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少し前に、D・M・ロイドジョンズの『結婚することの意味』という本を買って読みました。
とても聖書に忠実で、深い理解を与えてくれる本でした。
僕はまだ独身ですが、早く結婚できたら良いなと思っています。
少し話は変わりますが、年末にフィリピンに行ったときに
日本語を話せる女の人に出会いました。
どうやら、日本で働いていたことがあったらしく、ここに来て日本語で話せるなんて〜
とびっくりして、少し話していました。
話していると日本人男性の話になって、その人が言うには、日本人男性はひどいと主張していました。
愛してないのに結婚したり、それに家庭内暴力があったりすることが多いらしいです。
その時に、ふとその人が発した言葉が、
「愛がなくちゃいけない」
というものでした。
今でも、なぜか妙に印象に残っています。
今日は、僕が考える「愛」について話していきたいと思います。
「神は愛です」と聖書にあるので、神さまの愛を知っていくことが、真実の愛を知る近道なのでは
ないのでしょうか。(1コリント13章にも愛の定義について書いてあります。)
しかし、今日強調したいのは、愛とは意志を持って人を愛するということではないでしょうか。
イスラエルを自分の民として選んだ神さまは、なぜイスラエルを選んだのでしょうか。
それは次の通りです。
『主があなたがたを恋い慕って、あなたがたを選ばれたのは、
あなたがたがどの民よりも数が多かったからではない。
事実、あなたがたは、すべての国々の民のうちで最も数が少なかった。
しかし、主があなたがたを愛されたから、また、あなたがたの先祖たちに
誓われた誓いを守られたから、主は、力強い御手をもってあなたがたを連れ出し、
奴隷の家から、エジプトの王パロの手からあなたを贖い出された。』申命記7:7−8
この神さまとイスラエルの関係はよく、聖書の中で夫と妻にたとえられます。
エレミヤ書では、夫である神さまが妻であったイスラエルに「帰ってきなさい」と言っています。
本題に戻ると、神さまがイスラエルを選んだのは、
イスラエルが特別強かったからでも、他の国より優れていたのではありませんでした。
神さまが選んだから、神の民となったのです。
あえて「なぜなら」という言葉を使うなら、
「神さまはイスラエルを選び、愛しました。なぜなら、神さまが選び、愛そうと決めたからです。」
と言えるのではないのでしょうか。
それは、人間の夫婦関係にもいえることでしょう。
ある説教者が言いました。
"Young couples say I love you Because,Because,Because...
But after ten years they will say I love you Despite,Despite,Despite..."
「若いカップルは言います。愛しているよ、なぜなら〜、なぜなら〜、なぜなら〜
しかし、十年も経つと、愛しているよ、〜だけど、〜だけど、〜だけどと言うようになる」
年を取ると自然に、肉体的な魅力はなくなっていき、自慢にしていた知性、
ウィットに富んだジョークも無くなっていくでしょう、
それらは神さまが、人間が楽しむためにあたえたものですが、永遠には続きません。
神さまの愛を見習いましょう。
イスラエルを愛しているのは、イスラエルがどのようであるからではありません。
愛すると決めたからです。
夫が妻を、妻が夫を愛するのは、「この人を愛する」と自分が意志をもって
決めたという事実に基づくべきです。そして、そのことに忠実であるべきです。
そうでなければ、「あなたが美しいから愛している」と言ったなら、
その人が年をとったり、事故に会ったりして、美しくなくなったらどうするのでしょうか。
聖書は特に、夫に対しての命令として、妻を自分のように愛しなさいと言っています。
私たち男が、キリストが教会に対してされたように、妻を愛しましょう!
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