関して言えば強い政府は存在しなかったと位置付けている。

バル・イラン大学の考古学教授アレン・マエールは、その要塞がマザールの主張するほど古いという証拠はまだ見ていないと語る。エルサレムにおける前10世紀の残存物は存在するが、と彼は語り、当時に強大で、中央政権化された政府が残っていたという証拠は「希薄だ」と語った。

ある者はダビデ王やソロモン王についての聖書の記述が正しいと考え、他の者はそれらを完全に退けるが、真実はそのどこか中間にあるとマエールは語った。

「ダビデ王の物語の中に歴史性についての核心がある」と彼は話す。』




(訳:だいすけ)




最近の聖書通読

今日は個人的なことを書きます。


このごろは、旧約ではエズラ記に入っています。

ペルシアのクロス王(ヘブライ語ではコレシュ)がエルサレムの宮を再建せよと命令を出して、ヨシュアやゼルバベルが勇気を持って再建していく話しですが、

モリエルの説教に親しんでいくと不思議なことに、

今まで見えていなかった点が見えるようになってきました。

以前はただ過去の宮の再建について書いてあるだけだなと思いましたが、

新約聖書には教会=宮(神殿)とはっきりあり

『あなたがたは使徒と預言者という土台の上に建てられており、キリスト・イエスご自身がその礎石です。この方にあって、組み合わされた建物の全体が成長し、主にある聖なる宮となるのであり、』エペソ2:20−21

旧約聖書での宮は、新約聖書での教会を象徴していることが分かります。


なので、そう考えると、エズラ記はミドラッシュ的に「教会を再建する」ことについて書いてあります。


初めに1章で当時の帝国の王であったクロスから「主の宮を建てるように」と命令が出され、3章で神殿の礎が据えられ、4章では神殿の再建を阻止する者たちが登場し、5章で預言がなされた後に建設が再開されて、少したつと『だれがあながたがに命令を下して、この宮を建て、この城壁を修復させようとしたのか』(5:3)と聞かれ、この5章の終りではクロス王が再建の命令を出したからだとあります。


ここで使徒の働きの最初のほうを思い出しました。


使徒の働きはまさに教会を建て上げることについてであって、もちろん神殿の礎は『あなたがた家を建てる者たちに捨てられた意思が、礎の石となった』(使徒4:11)と書かれているイエスのことで、使徒たちが教会を建て上げる最初の段階として福音を語っていると、「祭司たち、宮の守衛長、またサドカイ人たちがやって来た」とあり、途中で中断されました。その後ペテロが聖霊に満たされて語り(4:8)、大祭司たちは『あなたがたは何の権威によって、また、だれの名によってこんなことをしたのか』(4:7)と尋問し(エズラ記と似ていませんか)、イエスの名によって語ってはいけないと言われた後、『神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか、判断してください』(4:19)と言いました。

なぜなら、福音を宣べ伝えよと命令を出した神はすべての権威に勝っているからです。

クロス王の命令が、反対する者たちよりも権威を持っていたため、神殿は再建されました。
神さまの命令が、反対する者たちよりも権威を持っているため、福音は宣べ伝えられ、教会が建て上げられました。


こう読んでいくと分かった点が、礎が据えられた後教会を建て上げる作業の始まりは、福音を宣べ伝えることだということです。


神さまが「宣べ伝えよ」と命令を出しているから、それに勝る権威は何もありません。


そして、宣べ伝えていると「何の権威によってこれらのことをするのか」と聞かれることがあります。


そしたら僕たちもエズラ記の者たちのように、「クロス王の記録を調べてください」と言うように、聖書を調べてください、はっきりと書いてありますからと言えます。




またエズラ記の後半では何が問題になったでしょうか?


異邦人(異教徒)との結婚です!


旧約聖書の異邦人は、新約聖書での未信者です。(2コリント6:14−18)


エズラは帰還したイスラエル人のその問題を嘆き、早急に解決しようとしました。


この問題も今の教会で意外と多い問題なんじゃないかと思います。

すべてでは無いと思いますが、ある日本基督教団系の教会では「未信者と結婚しても良い」と教えられていると聞いたことがあります。実際、知り合いの人の教会がそうでした。

僕たちはエズラと同じように悲しんで、嘆き、そのようなことを教会から取り除くべきです!
(もちろん、未信者と結婚した後に救われた人は違う状況です)



まとめると、



聖書は僕たちが考えるよりも実際の信者の生活のことを多く語っていて、それはミドラッシュ(第二神殿期のユダヤ人信者の聖書解釈)を通して、明らかになるということを最近痛感しています。

このようなことを祈りながら、発見していくのは本当に信仰生活に役立ちます。

もちろん、聖書にはっきりと書かれた教理から外れないことが、必要条件ですが、

聖書通読をする意味の大半はここにあると思っています。



◆聖書通読を繰り返し、新約や他の箇所との共通点を発見し、教理に矛盾しないミドラッシュ(象徴)を発見すること。そして教理の理解を深めて、実際の生活に活かすこと

全1ページ

[1]


.
だいすけ
だいすけ
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(10)
  • らぶ鮭
  • g_topspeed
  • nak*m*ra392
  • aki
  • cot*****
  • まさとし
友だち一覧
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事