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久しぶりに家にエホバの証人の方々が来られました。 今日、あちらのもって来ていた書籍はハルマゲドンに関してのものでした。 「ハルマゲドンと聞くとどのようなイメージをお持ちですか?」との質問から入って、 少し、いつものイントロダクションの話がありました。 そこでまた僕自身がクリスチャンであり、聖書を読んでいることを告げると驚いていました。 ここからが今日の話です。 まず、僕たち聖書原典を霊感を受けた神のことばと信じる者たちは、エホバの証人の戸別訪問から逃げてはいけません。彼らは失われた羊なので、家に来たらぜひ本当の信仰とは何かを説明してあげてください。 僕は今日来られた人にこうまず質問しました。 「ものみの塔は忠実なしもべですか?」 そう聞かれたエホバの証人の方々は少しキョトンとしながらも、「はい」と答えていました。 今日来られたのは女性の親子と、もうひとりベテラン的(研究に熱心そうな)な女性でした。 そこで手元にある、『1914年 揺れ動くキリストの再臨説』(発行者 エホバの証人救済対策本部) という本を手にとり、ではものみの塔がなぜ何度も神の名によって預言をし外しているのに、信頼できるかを尋ねました。 たとえばその本には終わりが1914年に来ると記されてあるエホバの証人の機関紙(英語)の写しがあります。 それを引用しながら、彼らの考えを聞きました。 答えは、 「確かに過去はそうでした。ですが彼らも時代の流れを分かっていなかっただけなのではないでしょうか」 そう言われたので、僕は 「預言が外れたことを言われると、『義なる者たちの道筋は、日が堅く立てられるまでいよいよ明るさを増してゆく輝く光のようだ』(箴言4:18新世界訳)の箇所を引用しますが、まだ暗く何も見えないうちにはっきりと終わりが来ると語ることは無責任じゃないですか?」と言いました。 (今偶然気付きましたが、その次の節には『悪者の道は暗やみのようだ。彼らは何につまずくかを知らない』とありました[4:19新改訳]) また終末の預言を過去に何度も外している(1914年、1975年)ということは、将来にまた同じことにならないという保証もありません。 申命記18章によると、『預言者が主の名によって語っても、そのことが起こらず、実現しないなら、それは主が語られたことばではない。その預言者が不遜にもそれを語ったのである。彼を恐れてはならない』(申命記18:22) とあり、主の名によって語ってもそれが実現しないならば偽預言者です。 また同章20節にはその偽預言者には死刑が宣告されています。 私たちは恵みの時代に生きているので、もちろん石打ちなどはしませんが、罪は同じくらい悪いものです。なぜなら神のことばの評判を傷つけるからです。 またそのように語っていると、あちらの方が 「では、ものみの塔をどう思われますか?」 と言われたので、僕は 「包み隠さず言うと、反キリストの宗教です」ときっぱり言いました。 当然これには驚いたと思いますが、そこに14,5歳に見えるまだ何も知らないような女の子がいたので、彼女の今後のためにもはっきり言う必要があると感じました。 クリスチャンでも「私はクリスチャンなので、そういう話はいいです」と言ってエホバの証人を避けている人が多いと思います。もちろん時間の無いときもあるかとは思いますが、それこそエホバの証人の思うつぼです。彼らは「クリスチャンは何も勉強しないし、伝道しない」と思っています。 また僕のクリスチャンホーム出身の友人がある人に「クリスチャンとエホバの証人の違いって何?」と聞かれた時に、彼の答えは「エホバの証人とは布教しようとするけど、クリスチャンはそんなのしないよ」というものでした。 彼の答えは遠くも無く、真を突いていて、クリスチャンの現状をよく示すものじゃないでしょうか。(もちろん伝道に励んでいる方もたくさんおられると思いますが) エホバの証人は明らかに聖書から見て異端です。 (三位一体の否定、聖書の改ざんなどの点から) 僕たちはその人たちがわざわざ家の前に来たときに、そのまま何も言わず返してしまうでしょうか。それとも本当の聖書を伝えようとするでしょうか。 何度もエホバの証人の戸別訪問を受けて、対応してきた中で思うことですが、最初に「三位一体」の話に持って行っても、ギリシア語の知識が無ければ、また話のテーマを変えさせない努力をしなければ、ほんとうに時間がかかって、その後にそれが本当ならどうなんだということになります。 なので、僕はこの頃は、「統治体」や「ものみの塔」という団体信仰の問題点を突くようにしています。それがあるために、ひとりで聖書を調べて学ぶことができないからです。 とここまで色々なことを書いてきましたが、信者にはそれぞれ違った奉仕があります。 伝道であれ、教師であれ、助ける人であれ、奉仕であることは変わりがありません。 しかし、身近なエホバの証人伝道から始めてみませんか、ということをお勧めします。 教会で何らかの奉仕をするときに、エホバの証人を見かけたら少し声をかけてみてください。何らかの伝道旅行に行っている時にエホバの証人を見つけたなら彼らがまず伝道すべき「失われた羊」です。聖書教師になりたい人ならエホバの証人の間違った新世界訳を指摘するためにギリシア語を学ぶことをお勧めします。それが実用的な学びじゃないでしょうか。 ですがもちろんみことばをもって彼らと闘おうとするには「準備」が必要です。 三位一体を支持している明白な箇所はどこでしょうか? 彼らがいつも用いる箇所はどこでしょうか?その文脈は正しいでしょうか? 偽預言をしたという証拠は手元に見せれる形であるでしょうか? 最後に、 私たちはいつも闘いの中にいるということを実感しているでしょうか? 『キリスト・イエスのりっぱな兵士として、私と苦しみをともにしてください。兵役についていながら、日常生活のことに掛かり合っている者はだれもありません』2テモテ2:3-4 僕も闘いの中にいることを思い起こされました。エホバの証人によって主の名がいつも汚されています。 参考書籍:『1914年 揺れ動くキリストの再臨説』『暴露された1975年 ハルマゲドン説』『ものみの塔文書資料集』『エホバの証人への実際的アプローチ』
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